114 推進器の出力計測器、その実験結果



 フンスと気合いを入れて、離れの屋敷の会議室に立つ。


「マリエットローズ君は今日も気合いが入っておるな」

「だって私はお姉ちゃんですから」


 至極当然の答えに、みんな温かく優しい顔で微笑む。


 それは私のさらなる原動力だもの。

 胸を張って主張するのに、なんら恥ずべきところはないわ。


「それに何より、今日の議題はとてもとても重要ですからね」


 表情を改めた私の言葉に、みんなも表情を改めた。

 会議の開始を宣言して、早速本題に入る。


「それで、推進器の出力計測器の動作テストはどうでしたか?」

「うむ、大成功じゃった」


 オーバン先生が笑顔で大きく頷いた。


 空調機、冷蔵庫、コンロ、ドライヤーと開発を終わらせた後、私達がすぐに取りかかったのが最重要機密の魔道具、帆船のための推進器だ。


 推進器は、異なる方式で幾つかのアイデアを出して、詳細に検討。

 予想される問題があるなしに関わらず、検証と考察のために、実際にそれぞれ試作品も作ってみた。


 その結果、運用上デメリットが大きい方式、製造するにあたり現在の技術力ではクリア出来ない問題がある方式、コストがかさむ方式などは断念。

 そうして最終的に残った方式を採用したの。


 だけど、搭載するのは前代未聞の大型船。

 それも三十人近い船員が乗って、食料、備品、交易品を満載したら、果たして総重量はどれほどになることか。


 だから船大工の棟梁、サンテール会長、エドモンさん達に確認したの。

 船体に使われている木板、鉄のマストや肋材、帆布やロープやその予備、搭載する魔道具兵器の大砲、砲弾、カトラス、弓などの武器類、ウインチ、冷蔵庫、コンロなどの各種魔道具、食料、積み荷、その他諸々。

 一切合切を計算して、概算だけど総重量を算出したわ。


 これを排水量と呼ばないのは、排水量の計算が難しすぎて出来ないから。

 排水量って、なんとかの法則を用いて、船の喫水線より下の部分を輪切りにしてその面積を出して、それが立体になる体積を計算した上で、海水の比重やら係数やら掛けて導き出さないといけないのよ。

 期末テストが迫る中、数式や英単語を覚えないといけないのに、排水量の計算式を覚えさせられそうになって、さすがにあの時はブチ切れたわ。


 ちなみに、総トン数は船の重さじゃなくて容積、つまり大きさのことね。

 商船とイージス艦が事故を起こした時、商船の総トン数容積とイージス艦の排水量重量を比較してマスコミが騒いでいたけど、的外れな比較よね。


 とにかく、その総重量を元に、その重さの船を何十ノットもの速度で前に進ませるためにはどのくらいの出力が必要になるのか、魔石はどれくらい必要なのか、それを実験で確かめる必要があるの。


 ただ、建造中の船体を使って、しかも諸々積み込んでから行うわけにはいかないでしょう?

 だから代わりに小型船を使って実験することにしたの。


 とはいえ、いきなり推進器を載せて実験するわけにはいかないわ。

 だって、『多分このくらい』なんて個人の曖昧な感覚で作るわけにはいかないもの。

 五トンの小型船での『多分このくらい』を、五百トンの大型船に合わせて百倍にすれば解決。なんて単純にはいかないはずよ。

 それはつまり、誤差まで百倍になってしまうんだから。


 だからまず、どのくらいの出力だと、どのくらいの重さの船でどのくらいの速度を出せるのか、それを計測して数値化して、誰もが客観的に判断出来る基準を作るところから始めないといけなかったの。

 そのために、出力を計測する装置を先に開発して、動作テストおよび基準となる数値の計測を実施したわけね。


 ただ、その動作テスト、本当は私が取り仕切る予定だったのだけど、お母様の出産が重なったから参加出来なかったのよ。

 何しろ泊まりがけで海まで出かける大がかりなテストで、領都をしばらく離れないといけなかったから。


 いつの時代も出産は命懸け。

 こんな時代だと余計にね。


 いくらお父様が公爵家の力を使って最高の医者や助産師を集めたとしても、それで心配がなくなるわけじゃない。

 だから無事産まれるまで、ずっとお母様の側に付いていたかったのよ。

 万が一の事態が起きたときに、後悔したくなかったから。


 一応、動作テストの延期も考えたのだけど……。


 動作テストは秘密裏に行う必要があったから、お父様にお願いしてゼンボルグ公爵領海軍の信頼出来る人達に協力を仰いだ上で、人払いとか情報統制とかあちこちに手を回していたの。

