138 第一王子レオナードの到着

 そんな調子で顔繋ぎや挨拶回りをしていると、不意に入り口の方が騒がしくなる。

 何事かと思って振り返れば、一際立派で上等な正装をした私と同い年くらいの男の子と、同じく初老に差し掛かった貴族夫妻が入場してくるところだった。


 前を歩く男の子は、綺麗に背筋を伸ばしている。

 しかもただ歩いているだけなのにすごく気品を感じさせた。


 輝くような金髪と透き通るような海色の瞳がすごく綺麗で、顔はまだ幼いけど、年頃になれば眩しいくらいのイケメンになりそうだ。

 そのくらい容姿が整っていて、そして、とても利発そうな眼差しをしている。


 これは騒がれて当然ね。

 周囲の人達、特に女の子達や若いご夫人達がみんな注目しているわ。

 どこの誰か知らないけど、これだけ綺麗で可愛いと、普段から女の子達に言い寄られていそう。


「……あれ?」


 ふと、既視感が。


 あの男の子、どこかで見たことがあるような……?


 ………………あっ!!


「マリー、あちらを見てご覧。あのお方が、オルレアーナ王国の第一王子、レオナード・ラ・ド・オルレアーナ殿下だ」


 やっぱり!


 見覚えがあって当然よね。

 メインの攻略対象の王太子レオナード、その人なんだから。


 うわぁ……以外で初めてメインの登場人物に出会ったわ。


 さすが乙女ゲームの攻略対象だけあって、子供の頃からとんでもなく美形ね。

 王子様で、学院の成績トップの文武両道で、一人の女性ヒロインを一途に愛して何を置いても守ってくれる優しさと誠実さまで持ち合わせているだなんて、まさに製作サイドに愛されていると言っても過言ではないわ。


 でも、こんな可愛い男の子が将来、私を憎々しげに睨んできたり、笑顔で遠回しに侮蔑や嫌味を言ってきたり、果ては拳銃を向けて殺しにかかってきたりするのよね。


 ……そう考えると、ちょっと切ないわ。


「ふふ、さすがマリーね」


 不意にお母様が楽しげに笑みをこぼす。


「でも、やっぱりマリーはマリーね」


 と思ったら、一転して、ちょっと困ったような笑顔になった。


「お母様?」

「いえ、もしかしたら、他の子達のように殿下を見て一目惚れをしてしまうこともあるかも知れないと思っていたのだけど、特別心を奪われたようには見えないから」


 ああ、そういう。


「綺麗な子だなとは思います」


 取りあえず、無難なコメントで。


 確かに、画面越しで見るよりも、もっと生き生きとして綺麗だわ。

 気品も感じられるし、どんな素敵な青年に育つのだろうと思うと、将来がすごく楽しみになる。


 でも、それだけね。


 だってヒロインのノエルプレイヤー視点で見慣れているし、攻略したこともあるんだもの。

 その分だけ、冷静に観察できると言えばいいのかしら。


 もちろん、乙女心やミーハー心が騒がないわけじゃないわ、『本物の生レオナードだ!』って。

 もしプレイ中や直後に転生していたら、その時の気持ちのまま心惹かれていたかも知れない。


 だけど、最後にプレイして数年以上過ぎてからの転生よ?

 それに、いくらメインの攻略対象で可愛くて綺麗でも、さすがにまだ七歳の男の子に一目惚れは、ねえ?


「頼もしいわね」


 お母様がそう満足げに微笑む。


 いや、だからって、私から積極的に落としにかかったりはしませんからね?


 対して、お父様はお母様の隣で、なんとも言いようのない複雑そうな顔をしている。

 安心したような、不安なような?


 男親って、どうしてこうなのかしらね。

 前世の父も、どこかこういうところがあったわ。


 それはさておき。


「後ろの方達は?」

「前国王夫妻だ。早くに現国王陛下に譲り、今は男爵位で隠居されている」


 つまり、レオナード殿下のお爺さん、お婆さん、と言うわけね。

 道理で、規定は男爵位に則っているのに、生地の質がやたらと良くて装飾が多い服装だと思ったわ。


 詳しく聞けば、前国王陛下は病気で体調を崩してしまったらしい。

 そして、不可侵条約を結んではいたものの、前国王が病気になったことを切っ掛けにヴァンブルグ帝国の動向が怪しくなり、老いてなお精力的な皇帝陛下と野心的な皇太子殿下に対抗するため、現国王陛下に譲位して後事こうじを託したそうよ。


 そんな背景があったなんて知らなかったわ。


「お姿がありませんが、国王陛下と王妃殿下は参加されないのですか?」

「外遊で訪れたのが皇太子殿下と皇子殿下だから、年齢はともかく、立場のバランスを取って、陛下と王妃殿下は参加されず、将来の王太子殿下と見込まれている第一王子殿下だけの参加だ」

「だけど、第一王子殿下もまだ幼いから、前国王夫妻がその補佐役として参加されているのよ。これなら、ヴァンブルグ帝国への面目も立つわ」


 そういうことなのね。

 やっぱり政治って面倒臭いわ。


 私達がそうして話している間に、レオナード殿下と前国王夫妻はミュンヘルン侯爵に挨拶を済ませて、両国の貴族達から挨拶を受けている。


 そんな貴族達が連れている女の子達は、レオナード殿下を意識して積極的に話しかけたり、逆に照れてしまって一言も話せなかったりしていて、ちょっと可愛いわ。


「……ん?」


 にこやかに女の子と話をしていたレオナード殿下が、ふとこちらに目を向けて……目が合った。


 え? なんでそんな、ぱあっと嬉しそうな笑顔になっているの!?


「む……第一王子殿下がマリーを見ているな」

「あらあら、もしかしてマリーに一目惚れかしら?」

「ま、まさかそんなこと……!」


 ないわよね!?


 レオナード殿下があんな態度を取る理由がさっぱり分からなくて狼狽えていると、レオナード殿下がまた別の貴族に話しかけられて、視線が私から外れる。

 ちょっとほっとした。


「せっかく殿下がマリーに気付いて関心を持たれたようだから、わたし達もご挨拶に行きましょう」

「ああ、そうだな」

「マリー、しっかりね」


 お母様の激励するようなウィンクに、生唾を飲み込む。


「は、はい」


 幼気いたいけな男の子を手玉に取って、将来のためにキープしようなんて、まさに悪女の所業よね。

 さすがにそこまでするのはどうかと思うから……まずは仲良くするくらいで。

 それ以上のことは、改めて将来考えればいいわ。


 それにしても、さっきのレオナード殿下のリアクションは、一体どういう意味なのかしら……。


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