153 皇子ハインリヒを手玉に取る悪女?
『あらあら』
『まあまあ』
そこ、母親二人!
なんでそんなに楽しそうなの!?
ハインリヒ殿下、今なんて言った?
もしかして私、『オレのお嫁さんになれ』って言われた!?
今の話の流れでどうして!?
『ほう?』
腹の底から響くような低い声に、思わずそちらを振り向くと、猛獣のように獰猛な笑みを浮かべているルートヴィヒ殿下が!
取って食われそうで背筋がブルリと震えてしまう。
『ふむ』
お父様も少し難しい顔をしながらも、今はそれ以上は何も言わずに、私とハインリヒ殿下を見つめている。
お父様としては悪い話ではない、と言うことだったけど、いきなりこの申し出はお父様的にどうなの!?
対応を誤れば、ヴァンブルグ帝国と婚姻政策で同盟を結んで、オルレアーナ王国との戦争に突入しかねない、バッドエンドの内戦ルート以上に不味い事態になってしまう可能性があるのだけど!
『ハインリヒ、ゼンボルグ嬢を気に入ったか?』
『父上。気に入ったとかよく分かんないけど、可愛い癖に、オレにこんな生意気な口を利いた女は初めてで、なんかこのままじゃ悔しいから』
『ふむ、そうか』
鋭い眼光が少し緩んで、やや残念そうな声音で思案する。
これはセーフ、と言っていいのかしら?
色々言われちゃったせいで気になるけど、この場の勢いだった。
そんな感じよね?
ルートヴィヒ殿下は思案の後、ハインリヒ殿下からお父様へ目を向けた。
『ゼンボルグ公爵はどう考える? 俺はなかなか良い話だと思うが』
『私も悪くない話だとは思います。しかし、本人達の様子を見る限り、結論を出すには
『ふむ』
ルートヴィヒ殿下が今度は私に目を向けてくる。
取って食われそうな獰猛さはもうないけど、その視線の射貫くような鋭さに、思わず『ひっ!?』って声が出そうになってしまったわ。
『ゼンボルグ嬢、どうだ、ハインリヒとの結婚は。いずれハインリヒも皇太子に、そして皇帝になる。そうすれば、ゼンボルグ嬢は皇太子妃、そして皇妃として、ヴァンブルグ帝国で栄華を極められるぞ』
それは最高の権力を得て最高の身分になる、貴族令嬢としての一つの到達点よね。
多くのご令嬢達が、そしてその実家が欲してやまない、羨望されるだろうお誘いだ。
でも……。
『おい、どうなんだよ』
私の返事を待つハインリヒ殿下を見る。
やっぱり、まだ七歳で結婚を考えるのは早すぎるわ。
それに、オレ様系は出来ればご遠慮したい。
将来どう変わるか分からないけど、だからってそれを期待して今すぐ決めるのはリスクが高すぎる。
私も、お父様やお母様の言いようではないけど、まだまだ選択肢を残して、ゼンボルグ公爵領に最善の結果をもたらす選択をしたい。
だけど、皇族からのお声がけだ。
自分達が仰いでいる王族ではないから、事実上の命令にはなっていないけど、返答は慎重にしないと不味い。
馬鹿正直に『好みじゃないからパス』なんて言えないし。
下手な断り方をして、メンツを潰されたとかなんとかなったら、小競り合いで済めばまだしも、最悪戦争にまで発展する可能性すらあるんだから。
ここはどうにか穏便に事を収めないと。
でも、どう言えば角が立たず、穏便に事を収められるの?
お父様とお母様は、この場は一先ず私の判断に任せると言う顔をして、成り行きを見守っている。
ルートヴィヒ殿下は急かすような真似はしてこないけど、私の返答を待っている。
ダニエラ殿下も、私がどういう答えを出すのか、興味深そうに観察してきている。
ハインリヒ殿下は、焦れて落ち着きがなく私を見ている。
一体どうすれば……。
…………あっ、そうだ!
私はソファーから子供っぽい仕草でぴょんと勢いよく降りると、お父様に駆け寄って抱き付く。
『私、お父様が大好きだから、将来はお父様のお嫁さんになりたいんです♪』
無邪気なにっこり笑顔付きよ。
さあ、これならどう!?
『あっはっはっはっ!! そうか、お父様が大好きか!!』
『まあ、うふふふふ』
唐突にルートヴィヒ殿下が豪快に大笑いして、ダニエラ殿下も扇で口元を隠しながら堪えきれないように笑っている。
これ、上手くいったんじゃない!?
『おお…………マリー!!』
『っ!?』
いきなり、感極まったように声を震わせたお父様にガバッと抱き締められてしまう。
『なんて可愛いんだマリー!! いいとも、どこにも嫁がなくていい!! ずっとうちにいなさい!!』
お父様、感激しすぎ!
頬擦り激し過ぎ!
調子を合わせてくれただけよね!?
それともまさか本気!?
『えへへ♪』
子供っぽく嬉しそうに笑ってみせるけど、ちょっと苦しいわ!
タップ、タップ!
お願い手加減して……!
驚いて目を丸くしているルートヴィヒ殿下とダニエラ殿下だけじゃなくて、ハインリヒ殿下までドン引きしているわよ!?
『もう、あなたったら……』
ほら、お母様が呆れているわ。
あ……これ違う、お父様に対してと見せかけて、私にだ。
もしかして、お母様にだけはバレバレ?
で、でも、これが一番穏便に断れそうだったのよ。
明確に断ったわけじゃなく、有耶無耶にした感じで、でも一応まだ将来の可能性を残したままで。
そう目で訴えかけると、ちゃんと伝わったみたいで、お母様が仕方なさそうに苦笑する。
端からはお父様が苦笑されているように見えるわよね……お父様、ごめんなさいね?
『……』
あ、ハインリヒ殿下がむすっとしている。
今の答えはルートヴィヒ殿下とダニエラ殿下に対してはいいけど、ハインリヒ殿下に対してはちゃんとした返事になっていないものね。
これはちゃんとフォローしないと。
『だから殿下、将来、お父様みたいな素敵な殿方になった時、まだ同じ気持ちのままだったなら、その時改めてお気持ちを聞かせて下さい』
にっこり無邪気な笑顔付き。
これでどうかしら?
『……分かった。見てろよ、絶対格好いいって言わせてやるからな』
よし、上手くいったみたいね。
どうせ、今日一日、ちょっと話した程度の生意気な女の子のことなんて、すぐに忘れてしまうわよ。
だって、さっきのハインリヒ殿下のルートヴィヒ殿下への返答を聞けば、本気で私のことが好きになったとか、そういうことじゃなさそうだものね。
ふぅ……なんとかなって本当に良かったわ。
こうして、私に関しては有耶無耶にして、お父様はヴァンブルグ帝国から魔石を輸入する取っ掛かりと言うか、手応えのある交渉が出来て、この場は解散。
一応、騒ぎを起こした罰として追い出される形で、私達はヴァンブルグ帝国大使館を辞することになった。
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