110 弟を育てるのは姉の使命です

「一、二、三、一、二、三、はい、次でフィニッシュ!」


 レヴィ先生の手拍子に合わせて、最後のステップを踏んでビシッとポーズを決める。


「はぁ、はぁ……!」

「はい、よく出来ました。最近は特に集中してレッスン出来ていますね。動きがダイナミックになって、華やかさが増していますよ」

「はぁ、はぁ……ありがとうございます、レヴィ先生」

「今日も集中的に出来ていましたし、少し早いですがここまでにしておきましょう。今の感覚を忘れないようにね」

「はい、ありがとうございました」


 よし!

 内心でガッツポーズをしながら、レヴィ先生に丁寧にお辞儀をしてダンスレッスンを終える。


 本日の授業はこれでおしまいだ。

 この後は昼食、そして午後からは魔道具開発のお仕事になる。

 でも、レッスンが随分早く終わったから、昼食までたっぷり時間があるわね。


「エマ、急いでお風呂に入って汗を流すわよ!」


 壁際に控えていたエマを急かして、レッスン室を飛び出す。


「お嬢様、またそんな! 廊下を走るのははしたないですよ!」

「誰も見ていないし、今だけ!」


 大急ぎでお風呂へ行って、汗を流して着替えてしまう。

 そして、次はお母様の寝室へ直行だ。


「エルちゃん、お姉ちゃんでちゅよ♪」

「あらあらマリーったら、ノックもしないで」

「ごめんなさいママ。だってエルちゃんに一秒でも早く会いたかったんだもん」


 ぺこりと謝って、すぐにベビーベッドへ。

 エルヴェはベビーベッドの中で、あぶあぶ、もぞもぞ、動いていた。


「ばあ♪ お姉ちゃんでちゅよ~♪」

「あぅ、あぅ♪」

「エルちゃんが笑ってる♪ あぁ、可愛い♪ 癒される~♪」


 今、我が家はエルヴェを中心に回っている。

 待望の嫡男だもの、お父様やお母様だけでなく、使用人達も大事に大事にお世話をしているわ。


 私にとっても、世界の中心はエルヴェだ。

 この子が健やかに大きくなって、楽しく笑える明るい未来を築くこと。

 それが私の使命と言っても過言じゃない。


 そのためには私、出来ることはなんだってやってやるわよ。

 だって、私はお姉ちゃんだもの。


「エルちゃんを可愛がるのはいいことだわ。お姉ちゃんだものね。でも、それでマリーが慎みを忘れたら駄目よ」

「はい、ごめんなさい」


 お母様へ向き直って、素直に謝る。

 それからまた、エルヴェの顔を覗き込んだ。


「そうだねエルちゃん。今のはお姉ちゃんが悪かったでちゅね。エルちゃんは、お父様の跡を継いで立派な領主様になるために、今みたいなところは真似したら駄目でちゅよ」

「んぁ、まぁ」


 多分まだ分からないだろうけどお返事をくれて、それがまたもう可愛くて!


「ママ、しばらくエルちゃんのことは私に任せて。ママはエルちゃんのお世話で疲れているだろうから、ゆっくり休んでいてね」

「あら、いいの? マリーもお勉強とダンスのレッスンで疲れているでしょう?」

「このくらい、全然平気よ」

「そう? それならお願いね」


 私は結局、結婚して子供を産むことはおろか彼氏すらいなかったから、赤ちゃんのお世話がどのくらい大変かはよく知らない。

 でも結婚した従姉や友達から、昼夜を問わないお世話がどれだけ大変か、散々愚痴で聞かされたことがあるから、少しは分かるつもり。


 さすがに今はまだ子供だから、夜中のお世話を代わってあげるのは無理だけど。

 でも、日中ならお母様が一息付ける時間を作ってあげることくらい出来るわ。


「エルちゃん」


 ほっぺたをつつくと、すべすべで、ぷにぷにで、指先に幸せの感触がする。


「あ~」


 すると、ちっちゃなお手々が私の指を握って、にっこり。


 ああ、もう、可愛すぎる!

 漫画ならきっと、鼻血が出ているシーンだわ。


 もっとお返事が欲しくて、いっぱい話しかけてみる。


「エルちゃん、立派な領主様って言うのはね、偉そうにふんぞり返っていればいいわけじゃないんだよ?」

「まぅ、あ~」

「お父様の跡を継げば、それで自動的に領主様にはなれるけど、立派な領主様となると、また話は別なの」

「ん~……ぶぅ」

「自分のことだけじゃなくて、ちゃんと治める領地と治める民のことを考えて――」

「マリー、ねえマリー」

「――良いことも悪いことも決断してその責任を背負って……はい、ママ?」

「そういう難しいお話は、エルちゃんにはまだ早いんじゃないかしら?」


 苦笑されてしまった。


「あはは、つい」


 私も、つい誤魔化し笑いだ。

 エマが呆れたように溜息を吐いて、お母様付きのメイドさん達も苦笑いしている。


「ほどほどに、ね?」

「は~い」


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