158 今後の方針について

 部屋で一息吐いてから、リビングに顔を出す。

 すでにお父様とお母様も着替え終わって、紅茶で一服しながら私が来るのを待っていてくれた。


 叱られて散々泣いた直後だから気恥ずかしいけど、やっぱりそれでもお父様とお母様の側に居たい。

 旅の恥は掻き捨てとは違うけど、王都に来ていて、パーティーにも出て、普段とは色々と違うことがあったから、その勢いも借りて、二人の間に挟まるように座る。


 二人に挟まってべったりとくっついた私を、お父様もお母様も何も言わず、ただ微笑みながら優しく抱き締めてくれた。

 本当に私って、幸せな娘だわ。


 しばらくそうして二人の温もりを感じた後、お父様が改まって切り出してきた。


「さて、気持ちが落ち着いたところで、今後の方針について話し合おう」


 私の気持ちが落ち着くのを待ってくれていたのね。

 本当に大好きよ。


「マリーが頑張って動いてくれたおかげで、魔石購入の目処が立ったのだものね。それを最大限に生かしたいわ」


 お母様の言う通り、やってしまったことは元には戻せない。

 だから、やらかしてしまったからこそ、その中で最大の利益を得るように立ち回らないと。

 褒められたやり方ではなくても、欲しかった成果は上げられたのだから。


「まず、大きな方針として、今後マリーがどうするかだ」

「私がどうするか、ですか?」

「そうね。マリーが普通の子供より聡明で賢くて、礼儀作法や他国の言葉を高いレベルで身に着けていることはオルレアーナ王家、ヴァンブルグ帝国皇家、そして両国の一部の貴族達に知られてしまったわ」

「しかしそこまでであれば織り込み済みだ。パーティーに参加した以上、礼儀作法や言葉については一目瞭然で、少しでもマリーと話をすれば、頭が良い子供であることは誰でも理解出来ただろう」

「問題なのは、主にオルレアーナ王家とヴァンブルグ帝国皇家、そして一部の目ざとい貴族達が、マリーが普通の子供より遥かに賢く頭が回ること、特に商売や特許などの知識を身に着けていること、大人同様の考え方を出来ることを知られたことね」


 確かに、賢雅会の特許利権貴族達を相手にしたときも、皇族と別室で話したときも、その会話を思い起せば、普通の子供ではないと思われたでしょうね。

 そこはお父様とお母様の想定を上回ってしまった、やり過ぎだったことになる。


 でも。


「ただし、まだ致命的ではない。マリーが魔道具を開発していることや、『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』を発案し主導していることなどは知られていない」

「ええ、最も重要な秘密を知られたわけではないわ。賢雅会にしても、腹立たしい子と思われはしても、自分達を今の状況にまで追い込んだ原因、最大の脅威だとは思われていないはずよ」


 そう、さすがに私もそこまで見抜かれるような話はしていない。

 お父様が手を回してくれている偽装工作や欺瞞情報、そして情報統制は、まだ有効なままだ。


「そこでだ」


 お父様とお母様が改まって私を見る。


「マリーの才能の一部が知られてしまったが、引き続き隠し続け、怪しまれれば誤魔化しあざむき続けるか、それとも隠すことを止めてしまうか、だ」

「隠し続けるか、隠すことを止めるか、ですか……」


 それは、後者を選べば方針の大転換になるわね。


「隠し続けるなら、当然、今までとほとんど変わらないだろう。マリーのことを探られたり、パーティーなど公式の場に呼び出され見極めようとされたりなどの事態は起きるだろうが、私とマリアでこれまで通り隠し続ければいいからね」


 そうね、これまでとほぼ変わらないでしょうね。

 多少、手間が増えて、お勉強や開発の時間が削られてしまうでしょうけど。

 それでも、社交の実践の場と考えれば、それほどマイナスではないわ。


「そして隠すことを止めてしまえば、自由にマリーが動けるようになる」


 そうね、目を付けられないようにと自重する必要がなくなって、制約を受けずに堂々と動けるようになるから、計画や開発をこれまでより早く進めていけるようになる。


「ただし、リスクは大きく跳ね上がるだろう。マリーを目障りに思っただろう賢雅会の貴族達だけでなく、ゼンボルグ公爵領の発展を快く思わない者達が、マリーの命を狙うようになるかも知れない」


 ゼンボルグ公爵領の発展を快く思わない者達。

 お父様は明言を避けたけど、ゼンボルグ公爵領を見下している古参の貴族達だけではなくて、王家も、と言うことよね。

 そして、命を狙うようになるかも知れない、ではなくて、確実に狙われる、よね。


「これまで通りがいいです」


 私は迷わず即答する。


 自重しないで、陣頭指揮を執ってあれもこれもと推し進めていくのは楽しそうだけど、命を賭けてまでしたいかと言われると、そうじゃないから。

 貴族のやり口を勉強して多少なりとその手口を知った以上、さすがに命を狙われるなんてごめんだわ。

 二十四時間、毒殺、暴漢、事故死、その他、暗殺を恐れて死ぬまで怯え続けないといけない生活なんて耐えられないわよ。


 何より、お父様とお母様に、これ以上不要な心配をかけたくないもの。


 だったら裏でコソコソ隠れてやるので十分。

 それだって、秘密の計画の遂行で楽しいから。


 方針転換にはまだ早い。

 それをするのは、自分で自分の身を十分に守れるだけの力を付けてからだ。


「そうか、分かった」

「そうね、それがいいわ」


 お父様もお母様も、あっさりとそれを認めてくれる。

 やっぱり二人ともそれがいいと思っていたからでしょうね。

 好き好んで愛する娘を危険に晒したいわけがないもの。


 おかげで、今後の方針はあっさりと決まった。


「では、次の問題だ」

「次の問題、ですか?」

「その通りだ。マリー、美容の魔道具について説明してくれるね?」

「あ……」


 あんな大勢の前で公表してしまった以上、その場しのぎのデタラメでしたじゃ済まないものね。


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