108 数世紀数世代分も時代を先取りした最新鋭の帆船

 船員室から先は、ある意味で最も重要な区画だ。


「さて、お次はここが厨房だ」


 厨房は船の中心付近にある。

 理由は、一番揺れにくいから。


 しかもこの厨房は特別製だ。


「すでにタイルは敷き詰めてある。魔道具のコンロってのを入れるらしいから、滅多なことで火事になるこたぁねぇらしいが、念のためな。もしそのコンロが壊れちまった場合でも普通に料理が出来るよう、かまども入れる予定だからってのもある」

「おおぉ~!」


「すぐに食材を取り出せるよう、そこの壁際に魔道具の冷蔵庫ってのも並べる予定だ」

「おおぉ~~!」


 誰よりもテンション高く、私の歓声が上がる。


 厨房にはまだ何も入っていないから、恐らくコンロを複数並べるだろう台や、竈、洗い物をする流し台など、場所を決めてタイルで区切られているだけだけど。

 それでも、従来の帆船の厨房とは一線を画する機能を持った厨房になる。


「そんで隣が食料庫だ」


 廊下からも厨房からも行ける食料庫は贅沢な程に広い。

 なぜなら頻繁に寄港して食料を補充できない分、数カ月間、船員達が飢えることがないくらいの大量の水と食料を保存しておきたいから。


「この食料庫には、厨房の比じゃねぇくらい大量の、大型の冷蔵庫と冷凍庫が並べられる予定だ」

「おおぉ~~~!」


 新鮮な野菜を冷蔵庫に入れておけば一週間や二週間は平気で保つし、茹でた後冷凍しておけば、さらに長期間保つ。

 新鮮なライムなどはそのままで、さらにザワークラウトも瓶詰めで大量に。


 特にライムは特産品として大量生産するよう、浮いたスパイス代で投資して貰ったから、船団を組んでの長期航海でも不安はないわ。


「このためにマリーは魔道具を開発したのだったね」

「はい、お父様!」


 壊血病なんて絶対に起こさせない、その意気込みで食料を積み込んで貰うつもりよ。


「それでこっちは風呂だ。シャワーってのを浴びられるように、しっかり防水加工してある」

「おおぉ~~~~!」


 設計変更が入った部分だけど、しっかり作ってくれていて本当に良かった。


「それでだな、風呂のスペースは取ったし、さらに食料庫もかなり広く取ったんだが……本当に良かったのか? 飼育室も飼料の倉庫も作らなくて」

「はい、大丈夫です。清潔にしないといけないのは船員だけじゃなく、船そのものもですから」


 長期航海する船には、山羊、豚、鶏などの動物も一緒に乗せて、船内で飼育をしていたの。

 新鮮な山羊のミルク、鶏の卵が確保出来て、いざという時は新鮮なお肉にも出来る。

 また、豚は汚物も食べて掃除してくれると言うわけね。


 とはいえ動物を飼う以上、臭いし不衛生だし、病気を媒介するネズミ、ノミ、ダニなどが繁殖する温床になってしまう。

 だから少しでも清潔に保つために、動物の飼育はなし。


「その分、冷蔵庫と冷凍庫に保存しておけばいいんです」


 新鮮なミルクや卵には限界があるけど、チーズなら保存が利くし、ホワイトソースやお肉なら冷凍しておける。

 どうしても動物の飼育が必要そうなら、船団の一隻を飼育用にして、接岸してネズミなどが乗り込まないよう慎重に行動して貰えばいい。


「この船は、船員の練習船であると同時に、そういったこれまでとは違うやり方の実験船でもあるんです」


 棟梁が弱ったように私からお父様に目を向けると、お父様が頷く。


「分かったよ、お嬢ちゃん。オレらは依頼された中で最善を尽くすだけだ。その実験が上手くいくといいな」

「はい、ありがとうございます」


 棟梁、やっぱりいい人だ。


「まあともかくだ、飼育室と飼料の倉庫が不要になったんで、その分大きくそれらのスペースが取れたのは事実だ」


 後は、木材や釘、予備のロープや帆布、その他諸々、資材の倉庫、そして武器庫ね。

