115 フィゲーラ侯爵領の海岸へ

 私とお父様、それからオーバン先生と開発チームの全員で、荷物満載の荷馬車を何台も仕立ててやってきたのは、ゼンボルグ公爵領の中で丁度真西に位置する海岸沿いの領地、フィゲーラ侯爵領だ。


 この領地は地理的に海岸線を南回り、北回り、どちらを通っても、ほぼ同じくらいの距離でかつてのゼンボルグ王国の国境線まで船を回せたことから、当時から海軍の重要な拠点の一つとなっている。

 ゼンボルグ公爵領となった今は、かつての南東の沿岸に位置する肥沃な穀倉地帯と魔石鉱山があったエセールーズ地方を召し上げられてしまったため、同じくらいの距離とは言えなくなってしまったけど。


 そして、シャット伯爵領同様、試作の大型船の建造と船員育成学校を開校する地として選ばれただけあって、フィゲーラ侯爵家は代々、ゼンボルグ王家に、そしてゼンボルグ公爵家に、忠義を尽くしてくれている。

 特に今の当主のフィゲーラ侯爵は、シャット伯爵をさらに一回り畏まらせたような、とても紳士的なおじさんだ。


 当然、初日はフィゲーラ侯爵家に立ち寄ってご挨拶。

 それはもう侯爵家を挙げて歓待してくれたわ。


 本番は翌日。

 目的地は、軍港からも漁村からも離れた岩場の海岸だ。


「わあ、とってもいい感じの入り江ですね、オーバン先生」

「そうじゃろう? おかげで前回の動作テストが上手くいったんじゃ」


 目の前に広がるのは、岩場が防波堤のように伸びている部分もあって、波が穏やかな大きな入り江。

 海岸沿いは海面下に岩が見えているけど、数メートルも離れると、急に深くなっているそうよ。

 殺風景だけど、波の影響を受けにくそうで、今回の実験に打って付けだわ。


「岩場のせいで荷馬車を海岸線まで乗り入れられんから、荷運びはちと面倒じゃがな」

「機密保持のためには、そっちの方が都合がいいですもんね」

「うむ。今回も人足達には頑張って貰おう」


 荷馬車は防風林代わりでもあるコルクガシの林の向こう側で待機。

 荷物の中身は貴族らしくお父様や私の身の回りの物もあるけど、メインは遂に完成した試作品の魔道具の推進器、およびそれに使う魔石、そして出力計測器だ。

 大半は出力計測器に使うためのバネなんだけど、機密保持のため、中身が分からないように木箱に入れてある。

 それが山ほどだ。


 大変だったと思うけど、雇った人足達には頑張って何往復もして貰って、その後は荷馬車まで戻って休憩して貰う。

 だって、これから行うのは、最重要機密である魔道具の推進器の実験なんだから。

 立ち会っていいのは、口が堅い関係者だけ。


 関係者以外立ち入り禁止になってから、入り江にゆっくり入ってきたのは、一隻の小型船だ。

 全長十二メートル、全幅六メートル程、マストは一本で、横帆も一枚の、典型的な小型の帆船ね。

 もちろん、今回の実験のために加工済みの特別仕様。

 その小型船が、海岸線から二十メートルも離れていない場所に錨を降ろして、関係者がボートで上陸してきた。


「お待たせ致しました、公爵閣下、侯爵閣下」

「ああ。今回もよろしく頼む」

「手間をかけるが、前回以上に重要な任務だ。心して掛かってくれ」

「お任せを。万事抜かりなく」


 その実験用の小型船をここまで操船してきてくれたのは、先日の実験にも付き合ってくれた海軍のお偉いさんと海兵さん達だ。


 今回は、海兵さん達にも事前に多少の事情を説明してあるの。


 前回の実験の機密レベルはさほど高くなかったけど、それでも他言無用だったわ。

 でも、機密レベルがさほど高くなかったからと言って、仲間内でもペラペラ情報を漏らしたりするようでは、信用出来ないでしょう?

 だけど、その海兵さん達はしっかり機密を守ってくれたから、機密開示のレベルを上げて、推進器の実験も手伝って貰ってもいいだろうと言うことになったのね。


 何しろ、私達だけだと操船出来ないから。


 船員育成学校の生徒達に頼もうにも、まだ小さな子供もいるし、全員がきっちり機密を守ってくれるかと言えば、残念ながら最重要機密を明かせる程に信用出来る人達はまだ少ないらしいのよ。

 その辺りの教育を徹底させるのは、まだまだこれからみたい。


「それでは早速準備を始めて貰うとするかのう」

「了解です、バロー卿。おい、お前達、バロー卿の指示に従い準備だ」

「「「「「アイサー!」」」」」


 オーバン先生の仕切りで、まずは準備を進めていく。


 海兵さん達が、オーバン先生と出力計測器担当の開発チームの指示に従って、木箱から取り出して出力計測器の設置。

 それとは別チームで、クロードさんと推進器担当の開発チームの指示に従って、ボートに魔道具の推進器を載せて、停泊している小型船に乗り込んで、推進器の設置。


 私が仕切らないのは、フィゲーラ侯爵や海軍のお偉いさんはともかく、海兵さん達にまで私のことを知られないように、ね。

 この魔道具の推進器の発案と製作は、全てオーバン先生によるもの。そう勘違いしておいて貰うために。

 いずれ真実が明らかになったとき、私がここに同行していたと言う事実があれば、今はそれで十分らしいから。


 それらの準備が終わったら、次は出力計測器の片側と小型船をロープで繋ぐ。

 もちろん、出力計測器のもう片側は、岩にしっかりと結びつけられている。


 推進器の設置以外は、前回の出力計測器の動作テストと同じなんで、みんなテキパキと動いてくれて、それほど待たされることなく実験準備が整った。


 ちなみに、みんなが実験準備をしている間、私が何をしていたかと言うと……。

 お父様とフィゲーラ侯爵と一緒に、エマが用意してくれたお茶を飲みながら待機ね。


 だって、私が動いたら全てを考案して本当に仕切っているのは私だって、海兵さん達にバレちゃうかも知れないし、そもそも普通は、たった七歳の貴族のご令嬢がこんな肉体労働をしたらいけないのよ。


 本当は手伝いたくてソワソワしていたんだけどね。

 お父様に大人しく座っていなさいと目で制されたら、さすがに動けなかったわ。


 ともかく、準備万端。

 オーバン先生が目で問いかけてくる。


 私は目で頷いた。


「では、実験を始めよう」


 オーバン先生の合図で、いよいよ実験開始だ。






――――――――――


 いつもお読み戴きありがとうございます。


 今回も、少し補足説明を。

 アイサーとアイアイサーの違いについて。


 アイサーは『Aye, Sir』。

 Yes の意味で、『はい』とか『了解です』と言う意味。


 アイアイサーは『Aye, Aye, Sir』。

 I understand and I will do it の意味で、『(命令を)理解しました。その通りに(すぐ)やります』と言う意味だそうです。


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