133 賢雅会と王家、それぞれの思惑
◆◆◆
「ゼンボルグ公爵が王都入りしたそうだぞ」
「くっくっく、ようやくか。あやつめ、今ごろ知らせを受けて慌てふためいておるじゃろうなぁ」
再び、王都にある特許利権貴族御用達の高級レストランへと集まり、賢雅会の貴族達は一足早い勝利の美酒に酔いしれていた。
「あの
「これでゼンボルグ公爵家の魔道具産業も終わりだ」
ブレイスト伯爵の知らせを皮切りに、ディジェー子爵、エセールーズ侯爵、マルゼー侯爵と、賢雅会の重鎮達がグラスを傾け、他の貴族達もまた口々にゼンボルグ公爵家の失策を祝うように、乾杯を繰り返す。
「どうせじゃ、これまで押さえ付けていた貴族どもにも、あやつの魔道具の予約を解禁してみるか?」
「ははは、それはいい! すぐに魔石の在庫は底をつき、突き上げを喰らうことになるだろう。ブルーローズ商会とゼンボルグ公爵家の信用はガタ落ちだ」
特許庁で罠に
「それを回避するためには、儂らに魔石を売ってくれと頭を下げるしかない」
「その通りだ。安全、安価に、そして十分な量の魔石を手に入れるには、我々から買うしかないのだからな」
マルゼー侯爵はグラスを掲げ、ワインをくゆらせ、その色と香りを楽しむ。
「当然、ただ頭を下げただけでまた売ってやる程、我々は間抜けではないがな」
「そこで、マリエットローズ式の各種変更機構に関する特許を全て、放棄させるわけじゃな」
「そうだ。それで我々がその特許を取得出来るわけではないが、自由に使えるようになるのだ。これで特許使用料を支払わずに済む」
「そこで俺達がブルーローズ商会の魔道具と同等以上の魔道具を市場に投入する。信頼を失った奴らと俺達、どちらの魔道具が売れるかは、考えるまでもないと言うわけだ」
ブレイスト伯爵は頷きながら、自らの勝利を確信していた。
久しぶりの美味い酒とつまみのチーズに舌鼓を打つ。
「これで儂を裏切った馬鹿な魔道具師と職人どもは、己の選択の愚かさを思い知るだろう。たかが
最初に騙し、裏切り、潰してきたのはエセールーズ侯爵なのだが、そんなことをいちいち覚えていては、貴族としてやっていけなかった。
だから、魔道具師と職人達がエセールーズ侯爵領の領民でありながら、領主たるエセールーズ侯爵に逆らい裏切った、それがエセールーズ侯爵の中での事実である。
「もちろん、それだけで終わらせるつもりではないよな?」
「当然だ。たかが世界の果ての貧乏人の田舎者風情が、我々に逆らったのだ。その報いを受けさせねば賢雅会の権威に傷が付く。今回の件を足がかりに、奪えるだけ奪い取る。金だろうが利権だろうが領地だろうがな」
マルゼー侯爵の愉悦の声に、誰もが当然と頷き、悪い笑みを、そして下卑た笑みを漏らしていた。
◆◆◆
「このような時期に、あの
執務室にて、宰相のボドワンから報告を受けて、国王ジョセフは他に誰もいないことから苦々しい感情を表情に出す。
「ヴァンブルグ帝国が、わざわざ西の果ての僻地のゼンボルグ公爵家に招待状を出す。その真の意味を理解していないとしか思えませんな」
「
国王の立場故に、馬鹿正直に口には出来なかったが、続きの言葉は口にしなくともボドワンも理解出来た。
ヴァンブルグ帝国程の国が、極西の田舎者どもを本気で相手にするわけがない、と。
それどころか、ヴァンブルグ帝国が自分達と同じように考えていると思い違いをして、田舎者を呼びつけて笑い物にしてやろうと思っている、くらいにしか考えていないのではないか、と。
「自分達の物より優れた魔道具の開発と販売で財力と発言力を付けつつあるこの事態を、目を逸らし認めたくないのかも知れんが……国内だけで事が収まるならそれでいい。しかし、まかり間違って両者が手を結べば、かなり厳しいことになる」
先にゼンボルグ公爵家に反旗を翻させ攻め入らせることで、同盟を結んだゼンボルグ公爵家を救うためと、不可侵条約を一方的に破棄する口実に使うだろう。
最悪、東西から攻め入られて、敗北しかねない。
「それだけは避けねばならん」
「七十年近くかけて徐々に力を削いできましたが、そのツケでしょうか」
「馬鹿を言え。軍門に降ったとはいえ、元王家だ。同じ国に二つの王家が並び立つなどあり得ん」
「しかし、ただでさえ魔道具産業への参入でわずかながらも力を取り戻しつつある今、ヴァンブルグ帝国の支援を受ければ、一気に力を取り戻す可能性があります。迂闊な対処は出来ないかと」
「その通りだ。それが全く見えていないのだ、あの馬鹿者どもは」
「長らく国内の魔石と特許利権に浸かり、視野が狭くなっているのでしょうな」
ジョセフは背もたれに身体を預けると、大きく溜息を吐く。
「どこかで釘を刺すしかあるまい。同時に、ヴァンブルグ帝国には好きにはさせん。ゼンボルグ公爵家がどうなろうと構わんが、それだけは絶対に阻止しなくてはな」
「御意」
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