136 大使館のパーティーへ
翌日から、お父様とお母様は大忙しだった。
登城して王都入りしたことを報告して、第二王子のシャルル殿下誕生のお祝いの言葉と品を納めて。
予定通りの夜会やお茶会に参加して、さらにそれとは別に緊急で知り合いの貴族やご夫人を訪ねて、取引がある商会に使いを出して情報を集めて。
エドモンさんも、あちこち知り合いの業者や商会を奔走してくれた。
だけど、どれも結果は芳しくなかった。
賢雅会の特許利権貴族達もあちこちに手を回していたみたいで、数日過ぎても魔石調達の目処は立っていない。
それなのに、私は何も出来ないままだった。
だって王都に知り合いなんて一人もいないし、魔石購入の当てもないんだもの。
私に出来るのは、お父様とお母様の邪魔をしないように、お屋敷で大人しくしていることだけ。
私は王都観光に行っていいよと言われたけど、とてもそんな気分になれなかったわ。
お父様とお母様に心配をかけて負担になりたくないから、無理に出かけたけどね。
その時お母様が、一緒に行くって約束したのに一緒に行けなくてごめんねって。
お母様が謝ることじゃないのに。
私が暗い顔をしているから、エマにもアラベルにも、屋敷の使用人達にも心配をかけてしまったわ。
そうして、事態になんの進展もないまま、遂にパーティー当日の朝がやってきた。
「ふぅ……ともかく、一旦気持ちを切り替えないと」
敢えて言葉にして、自分の頬をパンパンと叩く。
暗い顔をしたままパーティーに出席するわけにはいかないもの。
それに、賢雅会の特許利権貴族にそんな顔を見られたら、相手を喜ばせるだけだわ。
頭にくるから、それだけは絶対に嫌。
だったら余計にしっかりしないと。
「こうなったら、多少リスクが大きくても、ヴァンブルグ帝国から輸入する方向で考えないと駄目よね。きっとお父様もそう考えていて、パーティーではそういう話が出るはず。その時、少しでも有利な条件で取引できるよう、公爵令嬢として堂々としていないと」
私に出来ることがあるとすれば、愛想良くして、その話でお父様とお母様を援護することだわ。
「うん、自分から有利な条件を勝ち取りに行くくらいのつもりでいこう!」
拳を握って、気合を入れる。
そこでドアがノックされて、エマが寝室に入ってきた。
「お嬢様、おはようございます。あら、今朝は随分とお早いのですね」
「うん、おはようエマ。あのね、今日は頑張ろうと思うの。だからバッチリ準備をお願い」
「そういうことでしたら、お任せ下さい」
私が勢いよくベッドから降りると、エマがほっとしたように笑顔を見せてくれる。
それから私の気合いに応えるようにエマも気合いを入れて、普段以上に真剣な顔で入念に準備を手伝ってくれた。
お風呂に入って磨いた後、長い髪をまとめてリボンで結び、上から下へとグラデーションを描く
子供らしさを演出するような小粒だけど、宝石をあしらった可愛らしいペンダントやイヤリングまで付けているんだから、本当にお姫様みたい。
バッチリ決まって戦闘準備完了よ。
「うん、さすがエマね!」
「お嬢様の王都デビューですからね。お嬢様の可愛らしさに誰もが釘付けで、注目の的になること間違いなしです」
エマも手応え十分とばかりに、やりきったいい笑顔だ。
準備を整えてリビングへ向かうと、すでに準備を終えていたお母様が笑顔で迎えてくれた。
「まあ、とても素敵よマリー♪」
「えへへ、ありがとうございます♪」
しかも今日はお母様とはお揃いのコーデで、それも嬉しくてテンションが上がっちゃうわ。
「マリー、どうかしら、緊張していない?」
「それは……ちょっとだけ。でも大丈夫です」
初めてのパーティーがこんな重要な商談の場になるとは思わなかったから、やっぱり多少は緊張するわ。
「マリーなら、これまでのお勉強の成果を出せば大丈夫よ。それは、オルレアーナ王国のでも、ゼンボルグ王国のでも、そしてヴァンブルグ帝国のでもね。あなたくらいの年で、あなた程各国のマナーをしっかり身に着けて、各国の言葉を話せる子は他にいないわ」
小さい頃から勉強してきたのは、まさにこういう時のためだもの。
