141 ヴァンブルグ帝国の皇族達

 やがてほとんどの参加者が集まり、時間が来たらしい。

 司会役の大使館職員から、皇太子殿下、皇太子妃殿下、皇子殿下の入場が告げられた。


 誰もが話を中断して、扉に注目する。

 そして遂に、大きな扉が開かれて、ヴァンブルグ帝国の皇族が姿を現した。


 私も注目して、よく観察する。


 皇太子殿下はとにかく大きかった。


 ルートヴィヒ・フォン・ヴァンブルグ皇太子殿下。

 二十七歳のお父様と同年代の二十九歳。


 短く切り揃えた白銀に輝く髪と深緑の瞳が雄々しさを感じさせる。

 お父様がすらりとしたイケメンなら、皇太子殿下はさらに背が高くてガッシリとした体付きの無骨な顔つきのイケメンと言う感じ。


 現皇帝陛下のルートヴィヒ二世はまだまだお元気らしいから、皇太子殿下が帝位を継ぐのはもうしばらく先の話になりそうだけど、帝位を継げばルートヴィヒ三世として、軍事大国ヴァンブルグ帝国の頂点に立つことになる。

 その自負と言えばいいのか、気概と言えばいいのか。

 ただ歩いているだけで権力者としての圧を感じさせた。


 他のオルレアーナ王国貴族や子供達の中には、皇太子殿下が纏う空気に気圧されてしまい、身を固くして緊張している人達が大勢いる。


 でもね、私は平気。

 確かに圧は感じるけど、気圧されたりはしない。


 それは何故か。


 元日本人で、この手の身分制度や権力者に縁がなくて重きを置いていないから?

 それとも、単に私が鈍いから?


 いえいえ、そうじゃないわ。


 だって、お父様も負けていないから。


 皇太子殿下は今、多分、オルレアーナ王国貴族達を威圧するようにその気配を振りまいていると思う。

 対して、お父様はことさらそんな真似はしていない。


 でもね、お父様は世が世ならゼンボルグ王国の国王陛下だったのよ?

 だから感じるの。

 その芯にある、元王族として、なるはずだった国王としての、自負や気概を。


 私がこれまでお父様を見て感じたことがあるゼンボルグ公爵としての姿や在り方が、今こうして皇太子殿下を目にして見比べられたことで、ようやくその本質の一端を理解出来たと言えばいいのかしら。

 有り体に言えば、王者としての風格、それを感じていたわけね。


 だから、ね、すごく誇らしくて胸が熱くなる。

 お父様だって負けていない。

 それが分かって嬉しかったから。


 その皇太子殿下の隣を歩くのが、皇太子妃のダニエラ殿下。

 皇太子殿下の一つ下で二十八歳。


 長いプラチナブロンドをアップでまとめていて、深青の瞳が綺麗で吸い込まれそう。

 凛とした淑女で、気が強そうな顔つきで視線も鋭い。

 しかも、三児の母とは思えないほどウエストが細くて、スタイル抜群の美女だ。


 ちなみに子供は、十歳の皇女殿下、七歳の皇子殿下、三歳の皇子殿下ね。


 ダニエラ殿下もやっぱり、皇太子妃としての権力者の空気を纏っていて、しかもちょっと近寄りがたい雰囲気をかもし出している。


 でもね、お母様だって負けていないわ。

 近寄りがたい雰囲気じゃなくてね?


 お父様の妻、つまり世が世なら王妃殿下だったと言う、お父様と同様の自負や気概を感じるの。

 これもやっぱり、ダニエラ殿下を目にして見比べられたおかげね。


 だからこそ、私も背筋が伸びる。


 ただの平凡な庶民だった私には荷が重いと思わないでもないけど、それでも私はもうマリエットローズ・ジエンドなの。

 そのための教育だって受けてきた。


 それに、悪役と言う部分を除けば、マリエットローズ公爵令嬢としての在り方、目指すべき指針がすでに私の中にある。

 そう、ゲームの中で見た、気高い公爵令嬢の姿。


 だから私も、世が世なら王女殿下だった公爵令嬢として、そして二人の娘として、誇り高く生きないとね。


 だってそんな私と対比されるのが、皇子のハインリヒ殿下だから。


 私と同い年の七歳のハインリヒ殿下は、ルートヴィヒ殿下譲りの白銀に輝く髪と、ダニエラ殿下譲りの深青の瞳をしている。

 七歳の子供にしては少々背が高くガッシリした体付きに見えるから、それがヴァンブルグ帝国人の、そして皇族の血なのかも知れないわね。


 ルートヴィヒ殿下とダニエラ殿下の後ろを歩いていて、一見すると堂々としていながらどこか尊大に胸を張っている。

 有り体に言えば、ガキ大将っぽく威張っている感じ。

 ただし、真っ直ぐ前を向いて歩かずに、落ち着きなくキョロキョロしながら。


 前を歩くルートヴィヒ殿下とダニエラ殿下が威風堂々としているから、余計に落ち着きのなさが悪目立ちしているわ。

 普通の七歳児だったならこんなものかも知れないけど……皇子殿下として考えると、第一印象としてはちょっぴり残念な感じね。

 元々そのつもりはないけど、もしこの子と結婚しなさいと言われたら、ちょっとご遠慮したいわ。


 そうしてパーティー会場の上座に位置する、入り口の扉から最も遠い中央へとやってきたルートヴィヒ殿下、ダニエラ殿下、ハインリヒ殿下。


『皆、よく集まってくれた。今日は両国の友好と絆を確認すべく――』


 ルートヴィヒ殿下のヴァンブルグ帝国語での、要約すれば両国の友情と輝かしい未来を祝してとの、ちょっと長めのご挨拶の後、大使のミュンヘルン侯爵の乾杯の音頭で、パーティーが本格的に始まった。


 早速、オルレアーナ王国側の大使や中央の貴族達が皇族へのご挨拶へと向かう。

 公爵家と言えども、ゼンボルグ公爵家は中央から軽んじられているから、挨拶へ向かう順番はもうちょっと後ね。

 それはちょっとだけ面白くないけど、それまではお父様とお母様と一緒にまだ挨拶をしていない貴族達に挨拶をしないといけないから、退屈なんて言っている暇はないわ。


 ほら、早速ヴァンブルグ帝国貴族が近づいてきた。

 私もニコニコ笑顔で、しっかりとご挨拶しなくちゃね。


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