 それを延期すると、日を改めてまた同じように手を回す必要が出てしまう。

 そんなことを何度も繰り返していたら不審に思われて、情報漏洩に繋がりかねない。


 そこでオーバン先生が代わりに取り仕切ることを申し出てくれたから、お言葉に甘えて全面的にお任せしたの。


「これがその報告書じゃ」


 実験結果をまとめた報告書をドヤ顔で提出してくれるオーバン先生を見れば、大成功の言葉に間違いはないみたい。


 報告書にざっと目を通せば、全く問題なし。

 事前に決めた手順通りに動作テストは行われて、その結果から、基準となる数値と想定される必要な出力が算出してあった。


 確認して大きく頷くと、クロードさん達が苦笑を漏らした。


「事前に実験の意義や詳細を知っていたのは海軍のお偉いさん達だけとはいえ、そのお偉いさん達がやたらと乗り気でした」

「で、お偉いさん達が檄を飛ばすもんだから、海兵達が張り切ってしまって。適切な力でやってくれるようなだめるのが大変でしたよ」

「出力の新記録が欲しいんじゃなくて、適切な出力が欲しいって言ってるのにな」

「しかもお偉いさん達には後からコッソリと、推進器が完成したらそれを載せた船を軍にも回して欲しいと、あからさまに怖い顔で迫られてしまって」


 うん、大変だったみたいね……。


「使ったバネは全て駄目にしてしまったが、良かったのじゃろう?」

「はい、大丈夫です。元からそのつもりで作って貰っていますから。推進器の動作テストの時に使う追加分も、すでに発注済みです」


 推進器の出力計測器がどんな物かと言えば、実はただのばねばかり・・・・・だったりする。

 つまり、船用に大型に作った、背筋力計みたいなものね。


 懐中時計の製作を頼んでいる工房が、小さなバネをとある鍛冶工房に発注していると聞いていたから、その鍛冶工房に頼んで太くて大きくて丈夫なバネを作って貰ったの。

 それから、その大きなバネを入れる木製のケースを作って、バネがどのくらい伸びたのかを計れるように目盛りを刻めば完成。


 コンピュータやセンサーはおろか、電気もないから、それが精一杯だったのよ。


 だから、計測方法も単純。

 やったことは、理科の実験そのままね。


 実際に海に行ったら、そのバネの片方を岩場の岩にロープで固定。

 もう片方にもロープを繋いで、そのロープの先は、海軍の小型ガレー船に結び付けて固定。

 後は、海兵さん達に頑張って貰うだけ。


『一ノットで漕いで下さい』

『二ノットで――』

『五ノットで――』

『十ノットで――』


 と言う具合に。


 そうしてそれぞれでバネが伸びた長さを計測するの。

 もちろん、小型ガレー船の重量と乗り込んだ海兵さん達の体重を合わせた総重量は先に計算済み。


 その計測結果を元に、総重量一トンの船が一ノットで進むときにバネが伸びる長さを一単位として算出すれば、出力の基準が決定すると言うわけね。


「ようやく目処が立ちましたね」

「うむ、ようやくじゃな」


 後は、試作の大型船、本番の大型船、それぞれに必要な出力を出せる推進器を開発。

 動作テストをクリアすれば完成よ。


 ちなみに、一単位と呼んでいるけど、その単位に名前はない。

 だって、どのくらいの性能のバネでどのくらい伸びたらその力が一ニュートンになるとか、一キロワットになるとか分からないんだもの。


 だから一単位が具体的にどの程度の力になるかは不明。

 欲しいのは客観的な判断基準であって、単位の名称は重要じゃないから。


 もう一つちなみに、技術力がまだ低いから、一度伸びたバネは伸びっぱなしになってしまって、使い捨てなの。

 おかげで、速度や重量を変えながら、それぞれ平均値を出すために同じ条件で何度も何度も計測して貰って、何十本と言うバネを消耗したわ。


 でも、成果は上々。

 これでようやく、推進器の試作品で動作テストが実施出来るわ。






――――――――――


 いつもお読み戴きありがとうございます。


 本文中では分かりにくかったかも知れないので、排水量と総トン数について、もう少し補足説明しますね。


 排水量は、アルキメデスの原理により、海に浮かべた船によって押し退けられた海水の重さが船の重さと等しくなる、と言う、船の重さのこと。

 総トン数は、例えば船の形の水槽があったとして、その水槽に何リットルの海水が入るのか、そしてその海水が何トンになるのか、と言う、船の大きさのこと。


 なので、仮にゴム風船の貨物船があったとすると、排水量はゴム風船そのものの重さなので、何百キログラム(数値は飽くまでもイメージです)になります。

 そしてそのゴム風船を貨物船の大きさまで膨らませると、総トン数は何万トンにもなります。


 もし二隻のゴム風船の貨物船同士がぶつかって事故を起こしたとき、片や何百キログラムのゴムで片や何万トンの膨らんだ風船だからと、その数字を比べてどっちがいい悪いと論じるのは、比較の仕方がおかしいですよね。


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