今生かさずして、いつ生かすと言うのよね。
「それに周囲も、まだ社交界デビュー前の子供のマナーには、よほどでない限り大目に見てくれるから大丈夫」
「はい」
そうよね、まだ七歳だもの。
少し気が楽になったわ。
でも、年齢に甘えたりしないわよ。
お父様とお母様に恥を掻かせないよう、立派にこなさないと。
「そこで、マリーには一つの使命を与えます」
「使命ですか?」
「ええ。魔石のことはわたしとリシャールに任せて、あなたは子供達との交流を深めなさい。まだ子供のあなたが全てを背負う必要はないのよ」
さすがお母様。
バレバレだったみたい。
「それより大事なのは、皇子殿下、そして第一王子殿下の人柄や能力を見極めて、
……今、副音声でなんだかすごいことを言われた気がするわ。
お母様は、にっこりと、だけどどこか凄みを感じさせる笑顔になる。
「パーティーの準備に合わせて、それについてもしっかりレクチャーをしたけど、覚えているわよね?」
「は、はい」
「なら、わたしの娘ですもの、実践出来るわよね?」
「ぅ……は、はい」
出来ないとは言えない圧が……。
私の返事に、お母様が満足げに頷く。
「マリーの将来に関わることなのだから、今はそちらをしっかりね」
言われてみれば、魔石のことですっかり忘れていたけど、ヴァンブルグ帝国には皇子殿下と私をお見合いさせて、ゼンボルグ公爵家と縁故を結んで取り込むと言う目的があったのよね。
お父様のお話だと、他にも候補の女の子達が参加しているそうだから、私に正式な打診や申し込みがあったわけではないそうだけど。
だから、まだ確定ではないにせよ、下手に言質を与えないように気を付けながら、こちらからも探りを入れたり、見極めたりしないといけないのよね。
貴族のご令嬢って、みんなこんな小さな頃からこんなことをしているのかしら。
本当に大変すぎよ。
「でもね、マリー、ここまで言っておいて矛盾するようだけど、もし気に入らなければ無理に相手をする必要はないわ」
「そうなんですか?」
「だってわたし達の娘なんですもの。引く手あまたに決まっているでしょう? 黙っていても、向こうから殺到してくること間違いなしよ。だから
いい女は男に媚びては駄目。
そう言わんばかりの、自信たっぷりのお言葉と笑顔だ。
確かに、ゼンボルグ公爵領が豊かになって世界の中心になれば、こちらから売り込まなくても山のように縁談が申し込まれるようになると思う。
そもそも、七歳で相手を決めようと言うのが早すぎるのよ。
焦ってここで結論を出す必要は全然ないわ。
うん、そう考えたら、かなり気が楽になってきた。
「ありがとうございます、ママ」
「ふふ、どういたしまして。緊張、ほぐれたみたいね」
「はい!」
それから全ての身支度を終えて、お屋敷を出発する。
馬車に揺られ、在オルレアーナヴァンブルグ帝国大使館へ。
在オルレアーナヴァンブルグ帝国大使館は、貴族街の一画にあって、ゼンボルグ公爵家のお屋敷とは区画の反対側になる。
他にも、国交があるいくつもの国の大使館が近くにあるらしくて、巡回している兵士の姿がお屋敷の側より多く見られたし、各大使館の前には門番の騎士が立っていた。
窓からそんな景色を眺めながら馬車に揺られることしばし。
やってきた在オルレアーナヴァンブルグ帝国大使館は、さすが軍事大国の大使館だけあって、他の国の大使館より敷地が広くて門も建物も大きく立派だった。
その立派な門をくぐって、正面玄関に横付けされた馬車から降りた後は、お父様、お父様にエスコートされるお母様、そして私と並んで大使館の建物へ入る。
そこからは案内役の職員に先導されて、会場となる広間まで案内された。
「ゼンボルグ公爵閣下、公爵夫人、公爵令嬢の皆様、ご到着です」
扉の前に立っていた職員が張りのある大きな声で告げると、扉が開かれる。
さあ、いよいよパーティーね。
また少し緊張がぶり返してきたけど、気楽に楽しませて貰いましょうか。
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