113 マリエットローズの幸せを考える
「それであなた、例の大使館のパーティーはどうなのかしら?」
「可能な限り調べ上げた。多くの上級貴族家に、それも賢雅会の重鎮達を含めてだが、招待状が届いているようだ」
「それは、オルレアーナ王国の魔道具産業との提携を目論んで?」
「帝国側の参加する貴族家のリストを見ても、その可能性が高いな。もっとも、目的が提携とは限らないが」
近年、ヴァンブルグ帝国が周辺国の魔道具市場について調査を行っている、と言う情報を掴んでいた。
それは、帝国産の魔道具を周辺国へ輸出するための下調べだろうと言うのが、リシャールの読みだ。
ただし、特許法を始め各種法律が各国で異なり、輸出の障害になっている。
いずれそれをどうにかするための話し合いの場が必要になるだろう。
手始めとして、魔道具産業に関わる貴族同士で交流を持ち、可能であれば帝国側へ取り込むのが目的ではないかと踏んでいる。
そういう意味でも、そして政治的、軍事的にも、ゼンボルグ公爵家との繋がりを持つことは、意義が大きい。
「しかし、有力貴族であればどこでもいいのか、それともマリーを本命と見定めてのカムフラージュや当て馬なのか、そこまでは読み切れていない。帝国側も、容易に悟らせはしないだろう」
「政略だけを考えれば良縁だけど……皇子殿下のお人柄やご気性は?」
「実に帝国皇室の血筋らしく、我が強く、尊大な性格をしているようだ」
「それはマリーが嫌がらないかしら?」
予想通りだから、マリアンローズは驚きはしない。
しかし渋い顔になるのは、娘の幸せを望めばこそである。
「これまでは幼さを理由に王都に出さずにいたけど、大使館のパーティーに出席させれば、もうその言い訳は通用しないわ。レオナード殿下の誕生日パーティーにも参加させます?」
「天才との呼び名も高い、レオナード殿下か」
リシャールのその言葉には、若干の苦笑が含まれていた。
利発で勉強もよくこなし、王太子として擁立されることは確実視されている。
人柄も、勤勉で真面目で誇り高い。
パーティーや公務で幾度か顔を合わせ言葉を交わしているから、その評価に嘘はないと思っている。
しかし、だ。
自分の娘、マリエットローズと言う
リシャールに言わせれば、レオナードは頭が良くてお勉強がよく出来る子供、それ以上でもそれ以下でもない。
レオナードは、これまで一度として何かを成し遂げたことはなかった。
もちろん公務はそつなくこなしていて評価は高い。
その内容は、さすがにまだ幼いため簡単なものに限られているが、マリエットローズと同じ七歳の子供として考えれば、それでも上出来だろう。
しかし、全く新しい技術を発明し、魔道具を作り上げたこともない。
統治において、『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』に匹敵する何かを発案したことも、数百年数世代分も時代を先取りした大型船の建造を提案したこともない。
そして、浮き輪、ライフジャケット、安全ベルトなどの、比較的安価で単純な、しかしながら人命に大きく関わる発明をしたこともない。
さらに、限定的ながら、ゼンボルグ公爵領の海軍関係者および漁師や商人達の間で『ポセーニアの聖女』と称される功績を挙げ慕われているのに対し、そのような名声も何もない。
まだ七歳と幼いため、その活躍はまだまだこれからなのだから、今それだけの物を求めるのは酷なのは分かっている。
比較する相手が悪過ぎると言えばそうだろう。
しかし、それでもだ。
「最近は、一層勉学に励んでいらっしゃるとか。マリーと話が合うかも知れませんね」
「そうだな」
マリアンローズとしては良縁と思っているが、リシャールとしては微妙に煮え切らなかった。
家柄、性格、能力、政治的な立場において、最高の相手であることはリシャールも理解している。
しかし素直にそう言い切れないのは、マリエットローズを知るが故の弊害と言えるだろう。
何より、王家を含む中央との確執があることに引っかかりを覚えた。
今更の話だが、それが胸の奥でわだかまる。
これまでは仕方のないことだと諦め目を逸らしていたが、ここにきてそれを自覚させられたのだ。
もちろん、まだ幼いレオナードにその責任を押し付けたり、隔意を抱くことは、大人げないことだと分かっている。
そう判断できるだけ冷静でいられた。
それもこれも、愛娘の『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』のおかげで生まれた余裕であると、悟ることが出来るくらいには冷静である。
「ただし、縁談を進めると言っても、嫁がせるのは飽くまでも選択肢の一つだ」
「ええ。エルヴェを立ててくれてはいるけど、まだ自分が女公爵として立つ可能性を捨ててはいませんからね」
リシャールにとっては、らしくなく多少の往生際の悪さがあるが、娘を嫁がせることが
思い違いや思い込みの可能性もあるのだから。
だから、婿を取り女公爵として家督を継ぐ、また、エルヴェに家督を継がせ、マリエットローズを女侯爵に
それらも、十分に現実的な選択肢だ。
「少ないながらも、マリーにも自分で選べる選択肢を残してやりたいところだな」
そのためには、相手が必要だ。
結婚は一人では出来ないのだから。
「ともかく、まずはレオナード殿下の誕生日パーティーの招待状も手に入れられるよう、手を回してみよう」
それは同時に、オルレアーナ王国の国政に食い込むための工作を開始すると言う意味でもある。
まずは探りを入れるレベルでの動きになるだろう。
レオナードと良好な関係を築き、王家へ嫁がせることが現実的に最良の選択となれば、そこから本格的に浸透していくことになる。
これまでは、王家や中央との確執を深めないために、中央とは深く関わらず、大きな権力を握ってこなかった。
しかし、もはやそんな遠慮は必要ないだろう。
もしマリエットローズが王妃になれば、今のままでは貧乏で田舎者のゼンボルグ公爵家出身などと
だからそうならないよう、徐々に中央での権力と発言力を手に入れ、オルレアーナ王国を裏から牛耳り操れるくらいになる、そのくらいの本気を見せる必要がある。
そのための手を打つのだ。
「しかし、選択肢が二つだけではマリーも選ぶのに苦労するだろう。皇子殿下についてももう少し詳しく調べるとしても、他にも選択肢を増やしてやりたいところだ」
「他の幾つかの国の王家や公爵家を調べてみますか? 嫁ぐ、婿に取る、両方の可能性を考えながら」
「ああ。私ももちろん集めるが、マリアも情報を集めてくれ」
「ええ。他ならぬマリーの幸せのために」
「ああ、全てはマリーの幸せのために」
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