160 魔石買い付けの目処

 洗顔器に使えそうな素材の候補や注意点などをまとめたリストを作って、お母様の指示をしたためた手紙と一緒に領地へ送ってから数日が過ぎた。


 その間、私は王都のお屋敷に缶詰状態。

 だって外出して万が一のことがあったら困るから。


 一番狙ってきそうなのが賢雅会の特許利権貴族達ともなれば、護衛を付けても絶対に安全とは言い切れないし、ましてやアラベルが私を庇って血を流す光景なんて見たくもないもの。


 そういう危険から逃れるために、普段以上に剣術や馬術の訓練、そしてアラベルと馬に二人乗りで全速力で駆ける練習もしたけど、それこそ万が一の時のため。

 成果を披露しないで済むなら、それに越したことはないわ。

 護身の基本にして究極は、遭遇した危険に対処することではなく、危険な目に遭わないように危険を避けて行動することだから。


 それに、お母様期待の洗顔器の仕様を考えないといけないのはもちろん、退屈を紛らわす方法もあったしね。


「お嬢様、チェックメイトです」

「くっ、待った!」

「もう待ったは三回使い切りましたよ」

「アラベル、そこをなんとか、ね?」

「駄目です。さっきの対局でわたしがお願いしたとき、三回使い切ったから駄目とおっしゃいましたよね」

「ぐぬぬ……」


 と、ここ数日の退屈しのぎのマイブームはチェスね。


 ここは乙女ゲームの世界だからか、前世の現代で普及していたチェスが、駒もルールもそのままで普通にあるの。

 お貴族様の優雅な趣味、と言う感じでね。


 これまで私は前世でも今世でもチェスをやったことがなかったけど、お父様が退屈しのぎにと勧めてくれたから、試しに始めてみたの。

 ここまでのアラベルとの会話を見れば、腕前はお察しだけど……。


 アラベルとはヘボの指し手同士、なかなか白熱した勝負になったことが、にわかにのめり込む切っ掛けになったわ。

 ちなみに戦績は互角。

 私達の中では、エマが頭一つ抜けて勝率が高いわね。


「じゃあ次はエマ、勝負よ」

「はい。ですがその前に一休みしませんか? お茶を淹れてきます」

「そうね、お願いするわ」


 今回も白熱した勝負だったから、少しクールダウンしたいわね。

 ふぅ、と大きく息を吐いて肩の力を抜くと、ソファーに身体を預ける。


 すると、まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、ドアがノックされた。

 エマが対応に出ると、お父様の侍従だったみたい。


「お嬢様、ブルーローズ商会のエドモン様がお見えになったそうで、旦那様がお呼びだそうです」

「エドモンさんが?」


 もしかして、魔石の購入に関して何か進展があったのかしら。


「分かったわ、すぐに行くと伝えて」


 エマにそうお父様の侍従に伝えて貰って、人前に出られるよう髪型を整えて、部屋着から普段着用のドレスに着替える。


 応接室に行くと、すでにお父様とお母様が揃っていて、エドモンさんが待っていた。

 一通り挨拶を済ませてから、早速本題に入って貰う。


「現在、一部の貴族家および商会関係者の間で、『負け犬』と『美容の魔道具』の噂がジワジワと広まっています」


 いきなりの切り出しに、ちょっと驚いてしまった。

 だけど、その口ぶりや顔付き、お父様とお母様の落ち着きぶりからすると、どうやら故意に広めているみたいね。


「おかげで買い付けの目処は立ちましたが、粘り強く交渉を続けてはいるものの、最終的に価格は二割増し程度に吊り上げられそうです」


 魔石のお値段はお高いから、たった二割でもかなりの金額になる。

 使っている量が量だけに、余計にね。


「手放しでは喜べないが、二割程度で抑えられるのなら、よしとするしかないか」

「それでも、やはりそのまま魔道具の価格へ転嫁するのは厳しいですわね」


 お父様もお母様も難しい顔だ。


 賢雅会がブルーローズ商会うちのコピー商品を出した場合、性能が同じなら、魔石二割分も価格が上昇すると圧倒的に不利になる。

 賢雅会としては、真面目に特許使用料を支払うのなら、そのくらいしないと割に合わないんでしょうけど。


「ヴァンブルグ帝国からの輸入ではどうなりそうだ?」

「閣下が皇太子殿下とお話をまとめて下さったおかげで、ヴァンブルグ帝国の魔石利権貴族達の商会との商談は順調です。しかし、やはり足下は見られ割高になるでしょう」

