159 勢いで口にした美容の魔道具

「わたしもとても興味があるわ。その場しのぎで口から出任せを言ったわけではないのでしょう?」


 お母様が微笑むけど、目が笑っていない。


 お母様には、お母様がそれを使っているように思わせて、注目を集めさせたり、ご夫人達に問い詰めさせたりしてしまったものね。

 私を信じて、それがあることを前提に、詳細が分からないままでも上手く対応してくれたのに、口から出任せでしたごめんなさいでは済まないわ。


 もちろん、口から出任せと言うわけではないのよ。

 あの場で苦し紛れに思い付いたことは確かだけど……。


「さあ、教えて頂戴」


 打って変わってお母様の圧がすごいわ。

 圧に負けて、コクコクと頷く。


「私が考えたのは洗顔器です」

「洗顔器?」


 お母様が首を傾げる。


「名前からすると、顔を洗う魔道具なのかい?」


 お父様も想像が付かないみたい。


 なんで顔を洗うのにわざわざ魔道具を?

 二人ともそう思ってしまっても無理ないわよね。


「洗顔器は、ただ手で水をパシャパシャして顔を洗うのとはわけが違うんです」


 洗顔器のコンセプトや使用目的、効果などを説明していく。


 洗顔器は、簡単に言えばブラシや超音波の振動でお肌の汚れを落とす美容機器ね。

 顔の毛穴に詰まった汚れ、古い角質、角栓などを取り除き、メイクなどの汚れを落として、肌を綺麗にスッキリさせるの。

 その手の汚れが落ちるから、肌の黒ずみが消えて、スキンケア化粧品の効果が出やすくなるし、化粧ノリも良くなるわ。


 さらに表情筋を刺激することで顔が引き締まり、たるみの改善や小顔効果も期待出来る。

 しかも肌の細胞を刺激するから、細胞が活性化して代謝や血行も良くなるの。


 洗顔器のタイプは二つ。


 一つは、ヘッド部分がブラシになっていて、そのブラシを回転させる方式。

 一つは、ヘッド部分が金属やシリコンのカバーになっていて、そのカバーを振動させる方式。


 どちらも手に持って使うから、小型で軽量ね。


「是非作りましょう。いえ、絶対に作るべきだわ」


 じっと黙って聞いていたお母様が、説明が終わった瞬間、大きな声でそう言い切る。

 目が爛々と輝いていて、ちょっと怖いくらい。


「で、でもお母様、課題や問題がないわけではないの」


 ブラシを回転させるタイプは、肌を傷つけない細くて適度な硬さの柔らかい毛のブラシを用意できるのかが分からない。

 カバーを振動させるタイプは、金属だと金属アレルギーの人には使えなくて逆に肌荒れの原因になってしまう。

 どちらも、化学繊維のナイロンも肌に優しいシリコンもないから、今ある普通の化粧筆で代用できるか分からないし、他に肌に優しい素材を用意できるのかが大きな問題ね。


 さらに、泡立ちのいい洗顔料か洗顔用の石鹸の開発も課題になる。


 そして、ブラシを回転させるタイプは回転数を、カバーを振動させるタイプは振動数を、実現出来るのかと言うこと。

 特にカバーを振動させるタイプは、毎秒数百回も振動させないといけなくて、パーツの耐久性も考慮しないといけない。


 だからそこは今ある技術力や工業力で実現できる範囲に留めて、それ以上の性能向上は今後の課題とするしかないわね。

 タイプも、どちらか片方だけを先に完成させて、もう片方はその後の開発でも構わないから、作りやすい方を優先すればいい話だけど。

 後から新方式や性能が上がった新製品を出せると考えれば、むしろ段階を踏んだ方がお得だわ。


 ともかく、正直言って、魔石四種類を使った空調機や、水温を一度刻みで温められる給湯器や、大型船を動かすウォータージェット推進器の方が、作るのは簡単だと思う。

 それくらい、クリアすべき課題と問題が多い。


 しかも、試作したら誰かに試して貰わないといけないから、肌荒れや肌を傷つける原因になったら申し訳ないわ。


 それに、これは課題や問題ではないけど、開発するのは、オーバン先生を始め、おじさんやお爺さんが多い開発チームのメンバーでいいのか、と言うこと。

 だって、美容に関してそれほど熱意があるとは思えないもの。

 そのメンバーで、果たしてどれほどのクオリティの洗顔器が出来上がることか。


 と言うことを、話せる範囲で説明する。


「完成形が見えているのなら、今はそれで十分よ」


 それらの課題と問題を聞いても、お母様の美への追究の熱意は、小揺るぎもしなかったみたい。


「ゼンボルグ公爵家の総力を結集して、あらゆる素材を集めましょう。試作品の試験も、リスクを十分に説明した上で、自己責任において希望者を募りましょう。それでも殺到するに違いないわ」


 素材はともかく、希望者は……うん、集まりそう。

 うちのメイドや侍女達も、競って手を挙げそうね。


「開発に関しては、女性の魔道具師や職人を募って特別チームを結成しましょう。信頼出来る情熱を持った者達を厳選しなくてはね。知識や技術が足りなければ、学ばせてでも集めるわよ」


 お母様、すごく燃えているわ。


 元から魔道具師や職人を育成するための学校を作るつもりだったから、そこは多分問題ないはず。


「完成したら、特許の登録はいいとして、しばらくの間、普通に販売はしないでおきましょうね」

「え、何故ですか?」


 公爵令嬢として学びなさいとばかりの顔で、私にずいと迫ってくる。


「まず王家への献上品や、懇意にしている貴族家への贈答品にするわ。そして、それらの家から紹介があった貴族家にしか販売しないでおくの。そうしてゼンボルグ公爵我が家の影響力を高めるのよ」


 なるほど、レアリティを高め、話題性を持たせるのね。

 そして貴族社会で影響力を強めると。


「我が家の影響力が高まれば、それだけマリーも安全になるでしょう?」

「お母様……!」


 お母様はそこまで私のことを考えてくれていたのね。


「だからねマリー、質が高い物と中間の物と低い物と、最低三種類作って頂戴。高い物を献上品と贈答品に、中間の物を紹介された貴族家への販売用に、低い物をその後の一般の販売用にするわ」


 うん、私のことはそれはそれとして、本気……本気だわ。


「いいわよね、あなた?」

「あ、ああ」


 ずずいと迫るお母様に、仰け反りながら頷くお父様。

 嫌とは言えないわよね、これは。


「ありがとう、あなた」


 お母様、すごくいい笑顔でにっこりね。

 貴族女性の美への執念……本当にすごいわ。


「リシャールの許可も出たし、善は急げね。早速取りかかりましょう」


 メイドにレターセットの用意を命じたお母様が、私の肩を掴んで回れ右させると、ドアの方へと押し出してくる。


「領地へは、女性の魔道具師や職人を調査するよう指示を送らなくてはね。マリーも、必要な素材の候補や条件などを全て書き出して頂戴。一緒に送るわ」

「は、はい」


 これは……大変な物を口にしてしまったかも知れない。

 何がなんでも完成させないと、後が怖そう。


 口は災いの元と言うけれど、これも自業自得と言うのかしら……?


 魔道具の推進器が完成した後のことで良かったわ。


「さあマリー、急いで」

「はい、お母様!」


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