152 皇子ハインリヒはオレ様系

 頭を捻るけど、咄嗟に面白い話なんて出てくるわけがない。


 そもそも、七歳の男の子が喜ぶ話って、何?


 私が話題を探して迷っている間に焦れたのか、元から適当なことを言っただけで投げっぱなしだったのか。

 私が悩むのも無視して、ハインリヒ殿下は自分が言いたいことをしゃべり出した。


『オルレアーナ王国の奴って、ろくにヴァンブルグ帝国語を話せないのな』


 あからさまに呆れて小馬鹿にした顔になって、フンと鼻を鳴らす。


『どいつもこいつも「おるれあぁなおうこくは、いかが、ですか」とか「ステキナ、オメシモノ、デスネ」とか、おんなじような話ばっかりでさ、つまんねぇの。しかも、もたもただったり、片言だったり。もっと勉強してから来いよ』


 しかも結構早口で、グチグチと。


 ハインリヒ殿下は『オルレアーナ王国の奴』とひとまとめにしちゃっているけど、子供達のことよね?

 言いたくなる気持ちも分からないわけじゃないけど……どっちも子供だしね。


『殿下は、オルレアーナ王国語はお話になられないんですか?』

『あ? なんでオレが? お前らがヴァンブルグ帝国語を話せばいいだろ。オルレアーナ王国なんて辺境の国なんだから、オレに合わせるのが当然だろ』


 うん、薄々気付いていたけど、すごくオレ様って感じ。

 軍事大国ヴァンブルグ帝国の皇子殿下として、普段から持ち上げられて、チヤホヤされて、我が侭いっぱいに育っているのが透けて見えるわ。


 私、オレ様系って好きじゃないのよね。

 会社の先輩がそんな感じで、中途半端な仕事しか出来ない癖に、黙って俺に従えって偉そうに大口だけは叩くもんだから、振り回されて、苛つかされて、何度殴ってやりたいと思ったことか。


 ハインリヒ殿下がこのまま育って、将来オレ様系を突き詰めたような性格になったら、結婚なんて絶対にごめんだわ。


 手玉に取る以前に、性格の軌道修正が先じゃないかしら。

 でないと、暴君になる未来しか見えないわ。


『相手の国の言葉を学んで、その言葉で会話することは、相手の国の考え方はもちろん、文化なども理解するために有用だと思いますよ?』

『あ? 女の癖によく分かんねぇこと言うなよ。オレはヴァンブルグ帝国の皇子だぞ? オレに合わせるのが当然だろ』


 あからさまに不機嫌な顔をしちゃって。


 う~ん……。


 このくらいの男の子に理解させるには……。

 お母様が教えてくれたことで、何かいい方法は……。


 あ、そうだ!


『でも、自分の国の言葉だけじゃなくて、相手の国の言葉も話せる男の子って、私はと思いますよ?』

『!』


 お、もしかして手応えあり?


『それって、そんなに格好いいのか?』

『もちろん、すごく格好いいですよ』


 大げさなくらい頷く。


『今日みたいな外国人も一緒のパーティーで、相手の人が何を言っているのか分からなくて困っていたら、「彼はこれこれこんなことを言っているんだよ」って、さりげなく通訳して教えてくれる男の子って、優しくて、紳士的で、スマートで、格好いいじゃないですか』


 憧れちゃうなぁ、みたいな顔で微笑む。


『逆に、相手の人が何を言っているのか分からなくて困っているだけで何も出来ない男の子や、女の子に「お前、あいつが何言ってるのか教えろ」なんて言っているような男の子って、頼りにならなくてですもの』


 今度は、お話にならなくて興醒め、みたいに冷めた顔をする。


『か……格好悪い……』


 あら、深刻な顔をしちゃって。

 いかにもハインリヒ殿下が言いそうな台詞を例に挙げてみたけど、もしかして心当たりあり?


『ヴァンブルグ帝国では、どんな男の人が女の人に人気があるんですか?』

『そんなの決まってるだろ、強くて偉い男だ』


 急に胸を張ってふんぞり返って、そっちは自信があるのね。

 でも、この態度と言い回しは、強くて偉い、ではなくて、偉そうなのが強く見える、と誤解していないかしら?


『だったらやっぱり、ただ強いだけより、強い上に頭が良くて優しい男の子の方が、格好いいですよね』

『それは…………そう、なのか?』

『はい。女の子なら、強くて賢くて優しくて紳士的な男の子の方が格好いいから、頼りにしちゃいます』

『えっ、紳士的もか?』

『はい。強くて賢くて優しくて紳士的で、女の子と言うだけで馬鹿にせずちゃんと話に耳を傾けてくれる人でないと』

『おい、またなんか増えてるぞ!?』

『あら、女の子の理想は高いんですよ? 強いだけで威張り散らして偉そうにしているだけの大したことのない男の子って、格好悪くてつまらないです。男の子なら、そのくらい格好いいところを見せて欲しいですね』

『ぐっ……』


 ハインリヒ殿下が唸りながら顔を俯かせてしまう。

 こんな言葉だけでいきなり暴君が賢君に変わるとは思わないけど、何かしら思う所があって、少しでもいい方に変わる切っ掛けになってくれたら幸いね。


『ふふっ』


 いきなり堪えきれないって感じの笑い声が聞こえた。


 そっちに顔を向けると、可笑しそうに口元を隠しているダニエラ殿下が。

 お母様も、何やらすごく満足そうに、うんうんと頷いているわ。


 もしかして、ハインリヒ殿下とのやり取りを聞かれてた!?


 うわぁ、急に恥ずかしくなってきたわ……。


『ですってよ、ハインリヒ。お前はもっとお勉強と礼儀作法を頑張らないといけないわね?』

『母上……』


 ダニエラ殿下にポンと頭を撫でられて、情けない声で顔を上げるハインリヒ殿下。


『お前、女の癖に皇子のオレにいっぱい偉そうなこと言って、生意気だな』


 恥ずかしかったのか、悔しかったのか、私を睨むように見ながら、そんな強がりを言い出す。


 やっぱり、そうそう変わるわけがないわよね。

 これは、私が恥ずかしい思いをしただけでおしまいかしら。


 元から余計なお世話でもあったし、それも仕方ないわね。


『なあ、お前。オレが勉強も礼儀作法もちゃんとして、強くて賢くて優しくて、それから色々、ちゃんと出来たら、オレのこと格好いいって思うか?』

『え? ええ、まあ』


 それはまあ、そうなれば、少しは?


『よし、じゃあちゃんと格好良くなってやるから、お前、オレのお嫁さんになれ』

『…………は?』


 はああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!?


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