「どのくらいになる?」

「輸送費も含めますと、およそ四割増し程度になるかと」


 四割増しはさすがに高すぎるわ……。

 隣国とはいえ、ゼンボルグ公爵領からヴァンブルグ帝国の国境まではなんだかんだでかなり遠いし、そこから魔石利権貴族の領地となるとさらに遠いから仕方ないけど。


「あ、しかしヴァンブルグ帝国ではオルレアーナ王国より若干安いですから、以前の賢雅会の貴族家から購入していた魔石の価格と比べると、三割増しと言ったところです」

「ふむ……現実的な、嫌らしい金額だな」

「はい。ですがそれでも、賢雅会の貴族家からも再び買い付けが出来るようになったおかげで、その程度で済んでいると言えます」

「そこは、マリーのおかげか」


 ここで得意になってはいけないけど、思いの外、足下を見られずに済んだなら、頑張った甲斐があったわね。


「価格に転嫁して値上げしなくては、かなりの減益となってしまいますが……閣下、いかが致しましょう?」


 エドモンさんの問いかけに、お父様とお母様がチラリと私に目を向けて、すぐエドモンさんへと視線を戻す。

 エドモンがそれになんの意味があるのだろうと私に目を向けてくるけど、話の主体はお父様だから、エドモンさんもお父様へ視線を戻した。


「魔石の二割増しの金額を、一部は製品の価格ではなく、特許使用料に上乗せしよう」

「それは……!」


 目から鱗って顔でエドモンさんが目を見開いて、咄嗟に私に顔を向けた。


「お嬢様のアイデアでしたか。さすがです」


 そう素直に感心されると照れるわ。


「ただし、特許使用料へ上乗せする分は、全てを製品にではなく、魔法陣の分解や組み替えなど、各種技術にも分散させて、合わせての金額とするんだ」

「なるほど……でしたら、一つ一つは小幅ですね。魔道具それぞれで使われている技術は違いますし、一律で二割増しの金額になるわけではないと」

「ああ。その方が賢雅会の貴族達も受け入れやすいだろうし、こちらの負担も軽減される」


「こちらの負担を軽減、ですか? 賢雅会のコピー商品が売れなければ、特許使用料へ上乗せしても元より負担は大きく、本来なら製品の特許そのものに全て上乗せした方が負担は少なくなりますが」

「しばらく様子見を兼ねて期間を区切り、我が領の魔道具師と職人達には上乗せされた特許使用料と同額の補助金を出すことにする」

「っ!? 自領の魔道具師と職人の保護ですか! もしやそれもお嬢様が!?」

「ああ、マリーの発案だ」

「……お嬢様の商才には驚かされてばかりです。鳥肌が立ってしまいましたよ」

「そんな大げさですよエドモンさん」


 身震いしながら、尊敬していますみたいな目で見られたら困るわ。


「いいえ、大げさではありません。この仕事を引き受けて本当に良かったと、心から思います」

「そうだろう。マリーは天才だからな」

「ええ、うちのマリーは世界一よ」

「もう、お父様とお母様まで……!」


 本当に親バカなんだから。


「でもお父様、三割増しの金額でなくてもいいのですか?」

「陛下の目が光っているとはいえ、それでは賢雅会の貴族達も受け入れないだろう。それに、ゼンボルグ公爵家うちもある程度損失を出してみせることで、賢雅会の貴族家もヴァンブルグ帝国の魔石利権貴族家も納得しやすくなる」


 明言はしなかったけど、ヴァンブルグ帝国皇家も、と言うことね。

 私がそれを察したことをお父様も察したみたいで、お父様が目だけで頷く。


「元より魔道具は利幅が大きく、減益と言っても立ちゆかなくなるほどではない。それに、いずれ大型船が就航すれば輸送費は抑えられる。まだ何年か先の話だから、その頃であれば損失が減ったところで、今回の件を持ち出して文句は言うまい。何か言ってきても、別件として扱える」


 敢えてこの時点での損失に目を瞑ることで、反発を抑えて油断させるのね。

 それもきっと、私の身の安全のために。


 ありがとう、お父様。


「エドモン、試算は任せる」

「分かりました、お任せ下さい」


 エドモンさんが楽しそうに頷いてくれる。


 これで、一連の問題は片が付きそうね。

 ようやく安心出来るわ。


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