161 賢雅会の次なる画策

◆◆◆



 王都にある特許利権貴族御用達の高級レストラン。

 その三階にある広く大きな個室に、再び賢雅会の特許利権貴族達が集まっていた。


「おのれ王家め! 儂らの特許に手を出しおって!」


 エセールーズ侯爵が拳をドゴンとテーブルへと叩き付ける。

 跳ねた食器が耳障りな音を立てるが、誰も気にしない。

 その胸中はむしろエセールーズ侯爵と同じだった。


「納得いかない処分だ。何故ゼンボルグ公爵家より俺達の処分が重くなる。俺達を嵌めたゼンボルグ公爵家にこそ、厳罰を与えるべきだろう」


 ブレイスト伯爵が腕を組み、渋面で不満を漏らす。


 彼らの中では、『ゼンボルグ公爵家が自分達に陰謀を仕掛け、公の場で恥を掻かせた上に、王家から叱責され信頼を失う事態を作り上げた』、それが事実となっていた。

 たとえ事実と反していても、彼らにとってはそれが事実なのである。


「召し上げられた特許は、どれも今更なんの金にもならん物ばかりじゃが……こればっかりは王家の決定に不服が残るのう」


 王家の忠臣を広く公言するディジェー子爵をしても、今回の懲罰は納得がいかなかった。


 魔石利権と特許利権は彼らの聖域なのだ。

 何人なんぴとたりとも侵害してはならないのである。


 そこにズカズカと土足で踏み入って荒らし回るゼンボルグ公爵家は、許されざる敵であり、どのような手段を用いても叩き潰さなくてはならないのだ。

 だからこそ、自分達のとして、魔石の供給を断とうとした。


 それを、あろうことか『負け犬根性』呼ばわりされた。

 しかも、王都中の関係者にその話が広まりつつある。


 許しがたい侮辱と、卑劣な罠だった。


 ここで負け犬呼ばわりを受け入れては、他の貴族家や商会からも舐められ、どれほどの損失を生み出し、今後に支障をきたすか分からない。

 しかも、もしその許しがたい侮辱をこらえ、魔石の供給を断ち続けることでオルレアーナ王国貴族としての矜持を守り、卑劣な田舎者と断固として戦う姿を周囲に示し続けたとしても、ゼンボルグ公爵家の魔道具産業の息の根を止めることは出来ない。


 ゼンボルグ公爵家は高値だろうがお構いなしでヴァンブルグ帝国から輸入して、魔道具を売り続けるだろう。

 そうなれば、自分達はさらなる『負け犬』のレッテルと魔石の売り上げを失った損失しか残らなくなる。


 だから面子とプライドと利益を守るため、魔石の供給を再開するしかなかった。


 この結果は、第三者にとっては痛み分けでも、彼らにとってはそうではない。

 耐えがたい屈辱であり、敗北である。


「せめてあの生意気なクソガキを痛めつけてやれれば、儂らに盾突く恐ろしさを刻み込んでやれたものを……屋敷から出てこんのでは、さすがに手の出しようがないではないか!」

「そのくらい、ゼンボルグ公爵も予想していただろう」


 マルゼー侯爵は溜息を漏らし、不愉快そうにグラスに残ったワインを飲み干す。


 幼気いたいけな七歳の少女を痛めつける。

 そのことに良心の呵責や疑問を抱く者達はこの場にはいない。


 たとえ幼い子供だろうと、自分達に盾突く者は制裁の対象である。

 子供程度に舐められたとあっては、賢雅会の権威を、果ては自らの利権を守れないのだ。


「だが、もう手は出すな」

「チッ……!」


 マルゼー侯爵の強い忠告に、エセールーズ侯爵は舌打ちする。

 賢雅会のトップからの命令だから嫌々ながらも従う、などという殊勝さは持ち合わせていない。

 エセールーズ侯爵自身も、ブルーローズ商会と魔石の取引再開が決まった以上、手を出すことは逆効果になることを理解していたからだ。


 もし、それより早くマリエットローズを痛めつけていれば、そのタイミングから見て、当然、賢雅会の誰かの仕業だと気付くだろう。

 しかし、証拠がなければ、誰の差し金かまでは特定出来ず、抗議されても言いがかりとして無視出来る。

 だから自分達に繋がる証拠さえなければ、黒幕が賢雅会だと看破されることは織り込み済みなのだ。

 それで賢雅会へ盾突く恐ろしさと愚かさを、強く刻み込むことが出来ただろう。


 それは、リシャールとマリアンローズを直接害するより、二人が愛してやまないマリエットローズを害する方が、マリエットローズに対してはもちろん、何よりリシャールとマリアンローズにとって、より大きな傷となるからだ。


