118 新単位爆誕

 魔道具の推進器が予定通り動作したことに、驚き感動する気持ちは私も同じだ。


 でも、今はまだ単に動作しただけに過ぎない。

 必要な出力が得られてこそ実験は成功で、実用化の目処が立つのだから。


 それは当然、長年魔道具の開発に携わっていたオーバン先生やクロードさんであれば、言われるまでもないことに違いない。


「では、実験を続ける」


 驚きと喜びに沸くお父様達はともかく、開発チームのみんなを落ち着かせるように、オーバン先生はことさら普段と変わらない声で呼びかけて、気を引き締めさせた。

 さすがね。


「前進、微速での一番、出力計測器の記録じゃ」

「前進、微速一番、出力は三十一.五Mp」

「前進、微速一番、出力三十一.五Mp。記録しました」


 オーバン先生の指示に従って、最初と同じように計測係と記録係の二人が出力計測器の数値を読み上げて記録する。


「推進器、命令文は前進、微速を維持、魔石も一つを維持、接続文様を二つに変更」

「了解。命令文は前進、微速を維持、魔石も一つを維持、接続文様を二つに変更」

「命令文は前進、微速を維持、魔石も一つを維持、接続文様を二つに変更しました」


 今度は小型船に向かって指示を出すと、クロードさんが復唱して、もう一人の魔道具師が推進器を操作する。

 それに合わせて、推進力が上がって小型船がさらに前へと進み、持ち上がったロープが引っ張られていく。


 その動きが止まったところで、次の指示だ。


「前進、微速での二番、出力計測器の記録じゃ」

「前進、微速二番、出力は六十二.九Mp」

「前進、微速二番、出力六十二.九Mp。記録しました」


 この二つの指示を繰り返して、魔石の数、接続文様の数、命令文の変更で前進する速度、つまりは水流の強さを変更しながら、それぞれで記録を取っていく。


 さらに、バネが伸びきってしまうと正確な計測が出来ないから、魔石の数を増やして出力を大きくする時や、命令文の変更で水流を強くする時は、一度推進器の動作を停止させ、バネを交換して目盛りの位置を調整してから、実験を継続する。


 そうして、果たして何時間が経過したか。


「推進器、命令文は前進、第一戦速を維持、魔石も六つを維持、接続文様を三つに変更」

「了解。命令文は前進、第一戦速を維持、魔石も六つを維持、接続文様を三つに変更」

「命令文は前進、第一戦速を維持、魔石も六つを維持、接続文様を三つに変更しました」


「前進、第一戦速での三番、出力計測器の記録じゃ」

「前進、第一戦速三番、出力は三千九百六十九.二Mp」

「前進、第一戦速三番、出力三千九百六十九.二Mp。記録しました」


 魔石を六個、しかもそれぞれ接続文様を三つに増やしての出力増加に加えて、水流の命令もかなり強い流れのものになっているから、ロープはピンと張り詰めて、出力計測器も十二個を並列に繋いで一個当たりにかかる力を分散させていないと、まともに計測出来なくなってきている。


 しかも、さっきからロープがミチミチと悲鳴を上げているの。

 もし千切れたら、小型船はとんでもない速度で飛び出して行くに違いないわ。

 そして、一瞬の強烈な加速にみんなも推進器を操作する制御装置も海へ放り出されて、船体もバラバラになってしまうかも知れない。


 だって、これだけの魔石と接続文様の数は試作の大型船が積み荷を満載した上で、数ノットから十ノット弱くらい速度の上乗せを想定した大出力なんだから。


 つまり、試算通りなら、実際に積み荷を満載した試作の大型船が、十五ノット近くで帆走している時に、その速度を一.五倍近くまで上げる出力と言うことになる。

 小型船で出していい出力を遥かに上回っているのよ。

 この小型船だって、そんな速度で航海することを想定して頑丈に建造されているわけじゃないんだから。


 だから船上のみんなは、不測の事態に備えて緊張感がすごいわ。

 見ている私達も、つい身体に力が入ってしまう。

 変わらないのはオーバン先生だけね。


「オーバン、次のバネの交換時に、ロープも交換しよう!」

「うむ、そうするかのう!」


 クロードさんが叫んで、オーバン先生も叫び返す。


 制御装置や推進器それ自体は、モーターなどの機械的な機構が組み込まれているわけじゃないから、変更機構が動くときのカチカチとした音以外は静かなものなんだけど。

 大出力で水流が生み出されているせいで、しかも小型船で喫水が浅いから、水流で海面がバシャバシャ激しく波立っていて、小型船自体もギシギシ言っているしで、実は結構煩かったりする。


