128 震撼する賢雅会の特許利権貴族達

◆◆◆



「おのれ田舎者の貧乏人ゼンボルグ公爵め!」


 エセールーズ侯爵が拳をドゴンとテーブルへと叩き付ける。

 空になったグラスが跳ね上がり倒れ、食器がぶつかり硬質な音を立てた。


 王都にある特許利権貴族御用達の高級レストラン。

 その三階にある広く大きな個室には、賢雅会の特許利権貴族達が集まっていた。


 常なら、己の持つ利権の強大さを前面に押し出して、新たに生み出した魔道具や、平民の職人達から奪い取った特許による儲けの大きさなどを、美酒と美食を味わいながら語らい、また陰謀を巡らせていただろう。

 しかし今は誰もが沈痛な面持ちで、かつてない程に空気が重かった。


 この場に集まるのは、魔道具産業の最先端を行く貴族達ばかりだ。

 何しろ、賢雅会への入会は、とても厳しい審査基準がある。


 入会を許されるには、まず会員の推薦が必要であり、その上で、家柄や財産、権力は元より、魔道具開発において目新しい、また画期的な発明をし、特許を取得できることが最低条件なのだ。

 つまり、生半なまなかな貴族では入会すら許されないのである。


 そのため、賢雅会の貴族達は誰もが、自身は選ばれし優れた者であるとの自負を持っていた。


 もし、万が一でも賢雅会に相応しくない無能だと見なされれば、待ち受けているのは慈悲も容赦もない除名だ。

 その厳しさこそが、賢雅会の名声をより高め、長く品位と権威と影響力を保ち続ける重要な要因の一つとなってきた。


 賢雅会はまさに、オルレアーナ王国における魔道具産業を牽引してきた、最高の頭脳集団のである。


 そう……それはもはや、過去の栄光となりつつあった。


 突如魔道具産業へと参入してきた新参者。

 世界の西の果てに領地を持つ、貧乏だ田舎者だとさげすまれてきたゼンボルグ公爵家。

 あろうことか、そのゼンボルグ公爵家が売り出す数々の魔道具に、賢雅会の貴族達が総力を上げても太刀打ちすら出来ないでいるのだ。


 それは屈辱などと、一言で言い表せるほど容易いものではなかった。

 だからこそ、その状況を打開すべく、こうして緊急に集まったのだが……。


「簡易バス給湯器、ユニットバスと高級バス給湯器のセット、厨房用の給湯器……また次々と新作を登録したものだ。しかも、属性が異なる二つの魔石と魔法陣を変更機構で繋いで、暴走も暴発もさせずこうも見事に制御するどころか、一度ずつの細やかな水温変化すら実現させるとは……」


 苦り切った顔で、ブレイスト伯爵が呟く。


うたい文句も突飛ながら、目を引くのう。『船小屋から山小屋まで。塔の最上階から地下まで。いつでもどこでもお風呂に入れます』とは。ドライヤーとの相乗効果がまた嫌らしい真似をしてくれるわい」


 一見すると飄々ひょうひょうと言いながら、ディジェー子爵の口ぶりには、敵愾心と苦渋が滲み出ていた。


 ご夫人、ご令嬢達の心を鷲掴みにした、爆発的な販売数を誇るドライヤー。

 そのドライヤーに対抗すべく、安っぽい木製ではなく、貴金属を多用した圧倒的な高級感と芸術性を実現したドライヤーを、マルゼー侯爵とディジェー子爵が絶対の勝利の確信を持って、逸早く市場へと送り込んだ。

 しかし、結果はあまりにも無残だった。


 売り出した当初こそ、マルゼー侯爵とディジェー子爵の圧力もあり、関係貴族が購入していた。


 しかし、重心が悪く、握りにくく取り回しに難があり、送風口の形が適切ではないため効率や燃費も悪く、またその重量のせいで短時間の使用にすら耐えられない。

 芸術的な装飾はともかく、基本的なデザインそのものが悪く、ゴテゴテとして派手なだけ。

 しかも手を滑らせ落とす事故が多発して、危なくて使えたものではない。


 そのような散々な評価で、すぐに誰にも見向きされなくなってしまったのだ。


 そのため、すぐさま後に続こうとしていたエセールーズ侯爵もブレイスト伯爵も、発売直前に急遽販売を中止したくらいである。


「しかもなんなのだあの荷馬車用の冷蔵庫、冷凍庫は! 保存用の大型の魔道具ごと荷馬車で運ぶだと!? 馬鹿なのか!? 馬鹿だろう!? 誰がそんなことを思い付くと言うのだ!」


