154 皇太子ルートヴィヒは獰猛に笑う

◆◆◆



『噂にたがわぬ子煩悩、親バカ振りだったな』

『ええ、揶揄でも大げさでも、なんでもありませんでしたわね』


 ゼンボルグ公爵家の三人が侍従に案内されて控え室を辞した後、ルートヴィヒとダニエラは呆れと共に愉快そうに笑う。


『ハインリヒ。ゼンボルグ嬢はどうだった?』

『なんだよあいつ、オレのこと格好悪いみたいに言った癖に、自分は親にべったり甘えてさ』

『気に食わないか?』

『……よく分かんないけど、絶対に格好いいって言わせてやる』

『そうか』


 決して興味を失ったわけではなさそうな息子の返答に、ルートヴィヒは今はその程度で構わないと頷く。


『ハインリヒ、休息に取れる時間はもう残り少ない。お前は一度部屋に下がり、しっかりと休め』

『うん、父上』


 多少マリエットローズと暇潰しの会話をしたとは言え、大人同士の話し合いの場で退屈していたのは確かなので、ハインリヒは喜んで控え室を出て、ドアの外で控えていた護衛に案内されて皇族用の控え室へと向かった。


 ドアが閉まり、二人だけになったところで、ルートヴィヒが改まった低い声で問いかける。


『ダニエラはあの娘をどう見た?』


 ルートヴィヒにとってダニエラは妻である以上に、皇太子妃と言う政治的なパートナーの意味合いが強かった。

 それを踏まえての質問に、ダニエラも微笑ましげな笑みを消して、皇太子妃の顔になる。


『とても将来有望な娘かと。故国のゼンボルグ王国語とオルレアーナ王国語は当然としても、ヴァンブルグ帝国語までもあれほど堪能に話せるとは。しかも、礼法まで修めて、かなりの才能ですわ』

『ああ。事前の調査による、他にも複数の国の言語と礼法などを学んでいると言う話も、箔を付けて価値を吊り上げるハッタリや眉唾物かと思いきや、十分にあり得そうだ』


 それはお互いの共通見解として頷き合う。


『ただ、ハインリヒのことは、あまり好みのタイプではないようですわね』

『そうなのか?』


 ヴァンブルグ帝国では、強く、女性を従え、我が道を行く男が理想の男性像とされている。

 だから、地元のヴァンブルグ帝国では、皇子と言う立場を抜きにしても、ハインリヒはご令嬢達に人気が高かった。


 そのため、ルートヴィヒにはそれが少々意外に思えたのだ。


『尊大に振る舞う殿方はタイプではないのでしょう。思慮深さや他者への配慮や思いやりを身に着けるよう、それとなく諭そうとしていましたわ。女としてしたたかな一面があって、そういう意味でも将来が楽しみですわね』

『ふむ』

『しかも、はわざとですわ』

『やはり思い違いではなかったか』


 父親の親バカと言う噂を利用して、皇族の申し出を有耶無耶にした。

 それを、ルートヴィヒは為政者としての観察眼で、ダニエラは同じ女として、感じ取っていた。

 ダニエラが自分以上にそれを見抜いていたことで、ルートヴィヒは腕を組んで大きく唸る。


『だとすれば、直情的なハインリヒには荷が重い相手か』

『むしろ、あの子に足りないところを補ってくれる、願ってもない相手では?』

『いや、あの娘はとんだ曲者かも知れんぞ』

『曲者……ですか?』


 思ってもみなかった評価に、ダニエラは素で驚きを顕わにする。


 生まれてから死ぬまで女は女。

 片目で夢と理想を見ながら、片目で現実を見る。

 野心や腹黒さは、幼かろうが女であればその内に抱えているものだ。

 だから女を武器に強かに立ち回ったことは、なんら不思議には思わない。

 むしろ皇族の婚約者候補として考えるのならば、頼もしく高評価ですらあった。


 しかし、さすがに曲者と言う評価は予想外だった。


『確かにあの年であれだけのものを身に着けて立ち回れる、強かさと希有な聡明さを持っているようですが、さすがに曲者と言うのは大げさでは?』


 そう思うのも無理はない、そうルートヴィヒは頷き、しかし獰猛に笑う。


『お前が言う、あれほどの強かさと希有な聡明さを持った娘が、他国の皇族、貴族、果てには商売敵になる両国の特許利権貴族達が大勢集う公の場で、開発中の魔道具と言う機密を、などと言う迂闊な真似をすると思うか?』

『まさか……!?』

『あれほど周囲の耳目を集め、自分達の味方に付けた上での「負け犬根性」呼ばわりだ。あれでは、たとえどのような形であれ、あの特許利権貴族達は自らの面子を守るためにゼンボルグ公爵家へ魔石を売らないわけにはいくまい。現に俺達も、美容の魔道具を餌にされ、パーティーでの失態に対する抗議と賠償で利権を奪うよりも、商談に重きを置かされてしまった』

『っ!?』


 息子のハインリヒが手の平で転がされ、あしらわれたのとはわけが違う。

 海千山千の魑魅魍魎ちみもうりょうたる自分達皇族と特許利権貴族達を向こうに回して手玉に取った。

 それも、たった七歳の少女が。


 その事実にダニエラは絶句し、しかし短い時間ながら観察したマリエットローズの振る舞いを思い出し、考えすぎとも思えず小さく唸る。


『「負け犬根性」呼ばわりはさすがに面子を潰し過ぎ、過剰な反応を引き出した詰めの甘さがあるが、まだ七歳という年齢を考えれば経験不足は致し方あるまい』

『末恐ろしいですわね……』


 本人の資質か、ゼンボルグ公爵家の教育の賜物か。


 成長した暁にはどれほどの才媛怪物に育っていることか。

 それを想像して、ダニエラは小さく身震いする。


『だからこそ、我が帝国に欲しいと思わないか?』


 一層深みを増したルートヴィヒの獰猛な笑みに、ダニエラもまた、すぐに夫にそっくりの淑女らしからぬ獰猛な笑みを浮かべた。


『ええ、是非とも欲しいですわね』


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