 最低限の武装はするから、カトラスや弓などの白兵戦や遠距離戦用の武器は載せておく必要があるし、見た目にも分かりやすい大砲も載せるから、大砲の玉と魔石も必要になる。


 基本的にこの世界の大砲は魔道具兵器で、魔法陣で爆発を起こして大砲の玉を飛ばすのが主流だ。

 だけど、魔道具兵器は王家によって各領地での保有数が決められているから、それ以上の数が欲しかったら、従来の火薬を用いた大砲を作って保有するしかない。

 もちろん、この従来の大砲も保有数が決められているけど、魔道具兵器より取り扱いが面倒な分、多く持てるし規制も緩い。


 一応、この船には魔道具兵器の大砲を載せる予定だけど、戦闘は回避するのが基本だから、ほとんど使わないとなった場合、従来の火薬を用いた大砲に交換してお飾りにするかも知れないわね。


 倉庫はどこも空っぽで広ささえ確認出来れば十分だから、さらに階段を下りて船底へとやってくる。


「たっての希望ってことで、船底の船倉は倍の広さにしてあるぜ。船そのものが三倍近くでかいから、運べる物は六倍はいけるな」

「おおぉ~~~!!」


 これこれ、これよ!

 この船倉のスペースの確保が大事なのよ!


「こっちも希望通り、船倉は隔壁で区切ってある。これで船が大きく揺れても積み荷は動かねぇし、浸水しても壁のおかげで積み荷の被害はそこだけで済む。しかもそれ以上の浸水もねぇから沈没もしにくい。単純なアイデアだがよく考えられたもんだぜ」


 棟梁が、すっかり感心しきった顔で私を見る。

 だから、堂々とにっこり微笑んでおいた。


 効率的に船倉へ収納するために、いずれ世界的なコンテナの規格化も進めたいわね。


 船底のさらに下は、バラストを載せるスペースになっている。


 バラストと言うのは、岩とか丸太とか土砂とかで、船を重くして喫水線を上げて、船を安定させる役割があるの。

 空の樽に海水を詰めてバラストにすることもあるらしいわ。


 しかもバラストは載せておしまいじゃない。

 積み荷を載せたり降ろしたり、水や食料の消費でも船の重量は変わるから、その分、バラストも載せたり降ろしたりの調整が必要になる。


 しかも中空の鉄のマストや鉄の肋材のおかげで船はその分軽くなっているから、他の船よりたくさん載せて重心を下げないと転覆する危険が高くなってしまう。

 さらに銅製被覆ひふくの銅板の重量も影響する。

 そこは、船員達によく注意して理解しておいて貰わないとね。


 現代だとコンピュータ制御でバラストに海水を入れたり抜いたりするらしいから、いずれ魔道具で再現したいところだわ。


 さらに、船底にはビルジポンプも設置予定。

 雨水や被った波、染み込んできた海水などは、船底のさらに下、竜骨に沿った左右のスペースのビルジに溜まってしまう。

 放っておいたら腐って異臭がすごいらしいわ。


 だからそれを手動で排水する井戸のポンプのような物がビルジポンプね。

 これも魔道具で対処予定よ。


「以上がこの船の、他にはねぇ、とんでもねぇ工夫の数々だ」

「一体、いくつあっただろう……」


 ジョルジュ君が真剣な顔で思い出しながら、指折り数えている。


「話に聞いてはいたが、こうして実際に見ると、この船が何世代分も時代を先取りした最新鋭の帆船だと分かる。マリーがいなければ、恐らく今後何十年、いや何百年と、これ程の船は生まれなかっただろう。やはりマリーは天才だ」


 お父様の言葉に思わずドキリとしてしまった。

 まさに何百年も先取りした帆船だから。


 でも、さすがに前世の記憶のことがバレたわけじゃないわよね?

 だから淑女らしく、素知らぬ顔で微笑んでおく。


 さあ、船がここまで出来上がっているなら、完成は目前ね。

 そろそろ、魔道具の推進器も完成させないと。


 この船が颯爽さっそうと海を駆ける日が楽しみだわ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る