119 推進器の実験結果

 実験は十日近く続いて、詳細な記録が取られ続けた。


 何しろ、設定だけでも、水流の強さが微速から最大戦速まで十段階、魔石も一個から六個まで、接続文様も一個から四個まであったから。

 つまり組み合わせは全部で、二百四十パターンね。


 もっとも、魔石一個と接続文様二個と、魔石二個と接続文様一個の組み合わせでは、その違いはほとんど誤差でほぼ同じ数値と見なして良かったから、いくつかのパターンだけ本当にそうなるかを確認しただけで、試す組み合わせは大幅に省略されることになったけど。


 だって、さすがにバネとロープの消耗が激し過ぎてね……。

 小型船が壊れないかも心配だったし。


 しかも、一つの組み合わせで一回しか記録を取らないなんてことはなくて、同じ組み合わせで何度も記録を取って平均値を求めたから、結局かなりの回数、記録を取ったわ。


 さすがにお父様は忙しくて、全ての実験に参加するわけにはいかなかったから、二日目まで見学した後は、フィゲーラ侯爵領から帰ったけど。

 残念ながら、お父様と一緒に私もね。


 だって保護者お父様抜きで、私を他家に何日も預けておくわけにはいかないのよ。

 まだ七歳だし、女の子だし、公爵令嬢だし。

 立場上、色々と配慮が必要だから。


 だから後はオーバン先生達に任せて、一足先に帰宅。

 開発チームのみんなが戻るまで、お父様のお手伝いを重点的にやったわ。

 職業訓練学校の準備、安全ベルトの義務化と『スターボード艇優先の原則』の法整備、などの話し合いや書類作成もあったから。


 そうして、私達より遅れること二週間弱。

 ようやくみんなが帰ってきた。


 翌日は一日ゆっくり骨休めして貰って、翌々日、会議室で早速会議よ。


「それで、どうでしたか」

「うむ。十分な記録は取れた。おおよそ試算通りで、問題なしじゃ」


 提出された報告書に目を通す。

 大きな問題はなさそうね。


「では、魔道具の推進器は、ウォータージェット推進器を正式に採用します」


 私の宣言に、みんなが頷いた。


「それにしても、改めて、あんな方法で強引に船を前に進ませようなんて、お嬢様の発想には毎度毎度驚かされてばかりですよ」

「海面下であんな事が起きているなんて、きっとそうそう気付かれないはずです」

「原理はすごく単純なのに、規模が馬鹿げてるくらい大きいせいだな」

「ああ。おかげで、まず普通は発想それ自体が出てこないぜ」

「工夫の分だけ命令文や文様の入れ替えがあるものの、魔法陣の記述も基本的には単純ですからね」

「それだけに、中身がバレたらすぐ真似されてしまう危険もあるが……」

「情報の管理の徹底が必要ですな」


 みんなも手応えありみたい。


「そうですね。最重要機密ですから、情報の管理は徹底して下さい」

「「「「「はい!」」」」」


 うん、頼もしい。


 ただ、おおよそ試算通りだったことで、問題がないわけじゃない。


「唯一の懸念と言えば、使う魔石の大きさと量ですね。まあ、最初から分かっていたことですが……」


 私の懸念に、オーバン先生を始め、みんなが頷く。


「うむ。どの仕様も実験自体は成功したから問題ないんじゃが」

「想定される船の重量を鑑みれば、計算上、小型の魔石だと、試作の大型船で六つ、本番の大型船だと恐らく二十五は必要になる。中型の魔石だと、試作の大型船で二つから三つ、本番の大型船だと恐らく八つから十二。大型の魔石だと、試作の大型船で一つ、本番の大型船だと恐らく四つ」


 オーバン先生とクロードさんの試算によるとそうなっている。

 メインだけでそれだから、前後にあるサイドの推進器の分まで合わせると、さらに増える。

 もっともサイドはメインと比べてうんと小さいから、それほどではないけど。


 それでもこの魔石の数は、普通ではあり得ない数だ。


 普通の魔道具は一つ、多くて二つ。

 空調機の、送風で風属性、冷風で水属性、温風で火属性、首振りで土属性と、小型とはいえ四つも使う魔道具は、規格外の使用量と性能と言っていい。


 それが小型の魔石で二十五個よ?

 それだけ、交易品を満載した大型船を推進器だけで動かすとなると、並の魔道具程度の出力ではどうにもならないと言う証左だけど。


 しかも、実際に運用してみないと正確なところは分からない。

 稼働時間だって、どれくらいになることやら。


 一応、先行して行った実験では、小型の魔石一個、最大戦速、接続文様四個で、昼夜を問わず連続運転すると、およそ十日、つまり二百四十時間程で新品の魔石のエネルギーが空になることが判明している。

 一般的な魔道具のおよそ十二倍から十六倍くらいのエネルギー消費量ね。


 だから船には、予備の魔石もたくさん載せておかないといけない。


「大型の魔石はそもそも数が出回っていませんし、大量に買い求めればまず間違いなく賢雅会の貴族達から疑われますね。一体何に使っているんだって」

「中型は大型より数が出回っているとはいえ、大差ないでしょうな」

「隠し通すには小型の魔石でやりくりするしかないかと」

「それでも、使う魔石は水属性一種類だけだから、いずれ水属性の魔石鉱山を持つブレイスト伯爵に疑われますね」


 みんなの懸念はもっともだ。

 でも、こればかりは他領からの輸入に頼らざるを得ない。

 そこがうちの弱点ね。


「元より、水属性の魔石は冷蔵庫、冷凍庫、空調機、ドライヤーで使っていますし、今後は各種給湯器でも使います。それにかこつけて、いくらか多めに輸入することで誤魔化せませんか?」


 みんなに聞いてみると、みんなも同じように考えていたみたい。


「いずれ対策を講じるとしても、今のところそれしかないじゃろうな」

「派手に数を増やさなければ、恐らく誤魔化せるかと」


 特に反対意見はないみたいね。


「分かりました。推進器に採用するのは小型の魔石を使ったタイプにして、そういう方向でエドモンさんに相談してみましょう」

「「「「「はい」」」」」


 魔石の輸入はブルーローズ商会でやっているから、意図を説明したら、きっと上手くやってくれるはず。

 いずれバレる時が来るとしても、それは少しでも先に延ばしたい。


「では、今回の実験結果を踏まえて改良し、推進器を完成させましょう」

「操作系は簡略化した方がいいじゃろうな」

「二百四十パターンも再現する必要はないからな」


 オーバン先生とクロードさんの言う通りね。


「魔石の数は固定。命令文も十段階は多すぎるので何段階かに省略。その操作一つで、命令文と接続文様を同時に変更する機構にしてしまいましょう」


 イメージはスロットルレバーね。

 ニュートラルから、前に押し込んで前進で加速、後ろに引いて後退で加速していく感じで。

 前後のサイドはそれぞれ別のスロットルレバーで操作で。


 そのイメージをみんなに伝えていく。


「なるほど分かりやすい」

「さすがお嬢様だ。一つの操作で複数の入れ替え操作をする機構が少々複雑ですが、だからこそ、そうそう真似出来ないでしょう」

「そうと決まれば、早速取りかかりましょう」

「その後は、ビルジポンプですね」

「そうだ、それもあった」

「あれは簡単だから、先にさっさと作ってしまいますか」


 みんな、すっかり手慣れた感じで頼もしいわ。


 試作の大型船の完成も間近みたいだし、いよいよ大詰ね。

 完成が楽しみだわ!


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