162 ようやく王都観光
◆
「ふわぁ~……!」
国立オルレアス貴族学院の正門と、その奥に見える校舎に、思わず声が漏れ出てしまった。
まさに聖地の中の聖地。
物語の舞台、背景の画像ではないリアルの貴族学院が今、私の目の前に!
「今からだと五年と少し後ね。ここにマリーが通うのよ」
振り仰げば手を繋いだお母様が、感嘆の声を上げた私を優しい瞳で見つめている。
今日、遂に私は、約束通りお母様と一緒に王都観光へと繰り出すことが出来た。
二割増しの価格に落ち着いたとはいえ、賢雅会の特許利権貴族達の商会との魔石取引が再開されて数日。
さすがにもう安全だろうと、ようやくお父様の許可が降りたからだ。
とはいえ油断は禁物。
だから、私のお付きメイドのエマ、お母様のお付きメイド、さらにアラベルを始めとした大勢の騎士達が、護衛として周囲をガッチリ固めての観光だけど。
それでも、パーティー以降ずっと屋敷に籠もってばかりだったから、王都にやってきておよそ二十日目にして、ようやくちゃんとした観光が適った形だ。
「マリーはどこか見てみたいところがあるかしら?」
そうお母様が優しく尋ねてくれたから、真っ先に希望したのがこの貴族学院だった。
だけど、残念ながら、今回は外から眺めるだけで止めておく。
「マリー、本当に中に入らなくても良かったの?」
「はい、入学当日を楽しみにしておきます」
「そう? マリーがそう言うのなら」
公爵家の権力があれば中を見学させて貰えただろうけど、授業中だろうし、大勢をゾロゾロ引き連れて校内を歩き回るのは気が引けるわ。
さすがにないとは思うけど、万が一、校内で賢雅会の特許利権貴族の手先に襲われでもしたら
不案内の慣れない場所では護衛が守るのも私達が逃げるのも大変だし、学院側に迷惑をかけてしまう。
それに、入学直前の見学ならまだしも、まだ五年も先の話だものね。
いま子供として無邪気に見て回るより、せっかくだからゲーム本編の年齢になって入学してから、登場人物として堂々と見て回りたいわ。
きっとその方が感動的で、感慨もひとしおのはずよ。
だから、その時のお楽しみね。
ちょっとの懐かしさと未来への期待を胸に、十分に眺めた後、学院の門を離れる。
「お母様、次へ行きましょう」
「次はどこへ行きたいのだったかしら?」
「公園です!」
デートスポットだった公園の遊歩道を、お母様と散歩して。
その後は王都の中央を流れる川沿いの道を、のんびりとした船の往来を眺めながら馬車でゆっくりと移動して。
それから混み合う時間帯を避けて、賑やかな市場を遠目から眺めて。
残念ながら護衛の問題で、人混みの中は危険だからと、市場では馬車を降りて歩かせて貰えなかったけど。
それでも初めて目にする、だけど懐かしい思い出の場所を、ゆっくりと聖地巡礼気分で見て回ることが出来た。
それから日を改めて。
貴族街と商業地区との境目付近にあるとある店舗を、お父様と一緒に訪れた。
それも観光ではなく、お仕事で。
「大きくて立派で、お洒落なお店ですね」
「もちろんだ。魔道具と言う最先端の流行の品を扱う店なのだから、店構えは重要だからね」
そう、ここはブルーローズ商会の新店舗だ。
外観は周囲のお店と違ったデザインで、言うなればモダンな感じ?
どことなくカフェっぽい小洒落て落ち着いた雰囲気に、ブティックのようなショーウィンドウを合わせたみたいな。
そんな前世の現代風なデザインだから、ちょっと斬新すぎたみたいで、周囲から若干……かなり浮いていないこともないけど。
だってほら、王都って『うちは権威があるんだぞ』、『王都だからこそここまで発展しているんだぞ』みたいな威圧感や、とにかくお金を注ぎ込んで性急に発展させてきたような尖った印象がある建物が多いから。
小洒落て落ち着いた雰囲気はある意味余裕を感じさせて、真逆と言えるわけだし。
でもその分、遠くからも目に付いて、ブルーローズ商会を訪れるお客様には一目でここだって分かるくらい目を引くと思う。
「では、中も覗いてみよう」
「はい♪」
店内は広く、ショーウィンドウやガラスケースなどのディスプレイがあって、商品を展示できるようになっている。
まだ開店前で商品は並んでいないから、ガランとしているのがちょっと残念。
主なお客様は貴族だから、実際に展示されている商品を手に取って見ながら買うことはあまりなくて、二階の応接室での商談や、貴族の屋敷に呼びつけられて商品を持参して買って貰うのが主になるらしい。
でも、展示される商品は、当然ながら既存の魔道具とはデザインが一線を画すわけだから、実際に眺めて見て回るのもきっと楽しいと思う。
もちろん、並べるのは小物が中心で、さすがにユニットバスと高級バス給湯器のセットや、荷馬車用の冷蔵庫、冷凍庫を店内に展示は出来ないけど。
いつか他国の魔道具も流通するようになったら、国際展示場みたいな場所でそれらの魔道具も展示して、大々的に商談をするイベントを開催するのもいいかも知れないわね。
「マリーの意見やデザインを取り入れたから、改装に少々時間が掛かってしまったが、それだけの出来栄えになっていると思うけど、どうかな?」
「はい、とっても素敵です!」
意気込んで答えてから、誰が聞いているか分からないからお父様の袖を引っ張って、しゃがむように身体を傾けてくれたお父様の耳元で囁く。
「ここに素敵な商品をいっぱい並べられるよう、頑張ります」
「ああ、期待しているよ」
微笑むお父様に、私も微笑みを返した。
魔道具は本来、帆船に載せてその航海を助けるための道具として開発するつもりだったけど、せっかくこんな素敵なお店を持てたんだから、帆船とは関係ない魔道具にも本腰を入れて、色々な便利な家電としてこれからも開発していくのもいいかも知れない。
今後、貴族だけじゃなくて、一般の人達に広めていくためにもね。
うん、益々やる気が湧いてきたわ。
頑張ろう!
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