99 再び港町シャルリードへ
タイミングよく、お父様が視察やパーティーへの招待で屋敷を離れる予定も、緊急性の高い仕事や来客の予定もなかったことから、程なく視察の予定が組まれた。
そして再びやってきたのは、シャット伯爵領の港町シャルリード。
そろそろ春が終わって夏を迎えようと言う季節。
潮の匂いを含んだ海風が心地よく、明るい日差しが温かさより暑さと眩しさを感じさせて、ドボンと海に飛び込んだら気持ち良さそうだ。
もっとも海水浴には時期的にまだ早すぎるし、そもそも海に入って遊ぶと言うレジャーそのものが、この世界にはまだないけど。
そんな海を馬車の窓から遠目に眺めながら、シャット伯爵家の別邸へと入っていく。
すると今回も、シャット伯爵夫妻とジョルジュ君、そして使用人達、シャット伯爵家の全員で出迎えてくれた。
「ようこそおいで下さいました、公爵閣下、マリエットローズ様」
シャット伯爵と伯爵夫人が、とてもいい笑顔で挨拶してくれる。
お母様は身重だから、残念ながらお留守番。
だから今回はお父様と私だけだ。
「ああ、世話になる、シャット伯爵」
「またお世話になります、シャット伯爵、伯爵夫人、ジョルジュ様」
カーテシーをして挨拶してから、伯爵夫人へ目を向ける。
伯爵夫人もまだお母様程ではないけどお腹が大きくなっていて、ゆったりとしたマタニティのドレスだ。
ジョルジュ君の手紙で聞いていた通りね。
「ご懐妊、おめでとうございます伯爵夫人」
「ありがとうございますマリエットローズ様。生まれてきたら、この子とも仲良くして下さると嬉しいわ」
「はい、こちらこそ」
伯爵夫人は大きなお腹に触れながら、穏やかに優しく微笑んでくれた。
だから私も、もちろんですと微笑み返す。
私だけじゃなく、もうじき生まれてくる弟か妹とも仲良くしてあげて欲しい。
ただ……実は内心、ちょっとだけ複雑。
だって色が変わるランプと下着のおかげで、本当にベビーブームが来ているみたいなんだもの。
その切っ掛けが、まだたった六歳の私が作った物だって言うのが、ね。
どんな顔をしていいのやら。
「ようこそ、マリエットローズ様。またお会いできて嬉しいです」
「ふふ、お久しぶりです、ジョルジュ様」
でも、気持ちを切り替えるのに丁度良く、ジョルジュ君がやや緊張気味ながらも笑顔で挨拶してくれた。
たまに手紙でやり取りしているから、それほど久しぶりと言う感じはしない。
でも、あの人見知りだったジョルジュ君が、挨拶とは言え積極的に話しかけてきてくれて、成長が感じられてなんだか嬉しいわ。
そんな風に一通り挨拶が済んだら、みんなでお屋敷の中へ。
今日は旅の疲れを癒して、視察は明日からだ。
豪華で立派な応接室に案内されて、紅茶が出される。
カップに口を付けて一服すると、驚いたことにジョルジュ君がとても熱心に話しかけてきた。
「あれから僕もマリエットローズ様に負けないよう、一生懸命勉強を始めました。船と貿易に関しては特にです」
「シャット伯爵領のここシャルリードは、ゼンボルグ公爵領でも有数の港町の一つですものね」
「はい。だから、特に貿易についてしっかり勉強をしないといけないと思ったんです」
こんなにも積極的に話しが出来るようになったなんて。
もう人見知りは完全に克服したみたいね。
きっと、すごく勇気を振り絞って頑張ったに違いないわ。
すごいわ、ジョルジュ君。
「僕、勉強していて思ったんです。ゼンボルグ公爵領に入ってくる品がどれも他の領地よりも高いのは、エセールーズ侯爵領のせいなんじゃないかって」
「あら」
いい着眼点ね。
「やっぱり、マリエットローズ様もそう思っていたんですね。エセールーズ侯爵領がゼンボルグ公爵領の船だけ港湾使用料と関税を高くするから、大きく栄えられないんだって。エセールーズ侯爵領とゼンボルグ公爵領で、スパイスの値段が金貨一枚近くも違うだなんて、知ったときには悔しくて悔しくて」
熱の入ったジョルジュ君の言葉に、シャット伯爵がうんうんと大きく頷いている。
ジョルジュ君に跡取りの自覚と勉強の成果が出て嬉しそう。
ただ、お父様が笑顔だけど内心を隠すように感情を消しているのは何故かしら?
「その高い港湾使用料も関税も、ゼンボルグ王国がオルレアーナ王国に武力で併呑された時の、古い時代の取り決めだそうじゃないですか。そんなのを盾にいつまでも無駄に高く支払わないといけないのは、納得いかないと思いませんか?」
「とても思います」
そう、戦後、肥沃な穀倉地帯と魔石鉱山があったエセールーズ地方を召し上げられ、さらに反抗する力を付けられないようにと、ゼンボルグ公爵領と隣接する各領地と、関税その他で不利な条件の取り決めをされた。
その不利益を、今も
それも今は昔と、今はオルレアーナ王国の一員なのだからと、徐々に条件を緩和されて、扱いが他の貴族と同じになっていっていたなら、まだ納得出来る。
でも。
『根気強く交渉は続けている。しかし、ならば港湾使用料や関税を下げる分だけの対価を差し出せと突っぱねられるか、より理不尽な要求をされるばかりでね。王家が一言言って下されば、状況は大きく改善するはずだが、それもない』
同じことを感じてお父様に尋ねたことがあったけど、これがその時の返答だった。
未だ、六十年以上、七十年近くも前の決まり事を変えようとしない。
「本来なら一時的な措置に過ぎなかったはずが、もはや古参の貴族達にとっては享受して当然の利権になってしまっていて、今更、誰も手放す気がないのでしょう」
これはゼンボルグ公爵領の貴族としても、領民としても、納得出来ない話だ。
そして、ゼンボルグ公爵領を世界の果てだ、貧乏人だ田舎者だと馬鹿にして下に見ることで、そんなゼンボルグ公爵領には何をしてもいい、くらいにしか思っていないに違いない。
ううん、むしろ積極的にそういう扱いをすることで、不平等な条件の取り決めをそのままにして利権を享受する免罪符に……いえ、厚顔なことに本人達に正当化すべき罪の意識なんてないだろうから、当然の権利と思い込んで思考停止してしまっているのよ。
「だから大型船の建造なんですね、マリエットローズ様」
「はい。そのための直通航路、そして目指せ新大陸、です」
ジョルジュ君に、我が意を得たりと頷く。
理解してくれて嬉しいわ。
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