146 賢雅会への反撃
魔石の件に関して、私はここまで全然役に立っていない。
私の商会の、私が作っている魔道具の魔石のことなんだから、誰よりもまず私がなんとかしないといけないのに!
「どうやらお話の続きは、賢雅会の方々とした方が良さそうですな」
ああ、ホーエンリング伯爵が……!
賢雅会の貴族達が、勝負あったと勝ち誇って……!
なんとしてもこの流れを止めないといけないのに……!
何か……何か……!
「では――」
……そうだ!
「お父様、お父様」
間一髪、ホーエンリング伯爵の言葉を遮って、大きな声で呼びかけながらお父様の袖を引く。
「どうしたんだいマリー?」
こんな状況で私が何を言い出すのか困惑したような、でも、もしかしたらと期待するような、そんな顔で私に視線を向ける。
その期待に、なんとしても応えてみせるわ!
「魔石が手に入らなくなると、魔道具が作れなくなってしまうのですよね?」
「え? あ、ああ。もちろんだよ」
それを十分に理解しているはずの私が今更なんでそんなことを言い出すのかと、お父様は益々困惑したような顔になる。
だけど、私が魔道具を作っていることは秘密だから、私がわざと何も知らない振りをしてそう聞いていることをすぐに察したのか、話を合わせてくれた。
お父様、ありがとう!
これで少なくとも私の話が終わるまでは、ホーエンリング伯爵が賢雅会に付くのを阻止できたわ!
「じゃあ、あの新しい魔道具も作れなくなってしまうのですか?」
「あの新しい魔道具?」
お父様が疑問に思うのも無理はない。
そんな話、したことないもの。
だって、今思い付いたんだから。
「はい、ドライヤーに続く、美容にいい魔道具です」
ざわっ!!
と、大きなざわめきが周囲から起きた。
なんとか出来る手段は何かないか、ヒントがないか思わず周りを見回したとき、周囲の貴族達がこちらの様子を伺っているのに気付いたの。
そりゃあそうでしょう、ヴァンブルグ帝国の大使館主催のパーティーで、オルレアーナ王国貴族同士が何やら揉めているんだから。
だから、そんな
「美容にいい魔道具ですって……!?」
賢雅会のエセールーズ侯爵夫人が目を見開く。
お母様も、賢雅会の貴族の夫人達も、オルレアーナ王国語が得意ではないのに美容と言う単語だけは見事に聞き分けたのかホーエンリング伯爵夫人も、そして聞き耳を立てていたらしい周囲のご夫人達も含めて、この場の女性全員が思わずと言った風に私に注目する。
「マリー、それは――!」
「あっ、開発中の魔道具ですから、秘密でしたね」
お母様が具体的に何かを聞いてくる前に、お母様に止められた風を装って言葉を遮ると、思わず機密を漏らしてしまったみたいな演技で慌てて口を塞ぐ。
お願いお母様も話を合わせて!
そう目で訴えると、なんとか通じてくれたみたい。
本当に大丈夫なの、そう目で訴えかけてくるけど、続きの言葉を飲み込んでくれた。
「その魔道具の話、詳しく聞かせて戴けるかしら?」
「そうね、是非聞きたいわ」
『ここまで話した以上、聞かせて戴けるのでしょう?』
賢雅会のご夫人達と、どうやらホーエンリング伯爵の通訳で状況を理解したらしいホーエンリング伯爵夫人が、怖い目で迫ってくる。
「ごめんなさいお父様、お母様、私がつい口を滑らせてしまったから……」
反省して、しゅんと
もちろん、演技だけど。
「……仕方ない。一度口にしてしまった以上、ここで隠し立てするのは逆効果だろう」
そう、誤魔化しはしたけど、お父様も説明して欲しいみたい。
そうよね、打ち合せは何もしていないんだから。
「はい、お父様」
わざと、叱られた子供みたいな顔で、賢雅会のご夫人達とホーエンリング伯爵夫人の方に向き直り、それから分かりやすくチラッとお母様を振り返ってから、またご夫人達に視線を戻す。
「お顔を磨いて、艶々のお肌にする魔道具なんです」
その瞬間、周囲のご夫人達も含めて全員が、一斉にお母様の顔へ食い入るような視線を向けた。
さすがお母様、一瞬狼狽えそうになるも、私の意図を察して堂々とした態度と余裕の笑みを浮かべる。
でも、目だけは私に向けていて、その魔道具について後でちゃんと説明しなさいって、ちょっとだけ怖い。
うん、後で説明するから、今は話を合わせて。
ともかく、お母様はお風呂に入る回数が増えたから、お肌が磨かれている。
当然、今日のパーティーに合わせて前日に磨き抜かれているけど、普段のその積み重ねのおかげで、以前より艶々だ。
きっとそれが、その開発中の魔道具のおかげ、みんなそう思ったに違いないわ。
そう思うように私が仕向けたんだから間違いなしよ。
そうして周囲のご夫人達を十分に巻き込んだところで、悲しそうな顔を作る。
「でも、賢雅会の人達が魔石を売ってくれないと、その魔道具を作って売るのは無理ですよね」
途端に、周囲のご夫人達とホーエンリング伯爵夫人の咎める視線が、賢雅会の貴族とそのご夫人達に集まった。
「あ、でもお母様、うちは大丈夫ですね」
お母様の側へ行って、手を繋いで微笑む。
「残った魔石で、きっとゼンボルグ公爵領のみんなに売るくらいは作れますよね。それ以上は、ましてやヴァンブルグ帝国に売る分までは作れないですけど」
無邪気な私の微笑みと台詞に、お父様とお母様は私が話の流れをどうしたいのか、完全に理解してくれたみたい。
「そうだな。精々、我が領のご夫人方に行き渡らせるくらいしか製造出来ないだろう」
「でも、仕方ないわよね。どこかの貴族の商会が魔石を売ってくれないのだから。余所に回す余裕なんてとてもとても」
お父様とお母様の大仰に仕方ないと言わんばかりの台詞に、賢雅会の貴族とそのご夫人達へ向けられる周囲の視線が一層厳しくなる。
これにはさすがの賢雅会の貴族達も、ご夫人達も、狼狽えたり気まずそうだったり、私へ憎らしげな視線を向けてきたりした。
男の子も女の子も、周囲からの圧力にすっかり萎縮してしまって、親の陰に隠れてしまっている。
これで形勢は、かなり私達の方へ傾いたわよね?
でもまだ魔石の確保が出来たわけじゃない。
もう一手、何かしら手を打って、賢雅会が魔石を私達に売らざるを得なくなるようにしないと。
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