132 王都のお屋敷

 馬車はやがて立派な屋敷が建ち並ぶ区画、貴族街へと入っていく。

 貴族街の町並も、やっぱり領都ゼンバールと大きな違いはない感じ。


「さあ、着いたよマリー」


 そんな貴族街の端の方に、ゼンボルグ公爵領の貴族の屋敷が集まっている一画があって、その中でも一際立派な屋敷がゼンボルグ公爵家のお屋敷だった。


 公爵家の屋敷なのに、貴族街の端の方と言うのが、ね。

 その扱いについてのあれこれは、一旦脇に置いておくとして。


 その屋敷は、私の仕事部屋にしている離れのお屋敷より一回り以上大きかった。

 そこはさすがに公爵家ね。

 道中通り過ぎた古参の貴族達のお屋敷と比べても、大きくて立派で良かったわ。


 しかも護衛の誰かが馬で走って先に到着を知らせていたのか、屋敷を管理している使用人達が玄関前でずらりと整列して出迎えてくれていた。


 馬車を降りてお父様とお母様の隣に並ぶと、深々とお辞儀をしてくれる。


「お帰りなさいませ、旦那様、奥様、お嬢様」


 初めて来たお屋敷なのに、お帰りなさいって、ちょっと変な気分。

 だけど、みんなが歓迎してくれているのが伝わってきて、ちょっと嬉しくなる。


「初めまして、マリエットローズです。今日からお世話になりますね」


 歓迎のお礼ににっこり微笑むと、みんなほっこりと笑顔を見せてくれた。

 うん、いい人達ばかりみたい。


「マリー、旅の疲れもあるだろうから、一日、二日、屋敷でゆっくりして疲れを取って、王都を観光したいならそれからにするといい」

「はい、パパ」


 そうね、それがいいわ。

 途中の町や村で宿を取っていたとはいえ、一カ月も馬車に揺られてお尻も痛いし正直クタクタよ。


「ではお嬢様、どうぞこちらへ。お部屋に案内させて戴きます」


 二十歳過ぎくらいのメイドさんが、私をこの屋敷の私の部屋へと案内してくれる。

 私に続いて、エマとアラベルも一緒だ。

 さらにその後ろには、男の使用人が私の旅の荷物を運んでくれている。


 こういうお嬢様扱いもさすがに慣れてきたけど、やっぱりまだ、自分の荷物は自分で運ばないと申し訳なくて落ち着かないのよね。

 だからって自分で荷物を持とうとすると、エマもアラベルもみんな大慌てで私から荷物を取り上げて、他の使用人達からも自分の仕事を取らないでって目で訴えられるからしないけど。

 本当に、お嬢様って色々と気を遣って大変だわ。


 ちなみに、お父様とお母様は何度も王都を訪れてこの屋敷を使っているから慣れたもの。

 誰かに案内されなくても自分の部屋の場所は知っていて、荷物持ちの使用人に荷物を運び込ませている。


「お嬢様、こちらのお部屋になります」

「うん、案内ありがとう」


 ドアの前で一礼するメイドさんにお礼を言って部屋へ入る。


「わぁ、ここが私のお部屋になるのね」


 母屋のお屋敷の私の部屋と比べると、広さは若干狭い。

 だけどそれは、ここが王都の中で土地に限りがあるから。


 それでも、南向きのいい部屋を選んでくれたみたい。

 日が差し込んできて、部屋の中がとても明るいわ。


 調度の数々も、同じくらい上等な品ばかりで、私好みに仕上げてあった。

 こういうささやかなところでも、お父様とお母様に愛されているって感じて、嬉しくなる。


 しかも、ベッド脇のナイトテーブルの上には、そんなお願いをした覚えがないのに、母屋のお屋敷の部屋で使っているのと同じデザインで色違いの、マリエットローズ式ランプが置いてあった。

 同じく、空調機と冷蔵庫も完備してあってビックリよ。

 本当に憎い演出ね。


 案内してくれたメイドさんが、私の機嫌を伺うように聞いてくる。


「いかがですか、お嬢様?」

「とってもいいお部屋で気に入ったわ。ありがとう」

「お気に召したようで何よりです」


 安心したように、そして嬉しそうに微笑むメイドさん。

 きっと私のために部屋を整えてくれたのね。


「荷ほどきの手伝いもお願い出来る?」

「はい、お任せ下さい」


 私がお仕事を振ると、喜んでお手伝いしてくれた。


 初対面だからって遠慮すると、私のお世話係なのに仕事がなくて手持ち無沙汰になってしまうし、信頼されていないのだろうかと不安にさせてしまうらしいわ、エマの事前の説明によると。

 王都に滞在中はずっとお世話を頼むわけだし、初めて接するお嬢様である私がどんな人柄なのか早めに知って貰うためにも、仕事を頼んで接する機会を増やすのは大事なことなんですって。

 本当に、お嬢様ってこういう所が気を遣って面倒で大変よね。


「ありがとう、助かったわ」

「はい。ご用がございましたら、いつでもお呼びください」


 エマやアラベル、メイドさんと手分けして、服をクローゼットに仕舞ったり、小物を戸棚に仕舞ったりと荷ほどきが終わって、メイドさんが退室した後、ソファーに腰を下ろして背もたれに身体を預けた。


「ふぅ……」


 ようやくこれで一段落ね。


「お茶を淹れてきましょうか?」

「うん、ありがとうエマ。その後はエマもゆっくり休んで」

「はい、ありがとうございます」

「アラベルもありがとう。お屋敷には警備の人もいるし、まずはゆっくり休んで。店舗予定地の視察や王都観光に出る時は、またお願いね」

「はっ。それでは失礼します。お嬢様もゆっくりお休みください」


 領内の視察とは違うし、こんな長旅は初めてで旅の間ずっと気を張っていたみたいだから、今日はゆっくり休んで欲しいわ。


 アラベルが下がって、エマがお茶を淹れて来てくれるのをまったりと待つ。

 お父様とお母様は何かと予定が入っていて忙しいみたいだけど、私には時間がある。

 どこから見て回ろうかしらね。


 そんな風に、視察と王都観光についてのんびり予定を考えていると……。


「お嬢様」


 何故かエマが手ぶらのまま、急ぎ足で部屋に戻ってきた。


「どうしたの? 何かあった?」

「はい。ブルーローズ商会のエドモン様がお見えになりました。旦那様がお呼びです」

「エドモンさんが? 分かったわ」


 エドモンさんも王都に来ていたのね。

 何やら緊迫した雰囲気を感じて、エマに案内されて応接室へと向かう。


 応接室にはすでにお父様とお母様がいて、向かいにはエドモンさんが座っていた。


「お嬢様、王都へ到着した早々、お休みのところをお呼びだてして申し訳ありません」


 固い表情で立ち上がったエドモンさんから一通りの挨拶を受けて、お父様を挟んでお母様とは反対側に座る。


「それで、何かあったんですか?」

「はい、実は――」


 説明を受けて、思わず腰を浮かしそうになってしまう。


「魔石が買えない!?」

「はい、その通りです。賢雅会の貴族達が、ブルーローズ商会への魔石販売を停止しました」

「どうやら、我々に魔道具を作らせないつもりのようだな」

「強攻策に出てきたのね」


 お父様とお母様が難しい顔をする。


 ただでさえ予約がいっぱいの上、推進器も完成してこれからさらにたくさん必要になると言うこのタイミングで!


「やってくれたわね……賢雅会!」


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