120 練習船のお披露目

 あれから、ビルジポンプと推進器はすぐに完成させた。


 その後ちょっと大きなトラブルが起きて、大慌てすることもあったけど。


 ともかく、季節は巡り年が明けた冬の終わり、試作の大型船が遂に完成。

 計画のスタートからおよそ二年半と言う、長くもあり短くもある期間で建造してくれた棟梁を始めとした船大工の人達には、感謝の言葉もないわ。


 そうして進水式も内輪だけでコッソリと、だけど大きな歓声が上がるくらい盛大に行われた。

 浸水することもなく無事に海に浮かんだ姿を見た時は、思わず涙ぐんじゃったわよ。


 進水式の後は、船に艤装が施されて、家具、魔道具、武装、羅針儀、備品その他、全て運び込まれて、ゼンボルグ公爵家に引き渡された。

 一応、交易のための商船扱いだから、所属はジエンド商会ね。


 そして、ゼンボルグ公爵領海軍から厳選して引き抜いた信頼出来る人達と、船員育成学校を卒業した人達から厳選した信頼出来る船員とを、最初の船員として雇用。

 それから数カ月に及ぶ操船の訓練期間を経て、遂にお披露目の日がやってきた。



「わあ~!」


 青い空、白い雲、エメラルドグリーンの海。

 そしてそこに浮かぶ、全長四十メートルもの大型の帆船。

 その勇姿に、思わず感嘆の声が上がる。


 どの船よりも長く立派な船首から伸びている棒バウスプリット

 三十メートル近くの高さになる、凛々しくそそり立つ三本ものマスト。

 今はまだ畳まれているけど展開すればさぞ壮観な眺めになるだろう、一枚、二枚などとちゃちな数ではない、三枚ずつ九枚の横帆と、七枚の縦帆。

 ボートのオールのような舵櫂ステアリングボードではなく、船尾中央に備えられた大きな舵。


 現在主流の十数メートルクラスのコグ船から、二十から三十メートルクラスのキャラック船とキャラベル船を経ず一足飛びに、四十から六十メートルクラスのガレオン船に匹敵するサイズの、しかも木材と鉄材を組み合わせた木鉄帆船で、魔道具の推進器のおかげで蒸気機関のような動力を搭載した機帆船に匹敵する、数世紀数世代分も時代を先取りした最新鋭の帆船。

 世界でゼンボルグ公爵領ここだけにしか存在しない、世界初の魔道具搭載型帆船……名付けて魔道帆船だ。


 今は人を寄せ付けない大型ドックの側に新たに作られた浮き桟橋に停泊しているから、一般へのお披露目はまだまだ先の話。

 だけど、その時が来たら、きっと世界中が驚くに違いないわ。

 それだけの船に仕上げたつもりよ。


「エルちゃん見て、お船おっきいね♪」

「んぅ、あぅ♪」


 私達がみんなニコニコご機嫌だからか、お母様に抱かれたエルヴェもニコニコご機嫌みたい。


「これが、マリーが一生懸命考えて作った船なのね……本当に大きいわ。しかもスリムでとっても綺麗。こうしてマリーの努力が形になったところを見られて嬉しいわ。本当に、わたし達自慢の娘よ」

「えへへ♪」


 お母様が喜んでくれて、私も嬉しい。

 お母様とエルヴェと並んで試作改め正式な練習船を眺めていると、お父様が私の頭を軽く撫でてくれる。


「ようやく、ここまできたな」

「はい♪」


 お父様も、とても満足げね。


 ゼンボルグ公爵領は今日、明るい未来へ向けて、大きな一歩を踏み出したんだもの。

 当主として、領主として、きっと様々な思いが去来しているに違いないわ。


「これが、マリエットローズ様が思い描いていたゼンボルグ公爵領の未来なのですな」

「マリエットローズ様を信じて付いてきて本当に良かったわ」

「本当にマリエットローズ様はすごいです」


 それは、シャット伯爵、伯爵夫人、ジョルジュ君も同じだった。


「お嬢様の努力がようやく報われたのですね」

「おめでとうございますお嬢様」


 そして、エマが目尻を指先で拭いながら、アラベルも言葉を震わせながら笑顔で、そう言ってくれる。


「ありがとう、二人とも。二人が側で支えてくれたおかげよ」

「ありがとうございますお嬢様」

「もったいないお言葉です」


 うん、二人とも喜んでくれて嬉しいわ。


「本日はようこそお越し下さいました」


 そんな私達に歩いて近づいてきたのは、この練習船の船長だ。


「遂にゼンボルグ公爵家の皆様、シャット伯爵家の皆様をお迎えしお披露目出来る日が来たことを、誇りに思います」

「ああ。この日をどれだけ待ったことか。楽しみ過ぎて、夜も眠れないくらいでね」


 お父様が笑みをこぼしながら、私の頭にポンと手を置く。


「そうでしたか。必ずやご期待に添えるとお約束しますよ」


 元海軍の船長だった船長さんが、私を見ながら微笑ましそうに目を細める。

 思わず顔が熱くなってしまった。


 だって、しょうがないでしょう?

 楽しみで楽しみで仕方なかったんだから。


「マリエットローズ様の恩義に報いるためと、張り切って学んだ彼らの働きぶりを、とくとご覧下さい。きっと素晴らしい船旅となるでしょう」

「はい!」

「ああ、期待している」


 船長さんが自信たっぷりに微笑むと、優雅に一礼する。


「このまま長々と立ち話を続けるのも無粋でしょう。皆様どうぞこちらへ」


 そして、降ろされたタラップへと手を差し向けた。


 さあ、いよいよ乗船ね!


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