 ここでまたバネとロープの交換作業が入って、実験は一休み。

 その時間を利用して、オーバン先生が記録を読み解きながら呟く。


「やはり巡航速度は、水流の激しさに関係なく、接続文様が一つだけの時になりそうじゃのう」


 私が背伸びをして覗き込むと、オーバン先生が私に見やすいように記録用紙を下げてくれた。


「魔石が消費するエネルギーを考えると、普通に接続文様一つでエネルギーを引き出す方が効率的で経済的と言うことですね?」

「うむ、マリエットローズ君の言う通りじゃな。もっとも、誤差の範囲とも言えるが」

「出力計測器の誤差の可能性もある、と?」

「そうじゃな。異なるバネを使う以上、それも考慮する必要がある」


 使っているバネは規格統一されているわけじゃないものね。

 品質にばらつきがあっても仕方ない。


「接続文様一つでは大した推進力を得られんようじゃし、効率は気にせず使って構わんじゃろう」


 現代での巡航速度、つまり安定して経済的に効率がいい速度と言うのは、最大戦速から一割から二割くらい下の速度らしいけど。

 これが燃料を消費する機械で出来たエンジンと、魔石のエネルギーを使った魔道具との違いかしらね。


「ところでオーバン先生、実験が始まってからずっと気になっていたんですけど、この出力の単位のMpって名称、いつの間に付けたんですか?」

「うむ。今回のような魔道具の推進器の実験でしか意味がない、ただの単位ではあるが、単に『三十一.五単位』などと呼ぶのは味気ないじゃろう?」

「それは、まあ」


 名称を付けておいた方が分かりやすいのは確かね。


「それに、分かりやすい名称があった方が、閣下達の手前、格好も付く」


 ゼンボルグ公爵家うちに来るまであちこちの貴族にパトロンをして貰っていたオーバン先生にしてみれば、それは大事な要素かも知れないわね。


「それでMpって、どういう意味ですか?」


 さすがに『マジックポイント』と言うことはないだろうし、『魔石ポイント』とか?


「『マリエットローズパワー』じゃ」

「……は?」

「だから、『マリエットローズパワー』じゃ」


 はあぁぁっ!?


「な……な……!?」

「『波が穏やかな海で、一トンの船を一ノットで前進させる出力を一単位とする』と提唱したのはマリエットローズ君じゃろう。よって、マリエットローズ君の名前を付けたまでじゃ」


 ニヤリと悪戯っぽく笑うオーバン先生。

 計測係と記録係の二人が私に背を向けて肩を震わせている。


 もしかして……私がいない時を見計らって、みんなで面白がって付けたわね!?

 お父様といい、オーバン先生といい、どうして私の名前を付けたがるわけ!?


「そ、それなら、実験の指揮を執っているオーバン先生の名前を付けたらいいじゃないですか、例えば『一バロー』とか! そうでなくてもこういうのは家名で付けるべきでは!?」


 ニュートンも、ワットも、ヘルツも、人名に由来する単位は、名前じゃなくて名字を使われているし。


 もっとも、この時代にはまだ統一された国際単位なんてないし、物理学もそこまで発展していないから、そういう慣習がないのは仕方ないけど。

 でも、せめて付けるなら名字の方でしょう。


「ふむ、ならば『一ジエンド』かのう」


 ああ……これは決定みたいね。

 オーバン先生がしみじみ納得したように、しかも楽しげに頷いているから。


 ……まさかこの単位、将来、魔道具の推進器の搭載が一般的になった時まで使われ続けたりしないわよね?

 それで後世、学者が保管されていた前回と今回と使ったバネの強度や性能を調べて、今回の記録と合わせてそれを基準に、『一ジエンド』はイコール『○○ニュートン』である、なんて国際会議で国際単位系に組み込まれたりなんて……。


 う……うん、まさか、さすがにそんなことになるわけがないわ。

 ……ならないわよね?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る