129 賢雅会の特許利権貴族達の反撃

「無駄だ」


 ところが、あろうことか苦々しくそれを遮ったのは、エセールーズ侯爵だった。

 真っ先に嬉々としてそのような真似をしそうなエセールーズ侯爵がである。


 当然、ブレイスト伯爵とディジェー子爵、それ以外の貴族達からも、疑問や不審の目を向けられる。


 そんな視線が集まる中、エセールーズ侯爵はギリリと拳を握り締めた。


「そのような進言、とっくの昔に儂がした」


 その時のことを、屈辱に顔を歪めながら思い出す。



「陛下、これは由々しき事態ですぞ!」


 謁見の間にて、エセールーズ侯爵は身振り手振りを交えて盛大に嘆き、立腹しながら、国王ジョセフ・ラ・ド・オルレアーナへと訴えかけた。


「あの田舎者の貧乏人ゼンボルグ公爵めは、我がエセールーズ侯爵家でバロー卿が開発を進めていた技術で特許権を侵害し、財をなし、力を付けておるのです! これを放置すれば、必ずや将来の禍根となるでしょう! 聡明にして慈悲深く公明正大な陛下であれば、ゼンボルグ公爵家に対しいかにすべきか、正しき判断を下されるものと信じております!」


 しかしジョセフから返ってきたのは、それに賛同しエセールーズ侯爵が起こす訴訟を黙認する言葉ではなく、どこまでも冷ややかな視線だった。

 ジョセフの言葉を代弁するように、控えていた宰相であるランスース伯爵家三男、ボドワン・ラ・ド・バンズビュールが静かに告げる。


「貴殿の言う通り、エセールーズ侯爵家で開発されていた技術なのであれば、何故真っ先に登録しなかった? 特にあの変更機構は非常にシンプルで模倣もしやすい。あれほどに画期的な技術であれば、莫大な富を生み出すだろう。貴殿であれば、即座に登録するものと思うが?」

「当然、儂もすぐさま登録することを考えたとも。しかし、世に出せばその影響は計り知れん。適切なタイミングを計っておったのだ」


 当然、エセールーズ侯爵はそのような反論など予想済みで、淀みなく、白々しい言い訳を口にした。

 ボドワンも当然、その白々しい言い訳を予想していて、さらなる追求をする。


「仮にそれが事実としても、ゼンボルグ公爵家が各種変更機構とそれを組み込んだランプを特許登録し販売してから、貴殿の同様のランプが特許登録され販売されるまでに、何カ月もの間が空いたようだが? 何故、今になってそれを訴える? すぐさま特許を登録し販売することで、自らの正当性を主張すべきだっただろう」

「儂とて、出来ればそうしたかったが、万が一かの変更機構が我がエセールーズ侯爵家で開発していたものと異なっていた場合、逆に儂が特許権を侵害したことになってしまう。だから万全を期すため、まずは現物を入手して確認を行ったのだ。しかしかの田舎者の貧乏人ゼンボルグ公爵めは、儂に訴えられるのを恐れてか、姑息にも儂に売らぬよう手を回しておってな。それで時間が掛かってしまったに過ぎん」


 ボドワンが、貴様がそんな殊勝な玉かと冷めた視線を向けるが、エセールーズ侯爵は生来の面の皮の厚さで小揺るぎもしない。


 どう聞いたところで、無理筋の言いがかりである。

 しかし、これまでの魔石利権に加え、賢雅会の中核メンバーとして特許利権でも財を成してきたエセールーズ侯爵家の力はあなどれない。

 莫大な金貨を積み上げ、その無理筋を押し通せるだけの力があった。


「もうよい」


 白けたように、ジョセフは二人のやり取りを切り上げさせる。


 あらゆる反論を想定し、どれほどの言い訳を用意してきたか、容易に想像が付いた。

 だから、これ以上の問答は時間の無駄でしかない。

 そう判断を下した。


「特許登録は早い者勝ち。そう特許法に組み込み、これまでそう振る舞ってきたのはそなた達賢雅会だったな」

「陛下、しかし特許法を制定したのは――」

「特許法の制定に尽力したのはそなた達だが、それはそなた達が特許法を無視して良い特権を得たことにはならん。そなた達も当然従うべきだ」

「ですが――」

「ゼンボルグ公爵曰く、『特許は賢雅会の貴族達が独占していいものでも、されるべきものでもない。あまねく魔道具師、職人達に取得と保護の権利が与えられてしかるべきものである』だそうだぞ?」


 法とはそのようなものであるべきと余も思う。

 ジョセフのその言外の言葉に、エセールーズ侯爵は怒りに真っ赤になりながら歯ぎしりする。


「おのれ田舎者の貧乏人の分際で……!」



 その後、どれだけ言葉を重ねようと、ジョセフから黙認の言質を引き出すことは出来なかった。

 それが、田舎者の貧乏人ゼンボルグ公爵が関与した王妃シャルロットの懐妊と、数々の魔道具の献上への見返りとしての便宜であることは、言うまでもなく察することが出来た。


 だからこそ、先手を打たれてしてやられた屈辱が倍増するのである。


「ここで訴えれば、陛下の顔を潰し不興を買うことになるだろう」


 多少であれば、そんなものは無視できる。

 それだけの力を蓄えてきた自負もある。


 しかし、事が王妃シャルロットの懐妊に絡んでいる以上、ジョセフの目こぼしや黙認は期待出来なかった。

 他の者達も、すぐにそれを理解する。


「おのれゼンボルグ公爵め、姑息な真似を……!」

「田舎者の分際で忌々しい!」


 ブレイスト伯爵は愚痴をこぼしながらも思案し、次の策を打ち出す。


「ゼンボルグ公爵領の魔道具師と職人達は、俺達の領地から引き抜いていった者達だと調べは付いている。誘拐でもなんでもいい、理由を付けこちらに引き渡させてはどうか」


 そうすれば、生産力を失い、魔道具の販売は困難になるだろう。


 しかしマルゼー侯爵は静かに首を横に振る。


「無駄だな。バロー卿をこちらに付けなくては、根本的な解決にはならない」

「今更バロー卿がこちらに付くだろうか?」

「無理じゃろうな」


 そんなことはとっくにやったと、ディジェー子爵がバロー卿へ悪態を吐く。


「あの田舎者に厳重に囲われて接触は容易ではない上、なんとか接触を果たしたものの、月々の報酬を三倍、特許の買い取り価格を五倍、研究費を十倍、あの田舎者より出すと言っても、『金の問題ではない』と首を縦に振らなんだ。あの頑固ジジイめは」


 その悪態に、いくつもの重い溜息が漏れ聞こえる。

 どれもが、『だろうな』と納得と諦め混じりのものだった。


 その後も、他の貴族達から様々に意見や案が出るが、どれも決め手に欠け、根本的な問題を解決出来なかった。


 意見が出尽くしたところで、マルゼー侯爵が溜息を吐く。

 そして、表情を改めた。


「仕方ない。諸刃の剣となるため、これだけはしたくなかったが――」


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