109 我が家に天使が舞い降りた



 私は七歳になった。



 遂に、我が家に天使が舞い降りた。


「いないいない~ばぁ~♪ エルちゃん、マリエットローズお姉ちゃんでちゅよ~♪」

「あぅ♪ だぁ♪」

「見て見てパパ、ママ、エルちゃんが私を見て笑っているわ♪ 可愛い~~~♪」


 お母様に抱かれたエルヴェのぷにぷにほっぺをつつくと、キャッキャと嬉しそうに笑う。

 それがもう可愛くて可愛くて!


「良かったな、エル。マリーお姉ちゃんが遊んでくれて」

「まぅ♪ あぁ♪」

「ふふふ。エルちゃん、お返事が上手ね♪」


 お父様とお母様もデレデレの笑顔で、すごく幸せそう。


 エルヴェ・ジエンド。

 お父様そっくりの深紅の髪と、お母様そっくりの明るい紅の瞳の、元気な男の子。

 待望の、私の弟だ。


 安産だったらしく、母子共に健康。

 経過も順調で、お母様も日に日に元気になっているし、エルヴェもいっぱい笑って、いっぱい泣いて、いっぱいおっぱいを飲んで、いっぱい出して、いっぱい寝て、なんの問題もなし。


 ゼンボルグ公爵家待望の嫡男誕生に、家族だけじゃなく、セバスチャンもエマもアラベルも、そして他の侍女や侍従、メイド達を始め、オーバン先生やクロードさん達、サンテール会長やエドモンさん達も、みんなニコニコ。

 お父様が食料庫を解放して、領都を始めとした直轄地の町や村で領民達にお祝いの料理とお酒を振る舞ったから、どこもお祝いムード一色。

 他の貴族に任せている領地でも同様で、嫡男誕生にこれでゼンボルグ公爵領は安泰だと、領中全てでお祭り騒ぎだそうよ。


 そしてなんと、お母様の侍女のフルールも同じ日に男の子を産んだの。

 同じく、シャゼーリ男爵家待望の嫡男誕生ね。


 お祝い事は重なると言うか、こういうお祝い事ならいくつ重なってもいいものよね。


 フルールは産休でシャゼーリ男爵家に帰っているから、まだ赤ちゃんを見たことはないけど、シャゼーリ男爵そっくりなんだって。

 シャゼーリ男爵もフルールも、将来はエルヴェの側近にするって、今から張り切っているらしいわ。


「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!」

「あらあらエルちゃんどうしたの? おしめかしら?」


 さっきまで笑っていたのに、急にエルヴェがぐずって泣き出す。

 お母様がおしめを確認してみれば、今回もいっぱい出していた。


「私! 私やりたい!」

「そう? じゃあマリー、お姉ちゃんとしてお願いね」

「うん! お姉ちゃんとして!」


 布を巻いたおむつを外して、エルヴェのお尻も前も綺麗に拭いて。


「えっと……こう、かな?」

「もう少ししっかり巻かないとブカブカでずれちゃうわ」

「うん、もっとしっかりと……」


 お母様に教えられながら、おっかなびっくり新しい布を巻いて、おむつを交換する。


「出来た!」

「ふふ、上手よマリー」

「マリーはいいお姉ちゃんになるな」

「だってお姉ちゃんだもん♪」


 ない胸を張って、ムフーってドヤ顔よ。

 ああ、弟って本当に可愛い!


 その後、エルヴェはおっぱいを飲んでお腹がいっぱいになったのか、うとうとし始める。

 お母様のベッドのすぐ脇にベビーベッドが置かれていて、お父様がエルヴェを受け取ると、そこに寝かせてあげた。


「はぁ~……すやすや寝ているエルちゃんも可愛い……♪」


 ベビーベッドの柵にかぶりつきで、寝ているエルヴェを眺める。


 私は貴族って、てっきり乳母を雇って育児は全部お任せで、子供部屋を用意してそこで寝かせるのかと思っていたけど。

 どうやら中央はそのイメージ通りらしいけど、ゼンボルグ公爵領では普通に母親が育てるんですって。

 お母様がよくお菓子を手作りしてくれるのも、その一環と言うわけね。


 中央じゃなくゼンボルグ公爵領に生まれて、お父様とお母様の娘で本当に良かった。

 エルヴェも大きくなったら、きっとそう思うに違いないわ。


「お嬢様」

「ん? どうしたの、エマ?」


 エルヴェの寝顔を眺めながら返事をする。


「そろそろお時間です」

「えぇ~~……」


 分かっているわ、分かっているけど。


「このままずっとエルちゃんを眺めていたいのに……」


 だって一日中眺めていても飽きないんだもの。


「あれだけ学ぶことに熱心だったマリーが、変われば変わるものだな」

「ふふっ、そうね」


 お父様にはちょっと呆れられてしまった。

 お母様は楽しそうに笑っているけど。


 貪欲に授業を詰め込んだことを、まさかこんな形で後悔する日が来るなんて、予想もしていなかったわ。


「先生をお待たせしてしまいますよ」

「あぁ……!」


 エマに手を引っ張られて、ベビーベッドから引き離されてしまう。


「お姉ちゃん行ってくるわね。エルちゃん、また後でね」


 後ろ髪を引かれながら、振り返り振り返り空いている方の手を振って、エマに引きずられるようにお母様の寝室を出た。

 廊下まで引っ張り出されては仕方ない。


「じゃあ、行きましょうかエマ」


 一つ大きく息を吐き出して頭の中を切り替えると、普段通り、授業へと向かう。

 もちろん、エマに手を引かれなくてもちゃんと歩いて。


 だってこれは必要なこと。

 処刑と破滅を回避して、みんなで楽しく暮らせる未来を勝ち取るために、今、努力を怠るわけにはいかない。

 エルヴェが生まれた以上、その決意はさらに揺るぎないものになったわ。


「エマ、今日の予定は?」

「ガボニア王国語、ガボニア王国の歴史、ガボニア王国のマナーについての授業があります。その後はダンスの授業で、午前は終了です。昼食後、午後は全て魔道具開発の時間になっています」

「分かったわ。ありがとう、エマ」


 さあ、エルヴェのためにも、今日も気合いを入れて頑張るわよ!


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