116 推進器の実験開始
配置は、オーバン先生と開発チームの職人の半分が出力計測器の側で、計測係や記録係などに分かれてスタンバイ。
クロードさんと開発チームのもう一人の魔道具師と残りの職人達が小型船に乗って、推進器の操作や記録係などに分かれてスタンバイ。
実験の指揮はオーバン先生。
名目上の総指揮を執るお父様、そしてフィゲーラ侯爵と海軍のお偉いさんは、オーバン先生の側で解説を聞きながら監督する。
私はと言えば、いい子で邪魔しないから側で一緒に見学させて下さい、と言う顔をして、オーバン先生のすぐ隣で、陰の総指揮役ね。
海兵さん達は半数が小型船に乗船して必要に応じて操船、残り半数は出力計測器のバネの交換など雑用をしてくれることになっている。
「出港準備じゃ」
「出港準備!」
「アイアイサー! 錨を上げろ!」
オーバン先生の指示で、指揮官らしい海兵さんが復唱。
海兵さん達が降ろしていた錨を上げて、これで船は自由に動けるようになった。
帆はもちろん畳んだままで、張っていない。
当然、小型船は潮に流されて、ロープが引っ張られていく。
「では、マリエットローズ式推進器、命令文はニュートラルで起動じゃ」
「マリエットローズ式推進器、ニュートラルで起動」
オーバン先生の指示と、クロードさんの復唱に、思わず赤面してしまう。
お父様やオーバン先生、開発チームのみんな、エマやアラベルの前では、これまでも散々『マリエットローズ式』を連呼されてきたから、さすがにもう慣れたわ。
でも、フィゲーラ侯爵と海軍のお偉いさん、海兵さん達の前でその名前を出されるのは、ちょっと……いえ、かなり恥ずかしいんだけど!
そんな私を横目に悪戯っぽく笑みを浮かべながらスルーして、オーバン先生が指示を続ける。
「ニュートラル状態でのゼロ番、出力計測器の記録じゃ」
「目盛りの位置を調整。出力をゼロMpに固定」
「ゼロ番、出力ゼロMp。記録しました」
小型船が潮に流された分、バネが引っ張られて伸びている。
だから目盛りが刻まれた外側のケースを動かして位置を調整して、計測係と記録係の二人が出力計測器の数値を読み上げて記録した。
これで準備は完璧。
「閣下、準備が整いました。実験を開始してもよろしいですかな?」
「ああ。始めてくれ」
お父様が頷いた後、オーバン先生がチラッと私に目を向けてくるから、小さくだけど、強く頷く。
さあ、いよいよね!
果たしてどうなるのか。
成功か、失敗か。
みんなが期待と緊張で静まり返る中、オーバン先生の指示が大きく朗々と響く。
「推進器、命令文の進行方向を前進へ、速度を微速に変更、魔石一つに接続文様を一つ接続」
「了解。命令文の進行方向を前進へ、速度を微速に変更、魔石一つに接続文様を一つ接続」
「命令文の進行方向を前進へ、速度を微速に変更、魔石一つに接続文様を一つ接続しました」
オーバン先生の指示でクロードさんが復唱して、もう一人の魔道具師が制御装置のボタンをパチパチと操作した。
すると、小型船だから喫水が浅く推進器が海面に近いせいか、船尾付近の潮の流れがわずかに乱れる。
それと知っていて注目していないと気付かないくらい、ささやかな変化。
だけど、確かに船尾から後方へ潮の流れが出来ていた。
そして、みんなが固唾を呑んで見守る中、帆を張ってもいないのに、小型船がゆっくりとだけど前へと進み始める。
「「「「「おおっ!!」」」」」
結びつけられているロープがさらに引っ張られて、海水を滴らせながら海面から浮き上がった。
風や潮に流されているのとは明らかに違う。
疑いようもなく、魔道具の力で前へと進んでいる。
「動いてる! 船が動いてるぞ!」
「大成功だ!」
「俺達は遂にやったんだ!」
その光景に誰もが驚きの声を上げて、開発チームからは大きな歓声が上がる。
抱き合ったり肩を叩き合ったり、跳び上がったり小躍りしたり、お祭り騒ぎだわ。
「お父様、船が動きました!」
これは、当然の結果だ。
だって物理学や船舶工学などのご大層な話じゃなく、理科の実験レベルでこうなることは最初から分かっていたんだから。
だけど確かな成功の手応えに、お父様の袖を掴んで引っ張って飛び跳ねる。
「ああ、これは本当にすごいことだ。帆船の歴史が変わった瞬間だ」
お父様がとても優しい瞳で褒めてくれる。
海兵さん達の目があるから、いつもみたいに抱き上げたり抱き締めたりキスをしたりと、大げさなくらいに褒めるわけにはいかない。
この場で賞賛されるべきは私ではなく、オーバン先生でないといけないから。
だけど、それと同じくらいの思いが、その言葉と瞳に込められていた。
だからすごく嬉しい!
「これで、ゼンボルグ公爵領の繁栄は約束された。これからは、ゼンボルグ公爵領が世界の中心として、全ての国々を牽引していくことになるだろう」
まだ実験が成功しただけで、さすがに気が早すぎる言葉だと思う。
でも、お父様がそう言いたくなる気持ちはすごくよく分かる。
だってここからだ。
ここからが、本当のスタートなんだから。
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