137 大使にご挨拶
「ふわぁ~……!」
思わず、そんな感嘆の声が出てしまった。
会場入りしてまず思ったのが、すごく華やか。
とにかく、その一言に尽きる。
中世や近代のヨーロッパを舞台にした映画で、晩餐会や舞踏会のシーンがあるけど、まさにそんな感じ。
しかも乙女ゲームの世界だからなのか、飾り付けも内装も綺麗で、大きく豪華なシャンデリアとか、真っ白いテーブルクロスがかけられたテーブルとか、その上の銀の燭台とか、どれもがキラキラと輝いて見える。
そんな会場内には、華やかに、かつ、派手に着飾った貴族、ご夫人が何十人も、それぞれグループを作って談笑していた。
その中には、私くらいの年頃の子供もたくさんいて、親にくっついて離れなかったり、顔見知りなのか子供同士で話をしていたり、私が子供だからと浮くようなことはないみたい。
これにはちょっと安心したわ。
もっと言えば、ワインは薄めて水代わりに飲むから給仕の人達がワイングラスを配っているけど、昼間から酔っ払っているような人はいなくて、落ち着いて上品な社交界と言う雰囲気があった。
そう思うと、まるで自分がそういう映画の登場人物になったみたいな、社交界を体験できるアミューズメントパークのアトラクションに入場したみたいな、そんな気分になってきて、にわかにテンションが上がってくる。
そんな私の様子に気付いたらしいお父様が、少し可笑しそうに微笑んだ。
「マリー、大丈夫そうかい?」
「はい、お父様」
「せっかくのパーティーなんですもの、楽しみましょう」
「はい、お母様」
うん、ここはアトラクションの会場。
参加者は私と同じお客さんで、給仕の人達やホストの大使や皇族はアトラクションのキャスト。
そう思えば、学んだマナー通りに礼儀正しく振る舞ってさえいれば、きっとそう問題は起きないはずよ。
「では、行こうか」
「はい、お父様」
お父様とお母様に付いて行き、まず招待状の差出人になるヴァンブルグ帝国大使館の大使、ミュンヘルン侯爵に挨拶する。
「大使、ご無沙汰している」
「おお、これはこれはゼンボルグ公爵、ようこそおいで下さいました」
ミュンヘルン侯爵はすでに白髪の、初老のお爺さんだった。
さすがオルレアーナ王国に駐在しているだけあって、流暢にオルレアーナ王国語で挨拶をしてくれる。
実はヴァンブルグ帝国語で挨拶しないといけないに違いないと内心身構えていたから、拍子抜けしてしまったのは秘密ね。
「公爵夫人も、相変わらずお美しい」
「ありがとうございます大使。大使もご壮健そうで何よりですわ」
おおう、本当に上流階級の会話だわ。
どうやらお父様もお母様もミュンヘルン侯爵とは知己らしい。
残念ながら侯爵夫人は、ミュンヘルン侯爵に代わってあちこちで挨拶を受けているところだそうよ。
果たしてどんな上品な老婦人だったのか、ご挨拶したかったのに残念ね。
でも、いかにも貴族らしく上品にこういう会話をするお父様とお母様は滅多に見たことがないし、ましてや社交界での振る舞いは初めて見るから、とても新鮮だわ。
二人とも、とっても素敵よ。
「それで、こちらがお噂のお嬢様ですかな」
噂?
「ええ、娘のマリーですわ」
大人の貴族の会話を眺めて楽しんでいたから、お母様に視線で促されて、はっと我に返る。
「初めてお目にかかります大使。ゼンボルグ公爵家令嬢、マリエットローズ・ジエンドです」
ミュンヘルン侯爵に、しっかりと気合いを入れてカーテシーをする。
うん、普段の練習通り、上手に出来たわ。
「おお、これはこれは、ご丁寧なご挨拶痛み入ります。在オルレアーナ大使、ミュンヘルン侯爵コンラート・フォン・アーリンゲと申します」
ミュンヘルン侯爵は好々爺と言う感じで、目を細めてにこやかに挨拶を返してくれた。
私が子供でも、ちゃんと礼節を以て接してくれる。
いい人そうね。
「お嬢様とは初めてお会いしましたが、本当にお噂通りですな。大変利発そうでいらっしゃる。立ち居振る舞いもまだ子供とは思えぬ程にしっかりなさっておいでで、しかも天使のように愛らしい。公爵と夫人が自慢にされておられるのも納得です」
噂って、もしかしてそういうこと?
「そうだろう大使。マリーは天才で、私達自慢の天使だからな。その愛らしさはどれほど言葉を重ねようとも言い表すことが出来ない。口惜しいことだ」
「ええ。ですから、ようやくこうしてマリーをお披露目できて、とても嬉しいわ。百聞は一見にしかずとは、まさにこのことですもの」
もう、お父様、お母様ったら!
二人とも嬉々として、饒舌に語り出すだなんて!
本当に外で私の自慢話をしていたなんて、親バカ全開で恥ずかしいじゃない!
ほら、ミュンヘルン侯爵が生温かい目をしているけど、ちょっと気圧されて困っているわ。
それからミュンヘルン侯爵とはお互いの近況について話をしたり、ヴァンブルグ帝国の魔道具の開発や魔石の流通状況などの探りを入れたり、私がヴァンブルグ帝国語やマナーを学んでいると親バカ全開の話をしたりする。
ただ、あまり長く話して私達が独占してしまうと、私達の後から来た他の貴族達の挨拶を受けられないから、そこは良識に従ってある程度で切り上げて、ミュンヘルン侯爵とは別れることに。
その後は、同様にヴァンブルグ帝国側の他の大使達や貴族達、そして招待されたオルレアーナ王国側の大使達や貴族達に挨拶をして回る。
お父様とお母様が大人の会話をしている間、私もできるだけ積極的に子供達に話しかけて、大人達を邪魔しないようにしながら子供同士で交流を持った。
ただ、お父様とお母様ったら、毎回同じ調子で親バカを披露して、恥ずかしいったらなかったわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます