144 賢雅会との対峙

 声がした方を振り向くと、ゾロゾロと貴族達が近づいてきていた。

 貴族の夫妻が四組、そして、私より少し年上っぽい男の子と女の子が一人ずつだ。

 全員が明らかに私達を見下し、忌々しそうに、また、咎めるように見ている。


「エセールーズ侯爵……それにマルゼー侯爵、ブレイスト伯爵、ディジェー子爵まで。これはまたゾロゾロと、賢雅会の重鎮達がそろい踏みか」


 えっ、この人達があの!?


 権力を振りかざして仕事を奪ったり工房を潰したり、卑劣にも特許を盗んだり、魔道具師や職人達を苛めてくれた上、今度は魔石を売らない攻撃までしてきた、賢雅会の特許利権貴族なのね。


「ゼンボルグ公爵。我らを無視してそのような大事な話を勝手に進めようとは、僭越に過ぎると言うものではないか?」

「儂らを差し置いて、業界の新参者が扱っていい案件ではなかろう」


 二人の侯爵が、不愉快そうにお父様へ距離を詰める。


 ハッキリ言って、貴族本人も、夫人も、子供達も、性格の悪さが目付きと顔付きに出ているみたい。

 特に、マルゼー侯爵と侯爵夫人は一目で腹黒そうだって分かるし、ディジェー子爵と子爵夫人は陰湿で陰険そう。

 もうね、典型的な悪役貴族って感じだわ。


 公爵であるお父様に対して敬意を払う素振りすら見せないんだもの、きっと自分達の権力と財力に自尊心が肥大化して調子に乗っているのね。

 公爵のお父様が相手だろうと、自分達の方が力があって偉いって。


 魔石の供給を握られている以上、過度の対立は賢い選択とは言えないけど……。


 貴族は舐められたら終わり。

 なんかもう、一言言ってやらないと気が済まないわ。


「お父様、お父様」


 お父様の服の袖を掴んで、軽く引っ張る。


「どうしたんだいマリー」


 立て込んでいるから後にしなさい、みたいな顔をされるけど、構わず言葉を続ける。


「公爵であるお父様と、他国の伯爵であるホーエンリング伯爵が大事な商談をしているところに、お父様から声をかけたわけでもないのに、爵位が下の侯爵、伯爵、子爵が勝手に話に割り込んでくるのは、マナー違反なのではないですか? マナーの授業でそう習いましたけど、違うのですか?」


 私はこてんと首を傾げた。


 一瞬、場が静まり返る。


「ふふっ。そうね、その通りよマリー。よく学んでいて偉いわ」


 お母様が小さく吹き出すと、私の頭を撫でてくれる。

 この間、私もお母様も、賢雅会の貴族達の方には顔を向けていない。


 でも、気配だけで分かる。

 怒りと羞恥で真っ赤になったり、気まずそうに黙り込んだり、憎々しげに歯ぎしりしたりしているって。


 大人達はメンツが大事だから、子供相手にマナー違反を指摘されて、それをムキになって否定したり言い返したりは出来ないでしょうね。

 さすがにそれは大人げないもの。


 でも、子供達は違ったみたい。


「おいお前、オレ達を誰だと思ってるんだ!? お前生意気だぞ!」

「そうよ、生意気よ!」


 あまりの威勢の良さに、思わず唖然としてしまったわ。


 だって、私は仮にも公爵令嬢よ?

 さすがに前世がしがない庶民だったから、調子に乗って爵位や立場を鼻にかけたり偉そうにしたりするつもりはないけど。


 だけど、それでもね?

 生まれながらの貴族でありながら、あなた達が自身の立場や礼儀を無視してのその態度は、あまりにもあまりじゃないかしら?


 そして、頭上から聞こえてきたバサリと開かれた扇の音と冷たい声音に、ゾクリと背筋が寒くなる。


「あら……公爵家であるうちの娘に対して、たかが伯爵家の息子と子爵家の娘が『お前』呼ばわり? しかも、正しくマナーを実践したことを『生意気』ですって? これは、どういうことなのかしら。ねえ?」


 子供達はお母様の迫力の前にビビって硬直してしまって、夫人達は言い返せずにお母様を憎々しげに睨んでいる。

 子供の無礼を謝りもしないなんて程度が知れるわ。

 まさに、この親にしてこの子あり、ね。


 そしてそれだけ、ゼンボルグ公爵家を舐めていると言う証拠でしょうね。


 それにしても、お母様、強い。

 いくら爵位が上とはいえ、一対四なのに、一歩も引かないどころか、その気品、美貌、威圧感、全てで圧倒しているわ。


 でも、それも当然でしょうね。

 最近のお母様は、私にならってよくお風呂に入るようになったから、髪の毛はさらさらで、ドライヤーのおかげで艶が出ていて、お肌もツヤツヤなのよ。

 ただでさえ美人なのに、さらに美貌に磨きが掛かっているんだから。


 おかげでお母様は自信を深めているみたい。

 それが仕草一つにも現れていて、より上品さと優雅さを感じさせるようになったの。


 お父様もお母様もことさら気にも留めていないけど、ヴァンブルグ帝国の貴族達の中には、お母様に目を奪われたり、頬を染めたりしている人達が大勢いたのよ。

 もちろん、それと同じくらい、ご夫人方がお父様を目で追っていたけどね。

 もうね、自慢の両親よ。


 ともかく、数を頼みに迫ってきていた賢雅会の特許利権貴族達の先制攻撃にカウンターを決めて、まずはこちらの圧勝、と言ったところかしら。


 その空気をどうにかしたいのか、細身のインテリ風の、だけど腹黒そうなマルゼー侯爵が、やれやれと言わんばかりに小さく首を横に振った。


「子供の言うことに、いちいち目くじらを立てるとは」


 まるでこっちが大人げないみたいな言い草ね。

 自分達がマナー違反をして、子供達が無礼な口を利いたことを、それでなかったことに出来るわけないでしょう。


「まったくだ。それよりもっと大事な話があるだろう」


 武人然としたブレイスト伯爵が、自分の子供がこれ以上余計な事を言う前にとばかりに、男の子を手で制して後ろに下がらせて、一歩前へ出てくる。


「ホーエンリング伯爵、そういう大事な話は儂ら賢雅会を通して貰わねば困るな」


 さらに、ぶくぶくに太っている方の侯爵、エセールーズ侯爵が、ホーエンリング伯爵に話を振って強引に話を先に進めようとする。


 数で押して有耶無耶にしようなんて、本当に程度が知れるわ。


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