151 皇子ハインリヒは退屈

 お父様の返事には含みがあった。

 つまり、『ヴァンブルグ帝国側に付くことはお断りします』と明確に断ったわけじゃないことから、ルートヴィヒ殿下は今はそれでよしとするらしい。

 背後に見えていた虎の気配が消えて見えなくなる。


 それに合わせて、お父様の背後に見えていた龍の気配も消えて見えなくなった。

 これでルートヴィヒ殿下が完全に諦めたと言うわけじゃないだろうけど、まずは一山越えたと言うところかしら。


 それは、お母様もダニエラ殿下も感じたらしい。


『それで、その美容の魔道具と言う物は、どんな物なのかしら?』


 政治的な駆け引きはここまでとばかりに、ダニエラ殿下がそう切り出してきた。

 多分、ずっと聞きたくて待っていたんでしょうね。


『開発中の魔道具ですから、詳細のご説明は控えさせて戴きますわ』


 お母様もにこやかに話に加わって、でもさらりと受け流す。


 説明も何も、そんな魔道具はどこにもないんだから説明のしようがないものね。

 それを全く感じさせない、余裕を持って構えているお母様はすごいわ。


『では、その髪と肌の艶の秘訣なら聞かせて戴けるかしら?』

『そちらでしたら。髪はお聞き及びかと思いますが、ドライヤーのおかげです。肌は最近売り出し始めたユニットバスと高級バス給湯器のセットで――』


 などなど、話せる範囲での美容談義が始まる。

 当然、お母様も一方的に情報を開示するだけじゃなくて、セールストークを交えながら、ダニエラ殿下の美容法についても聞き出している。

 こちらの駆け引きもなかなか熱いわ。


『ヴァンブルグ帝国で産出される魔石も、全種類あると聞き及んでいますが』

『帝国には魔石鉱山が多い。種類も量も豊富だ』


 お父様とルートヴィヒ殿下は、先ほどとは打って変わって、落ち着いた雰囲気で、取りあえず魔石の輸出入についての情報の摺り合わせを始めた。

 帝国も、魔道具兵器を使って領土を拡張してきたから、魔石鉱山がある国や地域を重点的に攻め落として支配してきた歴史がある。


 だから、種類も量も豊富。

 おかげで、基本的な価格はオルレアーナ王国より若干お安いみたい。


 ただ、戦略物資だから、当然輸出に関しては厳しく、これまでほとんど前例がないみたい。

 そこの課題をクリアしないと、ゼンボルグ公爵領への輸入は難しそうね。


 普通なら相当な対価が必要になるはず。

 だけど、お母様とダニエラ殿下の二人は美容談義に熱が入ってきたのか、ダニエラ殿下がどうしてもうちのドライヤーと、まだ存在しない新しい美容の魔道具が欲しいみたいで、それが言葉や態度の端々に現れてしまっている。

 多分そうなるよう、お母様が意図してダニエラ殿下の美に対する欲望を刺激した結果でしょうね。


『――もちろん、両国間の特許法の整備が済んだ暁には、ヴァンブルグ帝国皇室へ優先的に輸出を――』


 お父様はそれを受けて、特許法の両国間の取り扱いが決まったら、優先的にヴァンブルグ帝国皇室へ輸出すると言う、口約束と言うか、空手形を切って、それを対価にするみたい。


 まだ存在しない新しい美容の魔道具を、それと悟られず平然と交渉の材料に使えるお父様の胆力ときたらもう、すごいの一言に尽きるわ。

 それだけ私のことも信頼してくれていると言うことよね。


 ……もっとも、帰ったらきつく追求されること間違いなしで、それが怖いけど。


『なあ、おい、お前、おい! ヴァンブルグ帝国語は話せるんだろう!?』


 不意に近くで聞こえた幼く大きな声にビックリして振り向くと、身を乗り出すようにして、ハインリヒ殿下が私に呼びかけていた。


『はい、皇子殿下、少しなら話せますよ』


 お父様とルートヴィヒ殿下の話がすごく気になるんだけど、さすがに皇子殿下を邪険には出来ないし、ハインリヒ殿下に向き直って座り直す。


『なあ、何か話せ』


 いきなり何か話せと言われても……。


『殿下は、お父様と皇太子殿下のお話を聞かなくてもいいのですか?』

『大人の話なんか聞いててもつまらないだろう』


 ハインリヒ殿下が拗ねたような顔で、足をブラブラさせる。


 やっぱり七歳の子供には、大人の政治的な話は難しくて早いのかしらね。

 しかも、二国間協議みたいな、政治的に高度なお話と駆け引きだし。


『私は興味深いと思いますよ。後学のために、しっかり聞かれてみては?』

『女の癖に変わってるな、お前。女が政治の話なんか聞いてどうするんだよ。馬鹿だな、お前』


 その言い草……。


 ヴァンブルグ帝国では男尊女卑……とまではいかなくても、女性の社会的地位はかなり低いみたいだものね。

 もっとも、オルレアーナ王国もそう大差なくて、ヴァンブルグ帝国より少しはマシ、と言うくらいだけど。


 その点、ゼンボルグ公爵領でもそういう傾向は全くないわけじゃないけど、ゼンボルグ王国時代からそこまで女性を下に見る風習はないから、お父様とお母様の娘で本当に良かったと思うわ。


『おい、なんか面白い話をしろ』


 いや、だからそれ、一番困る無茶ぶりよ?


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