100 大型船建造の視察
翌日、早速の視察。
「ふわぁ~~!」
エマと手を繋いで入った大型ドックで、真っ先に目に飛び込んできた光景に、思わず感嘆の声を上げてしまった。
全長四十メートル、全幅五メートル。
そんな大型の帆船が、ドックの中央で今まさに建造されている真っ最中だった。
トンカントンカン、金槌が振るわれる音。
船大工達の互いに掛け合う大きな声。
縛られた木の板の束を載せた運搬車のタイヤが転がる音。
クレーンがその縛られた木の板の束を船上へと運ぶ音。
いくつもの声と音がドックいっぱいに響いていた。
船体はもう外観のほとんどが出来上がっているみたいで、その大きさがよく分かる。
既存の帆船の三倍近い全長だけど、全幅はほぼ変わらない。
すらりと細く長いそのシルエットは、まさに私が知っている帆船のイメージほぼそのままだ。
「マリエットローズ様、いかがですかな?」
得意げに胸を張るシャット伯爵に、何度も頷く。
「はい、すごいです!」
思わず興奮気味に答えたら、お父様とシャット伯爵が楽しげに笑って、エマとアラベルが微笑ましそうに私を見つめてくる。
ジョルジュ君もなんだか嬉しそうに私を見ているし、ちょっと顔が熱くなってしまった。
私、子供みたいにはしゃぎすぎ。
でも、見た目はまだ子供だからセーフと言うことで。
「もしマリーが言い出さなければ、このように大きな船を作ろうとは、考えもしなかっただろう」
お父様が再び大型船へと目を向けて、しみじみと呟く。
続けて、シャット伯爵も大型船へと目を向けて、大きく頷いた。
「ただ船を大きくしただけではない新たな試みの数々が盛り込まれ、マリエットローズ様の発想にはいつも驚かされるばかりです。試作とはいえこの船でも、従来の交易船の三倍は品を運べるでしょう。それだけでも、輸送コストにどれほど貢献することか」
「マリエットローズ様、もうこの船でも十分じゃありませんか?」
ジョルジュ君も、シャット伯爵の言葉に頷いてそう尋ねてくる。
普通の状況なら、そう考えてしまうかも知れない。
私もこの船を見て、一瞬、そんな気がしてしまったから。
でもそれは、油断で、気の迷い。
将来起きるだろう陰謀、そして破滅と断罪を考えれば、この程度で満足なんてしていられない。
だから、私は小さく首を横に振る。
「この程度の大きさの船だと、真似して作ろうと思えばすぐに作れてしまいます。それではゼンボルグ公爵領が優位でいられる期間が短すぎて駄目なんです」
「そうなんですか?」
お勉強を頑張っているとはいえ、さすがにジョルジュ君にはまだピンとこないみたいね。
でも、その点はさすがお父様、納得顔だわ。
シャット伯爵も少し考えて、なるほどと言う顔になった。
だから、ジョルジュ君に向けて詳しく説明する。
「確かにこの大型船でも、台車と運搬車、クレーンのおかげでかなり工期が短縮されていますから、他領、他国が真似しようと思ったらもっと工期が掛かります。でも、その差は数年と開かないはずです」
造船に本腰を入れられたら、あっという間に追い付かれてしまうと思う。
「それでも、それなりにゼンボルグ公爵領は優位性を保ちながら、豊かに栄えていけると思います。だけど、それなり程度では意味がないでしょう?」
だって、これまで貧乏だ田舎者だと
そのハンディキャップが解消できる程度では、全然労力に見合わない。
ゼンボルグ公爵領を世界の中心と呼べるほど栄えさせるなんて、夢のまた夢よ。
「しかも他領、他国が妨害してきたら、その程度の優位はすぐに潰されてしまいます」
だから、カティサークくらい大型の帆船が必要なの。
この試作の大型船は全幅が従来の帆船と同じで、全長が三倍あるから、単純に交易品を載せる船倉が縦長に三倍になる。
でもカティサークサイズになれば、全長と全幅がさらに倍になるからその四倍。
加えて、船倉の数も倍に増やせばさらに二倍になる。
つまり単純計算で、積載量はざっと二十四倍!
船倉の数それ自体を増やせるのは、ウィンチのおかげで船の大きさに比べて船員の数を大きく減らせるから。
その他、そうして空いたスペースを、船倉として利用できるおかげね。
そう単純には増やせないかも知れないけど、少なくとも二十倍の輸送量は見込みたいところ。
そんな大型船が船団を組み、直線距離でおよそ五分の一に縮まる直通航路を、さらに速度も三倍近くで輸送出来るんだから、他の商船なんて競争相手にもならないわ。
「そう、この初手で一気に引き離してやるんです」
「本当に、追い抜かれるどころか、引き離していますね……」
何故か遠い目をして、また小さくボソッと呟くエマ。
「ええ、今言った通りよエマ。他領も他国も一気に引き離して、私達の優位が揺るがない盤石な体制を築くのよ」
しかも他領、他国が追い付こうと建造する船が大型になればなるほど工期が延びるから、優位を保てる期間が長くなる。
同時に、ウィンチがなければ船員を増やすしかなくて、交易品の積載量が減って人件費が余計に掛かるから、競争力がどんどん落ちていくことになる。
これなら、追い付き追い抜きたくても、並ぶことすら出来ないのよ。
躍起になって大型船を目指してくれればくれるほど思う壺、と言うわけね。
「そのためにも、与えるインパクトは大きければ大きいほどいいんです。『ゼンボルグ公爵領に負けない大型船を』、そう思わせるためにも、大型船の建造が効果的なんです」
ジョルジュ君が息を呑んで、シャット伯爵が一層なるほどと大きく頷いた。
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