 またしても、エセールーズ侯爵が拳をドゴンとテーブルへと叩き付ける。


「流通が一変するじゃろうなぁ……」

「うちの商人どもが、領地で導入しないのかと俺に直訴してきやがった。ブルーローズ商会への打診で騒いで、腹立たしいことこの上ない」


 ディジェー子爵の忌々しそうに漏らした言葉に、ブレイスト伯爵も苦虫を噛み潰したような顔で愚痴を漏らす。


 魔道具は貴族にのみ許された贅沢品だ。

 平民が使うなど、過ぎた代物である。

 だからこそ貴族を貴族たらしめ、賢雅会の品位と権威が保たれてきた。


 王家や貴族家のみならず、兵士や役人達の寮や役所などにも導入しているのは、単に利権を手にするためで、金になるからに他ならない。


 身分で論じれば、商人も所詮は平民だ。

 だからこれが、空調機やドライヤーなどの贅沢品を売りつけているとなれば、それは貴族として誇りのない許しがたい行為であり、厳しく追求し糾弾できただろう。


 しかし、商人の流通に関わるとなれば、話が違ってくる。


 わざわざ遠出しなくても、遠方から食材を取り寄せて、屋敷に居ながらにして遠方の名物料理に舌鼓を打てる。

 それは、権力を誇示し、贅を極める、実に貴族としての自尊心を満たす、貴族らしい行為だ。

 しかも経済が活性化して領地が潤い、税収が増えて財をなせるだろう。


 そのために商人を動かす道具を与える。

 それは決して貴族としての矜持を傷つける行為ではない。

 むしろ、非常に貴族らしい振る舞いと言えるだろう。


 つまり荷馬車用の冷蔵庫、冷凍庫とは、商人のための贅沢品ではなく、貴族のための贅沢品なのだ。

 そう納得出来てしまうからこそ、より屈辱なのである。


「バロー卿がこれほどの神算鬼謀の持ち主だったとは、誤算だった」


 それまで目を閉じ沈黙を貫いていたマルゼー侯爵が、重々しく、そして悔いるように漏らす。

 ディジェー子爵もブレイスト伯爵もエセールーズ侯爵も、そして他の貴族達もまた、同じ悔恨に苦い思いをしていた。


 マルゼー侯爵は、かつてバロー卿を招きパトロンに付いたことがあった。

 自身が特許を持つ、拳銃や大砲の新型の開発をさせるためである。


 もし自分だけでそれをなそうとすれば、王家から反逆を疑われるだろう。

 しかし、国立の魔道具研究所で魔道具兵器開発に携わっていたバロー卿を招いてであれば、王国への貢献として、王家に睨まれるどころか恩を売り、軍部に対しても大きな発言力を得られるのは確実。

 さらに、開発した最新の魔道具兵器を優先配備する権利と、配備する他領の軍の選択に口出しできる立場を手にできる。

 これは非常に大きな利権だ。


 だから、バロー卿を取り込もうとしたのである。


 そのために、機嫌を損ねないよう最初こそ好きに開発をさせていた。

 そうしてタイミングを見計らい、それを切り出したのだ。


 しかしその結果、魔道具兵器開発に飽いていたバロー卿とは口論に発展し、バロー卿は即日マルゼー侯爵家を去った。


 マルゼー侯爵も、たかが一代限りの男爵位とはいえ、魔道具開発の権威であり天才と謳われるバロー卿を無理矢理従わせるのは難しいと判断し、自分に従わぬのならばと早々に見切りを付けて、各地で同じ事を繰り返すバロー卿のことは放置していた。

 いずれパトロンになる貴族がいなくなり、在野に埋もれてしまうもよし。

 再び自分に頭を下げてきたら、その時こそ従わせ働かせるもよし。

 所詮は老い先短い老人だ、と。


「それが今、このような形で仇をなしてくるとはな」


 痛恨の失策だった。


 しかしそれは、マリエットローズこそが開発者であると言う事実を、特許申請の書類を見ても欠片も信じずにいる、事実誤認でしかないのだが。


 重苦しい空気を無理にでも吹き飛ばそうと、ブレイスト伯爵が声を上げる。


「こうなっては、形振り構ってもいられまい。いささか強引ではあるが、バロー卿の特許を始め、バロー卿からゼンボルグ公爵家が買い取った特許の全ては、バロー卿が我々に雇われていた時に研究開発を行っていた物として訴訟を起こし、開発、販売の中止と賠償、特許の引き渡しをさせてはどうか」

「陛下も現状を憂いておられるじゃろう。かなり無理筋な理屈じゃが、裁判官どもに鼻薬を嗅がせれば、ワシらの勝ちは間違いないじゃろうな」


 思案しながらのディジェー子爵の言葉に、賛同の声を上げる貴族達が続いた。


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