145 賢雅会の策略
「おや、どうやらオルレアーナ王国では足並が揃っていないようですな。これは果たしてどちらと話を進めたものか」
一見すると困ったように言うホーエンリング伯爵だけど、多分、これは本当に困っているわけじゃない。
お父様が表情を変えこそしなかったものの、なんとなく苦い感情を隠しているように見えたから。
オルレアーナ王国とヴァンブルグ帝国での特許法についての話し合いをしようと言う流れで、オルレアーナ王国内に不和があると知られてしまったのだから、これは交渉が不利になる、と言うことよね。
「悩む必要など、ないと思うのじゃがなぁ」
「その通りだ。何を悩む必要がある。魔石がなければ魔道具は作れん。今後、ゼンボルグ公爵領から魔道具が輸出されることはないのだからな」
ディジェー子爵がひひひと喉の奥で嫌らしく笑うと、マルゼー侯爵が当然とばかりに断言する。
それってつまり……。
「それはつまり、賢雅会が我がブルーローズ商会へ魔石を売らないのは、故意であると認めると言うことだな」
そう、お父様の言う通りだわ。
「何を勘違いしているかは知らないが、公爵、不用意な発言は控えて貰おう。魔石の生産量を調整した結果、そちらに回す余地がなくなったと言うだけだ」
「需要があるのであれば、生産量を減らす必要などないはずだが? しかも、生産量を減らしたと言う割には、市場価格が上がったなどと言う話は聞いたことがない」
「こちらにも事情と言うものがある。詳しく説明する必要はない」
堂々と、それがどうしたと言わんばかりのマルゼー侯爵は、公爵であるお父様を格下としか思っていないのが一目で分かる態度だ。
魔石の供給を握っている、絶対的な強者だと言う自信があるんだろう。
だから最後にはお父様が折れるしかないと、そう思っているのね。
事実、今のままだとこちらが折れるしかない状況なのが、すごく悔しい。
「しかし、どうしてもと言うのであれば、売ってやらんこともない」
「ただそのためには、こちらも無理をする必要があるのだ。分かるだろう?」
ここで追い討ちをかけるように、エセールーズ侯爵が嫌らしい笑みを浮かべて、やたらと突き出たお腹を揺らして笑う。
その欲にまみれた顔は、醜いと言っていいくらい。
ハッキリ言ってドン引きよ。
「何、簡単なことだ。各種変更機構の特許およびこれまで登録した魔道具の特許を放棄するだけでいい。儂らも身を切って魔石を回してやるのだ。そのくらいの配慮は当然だろう?」
なっ……!?
最初からそのつもりで、
「やれやれ何を言い出すのかと思えば。特許利権を持つお前達が特許を放棄しろとは、冗談でも笑えないな」
お父様は言葉通り、やれやれ話にならない、と言う態度で取り合わない。
だけど、さすがのお父様も無理をしているように見える。
隣に立つお母様も同じように、扇で口元を隠しながら、お話にならないわと言う態度だけど、それとなくお父様を気遣っているもの。
娘の私だから気付くレベルだから、他の人からはそんな風には見えないと思うけど。
でも、賢雅会の貴族達も、内心の焦りを隠しているんだろうと予想はしているでしょうね。
ニヤニヤと嫌らしい笑いを変えないから。
「それなら我が帝国から魔石を買えば済む話ではないかな? せっかく両国の友好を深めるためのパーティーなのだから、オルレアーナ王国貴族との友誼を結ぶことに、躊躇う必要などないですからな」
そこで、まるでタイミングを見計らっていたように、ホーエンリング伯爵が介入してくる。
これでさらに事態がややこしくなったわ。
ゼンボルグ公爵、ではなく、オルレアーナ王国貴族、と言うところが、やっぱり他国の貴族よね。
ゼンボルグ公爵家と賢雅会の貴族達、どちらに付くか、どう漁夫の利を占めるか。
だけど、ここで私達が別ルートで魔石を入手出来る可能性が出たからって、賢雅会の貴族達は焦ったりはしないみたい。
ブレイスト伯爵がホーエンリング伯爵に確認する。
「帝国からの輸入となると、輸送費の問題でかなり割高になるのだろう?」
「それは当然、我らも帝国内の需要を満たすので精一杯ですからな。他国へ輸出する分を捻出するからには、相応の無理が必要です。しかし、やってやれないことはないでしょうからご安心を」
それはまるで確認と言うより、足下を見て価格を吊り上げるようにとの念押しね。
ホーエンリング伯爵も、前半は私達へ向けて魔石が欲しければ、後半は賢雅会の貴族達へ向けてゼンボルグ公爵家に魔石を売って欲しくなければ、相応の対価を払え、と。
ホーエンリング伯爵の立場を考えれば当然よね。
ゼンボルグ公爵家とはまだ何も約束を交わしていないから、私達の味方をする義理はないんだもの。
賢雅会の貴族達が割り込んでこなければ、もしかしたら話が穏便にまとまっていたかも知れないのに!
「しかし、こんなご時世じゃから、道中何が起きるか分からんからのう」
「全ての荷が無事に届くとは限るまい」
「相当に価格を上げなくては、売れば売る程に赤字になるだろうな」
ディジェー子爵とブレイスト伯爵とエセールーズ侯爵の、海賊や臨検を差し向けて絶対に邪魔をしてやる宣言と、さらに深まるニヤニヤ笑い。
もう、許されるならこいつら全員ぶん殴ってやりたいわ!
ただでさえ足下を見られて高値で買わされそうなのに、その損失も込みとなると、恐らく魔石代は三倍以上、もしかしたら四倍以上見込まないといけなくなるかも知れない。
それを念頭に魔道具の価格を付けるとなると、魔石代だけでとんでもなく跳ね上がってしまう。
だって魔道具の製造コストの半分は、魔石が占めているようなものなんだもの。
しかも、特に空調機は四種類の魔石を使っているから、どれだけ高額になってしまうことか。
完全にコピーされてしまえば、たとえ各種変更機構の特許使用料を上乗せしたとしても、賢雅会の貴族達が売る魔道具の方が安くなってしまう。
そんなの、足下を見られて多大なリスクを負ってまで魔石を輸入したところで、売れるはずがないじゃない!
そんなことになれば、ホーエンリング伯爵も、私達がいつまでも帝国から魔石を買い続けられるとは思わないでしょうね。
つまり、たとえこれから魔石を売ってくれたとしても、いつでも私達との関係を切れるように準備を進めておくはずよ。
そして裏では、最初から賢雅会の貴族達と手を組むんだわ。
こんなの、益々状況が不利に……!
お父様もそれが分かっているけど、すぐに打開策を思い付かないみたい。
このままでは
なんとかしないと……!
でも、どうやって!?
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