143 ヴァンブルグ帝国の特許利権貴族 2

 その視線に一瞬反応してしまいそうになるけど、こらえてその意味を考える。


 これは、単に私の名前が付いていたから?

 それとも私が考案したと言う情報が漏れて掴まれているから?


 分からないけど、こういうときは余計なことは口にしない、態度にも出さない、そして相手に情報を与えないように振る舞う、のよね。


 教えられた貴族としての対応を思い出して、ニコニコと笑顔を浮かべるだけでいると、そんな私の肩にお父様が手を置く。


「バロー卿が開発に手を貸してくれたおかげで、魔道具の歴史を塗り替えると言っても過言ではない、画期的な機構を生み出せたと思っている。せっかくだから、愛しい娘の名を冠することにしたわけだ」

「さすがバロー卿。その高名はヴァンブルグ帝国にも届いていますよ」

「ほほう、その名を知っていたか。バロー卿が聞けばきっと喜ぶだろう」

「是非一度お会いして、直接ご教授願いたいものですな」

「はっはっは、バロー卿がそれを望むのならだが。伝えるだけは伝えておこう」


 すごい、お父様。

 事実しか言っていないのに、まるでゼンボルグ公爵家うちが開発費を出して、オーバン先生にマリエットローズ式変更機構を開発させた。そして開発費を出した以上、特許取得の権利はゼンボルグ公爵家うちにあるから、娘の私の名前を付けてみた。と言っているように聞こるわ。


 しかも、ホーエンリング伯爵がそれを疑っていないのは、端からオーバン先生が開発したと思い込んでいるからみたいね。

 ホーエンリング伯爵がオーバン先生に会って話を聞きたいと言うのは、もしかしたら引き抜きを考えているんじゃないかしら。


 でもお父様はそれをさせるつもりはなくて、牽制しているのね。


「ただ、このままではバロー卿も大変なのではありませんか? なんでも、魔石が手に入らないとか」

「ほう? 伯爵は随分と耳が早いようだ」


 本当に、よく調べているのね。

 ホーエンリング伯爵の目的はどこにあるのかしら。


「よろしければ、我がホーエンリング伯爵領から、いくらかしても構いませんが。主に水属性と風属性を産出していますので、お役に立てるのでは?」


 当然、善意ではないわよね。


「それはありがたい申し出だ。魔石を出来るとあれば、商会の者達も喜ぶだろう」

「そんな水臭い。こうして同じ魔道具産業を支え盛り立てている方と知り合えたのです。せっかくの機会ですから、技術交流など出来ればと。我が領の魔道具開発現場の視察と指導のため、バロー卿を是非一度したいものです」

「バロー卿も開発スケージュールが詰まっていて、長期に渡って現場を離れるわけにはいかなくてね。技術交流がお望みなら、しよう。なに、私から言い出したことだ、


 たったこれだけの会話の中で、色々と駆け引きが行われている、のよね?


 ホーエンリング伯爵はただで魔石をあげるから、代わりにオーバン先生を領地に招待したい。


 これまで学んだ貴族のやり口から考えると多分、そのままオーバン先生を軟禁でもして、『バロー卿が帰りたくない、このままホーエンリング伯爵領で魔道具開発をしたいと言っている』とかなんとか言って、帰してくれないパターンよね?


 そこでお父様が、対等な交易で輸入するからそんな対価には応じられない、と。


 むしろ逆に旅費は出すからそれを対価に、そちらの魔道具師をゼンボルグ公爵領に来させろと言って、逆に同じことを仕掛けているのよね?


 お父様もホーエンリング伯爵も、本気で自分の主張が通るとは思っていないみたいで、笑顔が絶えない。


 私も口を挟みたいけど、ぐっと我慢する。


 魔石は欲しい。

 今後のリスクヘッジに、輸入先は増やしたい。


 でもそのためにオーバン先生を取られちゃうなんて、そんなの断固拒否よ。


「では、魔石のの代わりに、ブルーローズ商会が扱うマリエットローズ式の魔道具をさせて戴くのではいかがでしょう?」


 もしかして、それが本当の狙い?

 だから最初に敢えて呑めない条件を出して、ここで妥協を引き出そうと?


 ヴァンブルグ帝国への魔道具の輸出は、正直まだ先のことにしたいけど……。

 魔石の輸入が出来るようになるなら、計画を前倒しにする価値はあるかも?


 ホーエンリング伯爵は具体的には口にしなかったけど、伯爵夫人の瞳がギラリと光ったから、話題のドライヤーが欲しいんじゃないかしら。

 それを独占的に扱えれば、ホーエンリング伯爵家はかなりの儲けを出せるわよね。

 多分、魔石の輸出なんて、対価としては安い方なんじゃないかしら。


 ホーエンリング伯爵と伯爵夫人に気付かれないように、チラッと視線だけでお父様の横顔を見る。

 だけどお父様は、私の視線に気付いているはずなのに、敢えてそれを無視してホーエンリング伯爵だけに目を向けている。


「それは悪くない話だ」


 うんうん。


「しかし、両国の特許法の違いの問題がある」


 あ……そうだった!

 このままだと、マリエットローズ式の変更機構を丸パクリされる!

 特許使用料が銅貨一枚も入らない!


「まずは予備会議を。それから実務者協議を行わなくてはな」


 さすがお父様!

 危なかった……もし私が交渉していたら、結果的に大損していたかも。


 輸出入の取り決めの前に、特許法の摺り合わせをしないと。


 両国の法の違いから時間が掛かるだろうけど、それはいずれ必要なことだから、今からスタートさせておくのは悪いことではないわよね。

 むしろこれを機に、両国間で、そして出来ればさらに多くの国を巻き込んで、国際的な特許の枠組を決めて、それを批准ひじゅんする国家間でのみ、魔道具の交易を行う仕組みを作るべきじゃないかしら。


 お父様もホーエンリング伯爵も、それが念頭にあってのここまでの会話だったのね、きっと。

 もっとも、もし話の途中で隙を見せれば、むしり取れるだけむしり取るつもりでもあったんでしょうけど。


「それが良いでしょうな。では、まずは予備会議へ向けて――」


 お父様のその返答をすんなりと受け入れたホーエンリング伯爵が、前向きな返答をしかけたところで……。


「儂らを抜きにして、勝手に話を進められては困るな」


 唐突に、不機嫌そうな声の横槍が入った。


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