 しかし、もはや手を出すべきではない。

 魔石の取引再開が決まった以上、決着は付いたのだ。

 ここで手を出せば、それはただの腹いせに過ぎなくなる。


 そこには権威も矜持もなく、負け犬が感情的になり、幼い子供を狙った卑劣で見苦しい悪足掻きをしたようにしか見えないだろう。

 それは、賢雅会の名を必要以上におとしめる結果となってしまうのだ。


 そこにきての、王家からの沙汰さたである。


「よもや、王家は俺達を切り、ゼンボルグ公爵家と組むことに決め、優遇を始めたのではあるまいな」

「さすがにそこまではあるまいよ。しかし、そう言いたくなる気持ちはわかるのぉ」


 他の貴族達からも、動揺や不満が上がるが、さすがに誰も、まさか王家がそこまではするまいと半信半疑だった。


 潜在的な脅威のゼンボルグ公爵領の力を削いでいく。

 王家がその方針転換をしたとは考えにくかったからだ。


 そして何より、自分達こそが優遇されるべき選ばれた人間であるとの自負があったからである。


「特許法は儂らが作ったのだぞ!? その儂らに特許法を守れだの、誰にでも権利があるだの、そのようなを振りかざしおって!」


 それは国王ジョセフから伝えられたリシャールの言葉だったため、この不平はリシャールに対してのように聞こえる。

 しかし、具体的な名を出さないことをいいことに、ジョセフとその決定に対しての不平でもあった。


 このような振る舞いこそが、ジョセフと宰相のボドワンが感じている、王家を舐めていると思わせる態度である。

 しかしこの場の誰もが同じ思いのため、その事実には気付かない。


 外へ漏れれば、王家批判へ繋がる発言だと、政敵に利用されることは間違いないだろうが、この密室での会話が外へ漏れることなど一切ないからだ。

 だからこそ、遠慮のない発言が容易となり、それが知らず知らずのうちに増長へと繋がっていっているのだが、その事実もまた、誰一人として気付く者はいない。


「ともかく、このまま座してこの屈辱を甘んじることだけは絶対にない。ゼンボルグ公爵家がやる気だと言うのであれば、我らもそれに対抗するだけだ」


 その言葉に、誰もが頷いた。


 マルゼー侯爵の台詞の中に具体的な示唆は一つもない。

 元よりそんなものは必要ないからだ。


 各々の判断で、ゼンボルグ公爵家に対して報復行動に出ることは当然含まれている。

 そしてそれは、直近で最も効果的なのはヴァンブルグ帝国からの魔石の輸入の妨害に他ならない。


 自らの息が掛かった海賊や私掠船による強奪。

 領軍による臨検での没収。

 ヴァンブルグ帝国の魔石利権貴族との交渉、または圧力。


 やること、やれることはいくらでもあった。


 本来であればそこに、ゼンボルグ公爵製の魔道具を越える性能を持つ魅力的な魔道具の開発、と言う重要な要素が含まれていてしかるべきなのだが……。


 これまでの、力を振りかざしての制裁や報復、また有用な特許の強奪などの手段に慣れすぎてしまい、その手段への発想に偏りが生じてしまっていた。


 彼らは自覚がなく、また指摘されても絶対に認めることはないだろう。

 それは、魔道具開発では太刀打ち出来ないと、無意識に認めてしまっているからであった。


 しかし、それを負け犬と軽んじることは危険である。

 彼らは犬は犬でも、魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする権謀術数の場である貴族社会で、強大な利権を手にして財をなし、それを奪い力を削がんとする数多の貴族家や王家を相手に守り通してきた、獰猛な闘犬なのだから。


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