142 ヴァンブルグ帝国の特許利権貴族 1

「お初にお目にかかる、ゼンボルグ公爵閣下、公爵夫人、公爵令嬢。私はホーエンリング伯爵ブルクハルト・フォン・ツィックラーと言う」


 やや芝居がかった口調でそう挨拶してきたのは、ガッシリした体格の人が多いヴァンブルグ帝国貴族の中ではほっそりとした印象を受ける、三十代半ばくらいの文官風の貴族だった。

 口調が芝居がかっていると言うだけで、偉そうだったり高圧的だったりはしない。


 その隣には、ホーエンリング伯爵よりやや若く三十代になるかならないかくらいの、いかにもプライドが高そうな澄まし顔の伯爵夫人も一緒だった。


『ジクセンハーゲン侯爵が娘、ホーエンリング伯爵が妻、イルムヒルデ・フォン・ツィックラーですわ』


 伯爵夫人はオルレアーナ王国語じゃなくてヴァンブルグ帝国語で挨拶してくる。

 ただし、ちょっと、高慢で鼻につく感じの気取った態度と言い回しで。


 口ぶりからすると、ジクセンハーゲン侯爵家と言うのはヴァンブルグ帝国では名家で権力があるのかも知れない。

 だからそれを鼻にかけているのかも。


 でもね、こちらは公爵家よ?

 いくら名門侯爵家出身とはいえ、ただの伯爵夫人なのに、なんで公爵家の私達より上から目線でくるわけ?


 もしかして、オルレアーナ王国がヴァンブルグ帝国より西側にある唯一の国、つまりオルレアーナ王国そのものが地図の西の端っこにある辺境の国。

 さらにゼンボルグ公爵領が、その中でも世界の西の果てで、貧乏で田舎だって、そんな戯れ言をまるっと信じて、自分達の方が上だとか思っていない?


『これはこれは、ご機嫌麗しく。ゼンボルグ公爵リシャール・ジエンドです』

『ご機嫌よう。ゼンボルグ公爵が妻、マリアンローズ・ジエンドです』


 完璧な発音の流暢なヴァンブルグ帝国語で、お父様とお母様が挨拶を返す。

 それも、まるでゼンボルグ王国国王と王妃のような気品と立ち居振る舞いで。


『っ……』


 その品位に気圧されたように、伯爵夫人が息を呑んだ。


 お父様とお母様も、きっと私と同じように感じてカチンときたに違いない。

 貴族は舐められたら終わりだものね。


 だから私も精一杯なけなしの気品を漂わせて、優雅に、おしとやかに、本物の王女様になったつもりで、練習じゃない、初めて実践するヴァンブルグ帝国の礼法に沿ったカーテシーとヴァンブルグ帝国語で挨拶を返す。


『初めまして伯爵、伯爵夫人。ゼンボルグ公爵家令嬢、マリエットローズ・ジエンドです。以後お見知りおきを』

『な……!?』


 発音はまだ少々心許こころもとなかったかも知れない。

 礼法もつたないところが残っているかも知れない。


 でもまさか七歳の私にまで、ここまでしっかりとしたヴァンブルグ帝国式の礼法とヴァンブルグ帝国語で挨拶を返されるとは思っていなかったのか、伯爵夫人は言葉を返せないでいる。


 ふふ、勝った!


『これは驚いた。公爵閣下と公爵夫人はもちろん、お嬢様までこれほど流暢にヴァンブルグ帝国語をお話になられるとは。我が帝国のマナーも完璧です』

『ありがとうございます伯爵。お勉強を頑張った成果が出て良かったです』


 子供らしく謙遜せずに、褒められて嬉しいって満面の笑みに。

 その私の笑みに釣られるように、ホーエンリング伯爵も笑顔になった。


「何しろ、うちのマリーは天才だからね」

「ええ、天才の上に、日々の努力は欠かしませんのよ」


 お父様とお母様が、敢えてオルレアーナ王国語で返したことで会話の主導権を握り、怒濤の娘自慢を始めたことで、そこからはオルレアーナ王国語での会話になった。


 ホーエンリング伯爵は、わずかに咎めるように伯爵夫人に鋭い視線を向けた後は、伯爵夫人にはほとんど話を振らない。


 どうやら、伯爵夫人はオルレアーナ王国語があまり堪能ではないみたいね。

 話を振られても、『ええ』とか『いいえ』くらいの相槌レベルでしか会話に参加しないから、特に問題なく会話が進んで行く。


 お父様とお母様も、敢えてヴァンブルグ帝国語を使ってまで伯爵夫人に話を振るつもりはないらしい。


 多分だけど、伯爵夫人は最初にマウントを取りたかったのでしょうね。

 それでその後の会話はヴァンブルグ帝国語でして、自分達が主導権を握る。

 そうして、慣れないヴァンブルグ帝国語の会話でこちらのミスを誘い、失言を引き出し、言質を取り、ホーエンリング伯爵家とジクセンハーゲン侯爵家のために、最大の利益を引き出そうとしたのかも知れない。


 ホーエンリング伯爵が伯爵夫人の態度をろくに咎めなかったのも、それが打ち合せ通りだったからじゃないかしら。

 確証はないけど、大きく外れてはいない気がするわ。


 でも、そんなやり取りは貴族にとって日常茶飯事だからなのか、お父様もお母様もきっちりやり返しはしても、特に気にした様子もなく、何事もなかったかのように笑顔で和やかに話が進んで行く。

 社交界が、魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする、権謀術数の場と言うのは、あながち間違いではなさそう。

 今の私には、まだまだハードルが高い世界だわ。


 でも、いつか渡り合えるようにならないといけないのよね、公爵令嬢として。

 正直気が重いし荷も重いけど……そうならないと『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』の完遂は難しい気がする。


 うん、お父様、お母様、エルヴェ、そしてゼンボルグ公爵領のみんなの笑顔と明るい未来のために、私も頑張らないと!


 ホーエンリング伯爵達との話題は、怒濤の娘自慢が終わった後は、普通にオルレアーナ王国とヴァンブルグ帝国の近年の政治的な状況や、お互いの領地の特産品の紹介や売り込みの、いかにもな貴族同士の会話だった。


 その手の話題が一通り済んで、そろそろ次の話題を何にするか考えないといけなくなってきたところで、いよいよ本題とばかりにホーエンリング伯爵が切り出してきた。


「実は私どもの領地でも魔石の産出と魔道具の生産、開発が盛んでしてな。帝国内で供給されるその多くを、私どもの領から輸出しておりまして。そこで近頃その名を聞くようになった、ゼンボルグ公爵領製のマリエットローズ式なる魔道具の数々の噂に、大変興味を惹かれていたのですよ」


 ホーエンリング伯爵が『マリエットローズ式なる』と口にしたとき、チラリと私に視線を向けてきた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る