98 ジョルジュ君からの手紙
◆
料理店と特産品の供給網、職業訓練学校設立などについて、お父様とさらに詰めた話をして、部屋へと戻ってくる。
日は西に大きく傾いて、空は茜色に染まり始めていた。
これにて、本日の私のスケジュールはおしまいだ。
今日もよく動いて、よく働いたわ。
「あふぅ……」
ソファーに座って身体を預けると、急に瞼が重たくなってくる。
今日は初めての馬術と剣術の稽古があったから、いつも以上に体力を使ったものね。
子供の身体って、突然電池が切れたみたいに動かなくなって、眠気を感じるとあっという間に寝てしまうから。
「お夕食の時間まで少しお休みなさいますか?」
「いいわ、平気よ」
即、寝落ちしなかったから大丈夫。
ダンスのレッスンがある日も、たまにこうなるし。
もしこれにダンスのレッスンまで重なったら、さすがに体力を使いすぎよね。
でもそこは多分、そうならないようにスケジュールが組まれていると思うけど。
「では馬術と剣術のお稽古がある日は、途中で少しお昼寝の時間を取りましょう」
お願いしてきますと、エマが部屋を出て行くのを見送って、少しだけ瞼を閉じる。
ほんの少し、うとうととしてしまったのか、ドアが開く音で目を開けると、もうエマが戻って来ていた。
「お嬢様、お手紙が届いていました」
「あら、誰から?」
エマから受け取って宛て名を見る。
「あ、ジョルジュ君からね」
シャット伯爵に招待されて帆船に乗せて貰った後から、たまにジョルジュ君から手紙が来るようになった。
書いてあることは……。
家庭教師に頼んで、もっと広く色々な勉強を始めたとか。
領地経営の勉強も始めたとか。
シャット伯爵に付いて視察に行くことが増えたとか。
色んな人に積極的に話を聞くようになったとか。
主に報告ね。
特に色んな人に積極的に話を聞くようになったなんて、人見知りを克服して頑張っているみたい。
なんだか弟の成長を見ているみたいで、お姉さん、ほっこりしちゃうわ。
外見は、ジョルジュ君の方が二歳年上だけど。
中身の年齢差を考えると息子――断じて孫ではない!――だろうって突っ込みはなしで。
「今回は、どんなことが書いてあるのかしらね」
封蝋はすでに開いていて、お父様のチェックが入った後みたい。
最初は、娘宛の手紙を勝手に読む父親ってどうなのって抗議したけど。
色々な貴族のやり口を知っている公爵としては、用心してチェックを欠かすわけにはいかないそうなの。
私、色々やっているからね。
お父様には苦労をかけてしまうわ。
それはさておき、手紙を取り出して読む。
「ふむふむ、今回は建造中の帆船についてね。シャット伯爵と一緒に視察に行ったそうよ。建造は順調みたい。やっぱりクレーンを設置したのが大きいみたいで、台車と運搬車も活躍していると書いてあるわ」
「そんな報告書を読むみたいに……」
「え? ああ、報告ばかりじゃないわよ。自分も積極的に意見して、領地のために頑張っているって」
「いえ、ですから……」
「そうよね、今どのくらいまで建造が進んでいるか、エマも気になるわよね。また視察に行きたいわ。そうなると、お父様の視察のスケジュールを確認して、時間を取れるようお願いをしないと」
「いえ、そうではなく、それは帆船でお嬢様の興味を惹いた上で、自分に会いに来て欲しいとの遠回しな……」
「え? 何?」
ボソボソと小さい声でエマが何か呟くから、よく聞き取れなかったわ。
「いえ、なんでもありません」
なんでもないなら、どうして溜息を吐くのかしら?
「お返事はどうなさいますか?」
「そうね。夕食の前に書いてしまいましょうか」
エマがレターセットと羽ペンとインクを持って来てくれる。
「私も馬術と剣術の稽古を始めましたって近況報告と一緒に、職業訓練学校のアイデアをお父様と話し合ったことも伝えておこうかしら」
シャット伯爵の興味を惹ければ、思いの外早く動いて貰えるかも知れないもの。
何より、お勉強は大変だけど、お互い励まし合い切磋琢磨していける、いい関係を築いていきたいものね。
「私もジョルジュ君に追い抜かれないよう、頑張らないと」
「追い抜かれるどころか、さらに引き離しに掛かっているとしか……」
さっきからエマが遠い目をしてボソボソと独り言を言っているけど、なんなのかしら?
「はい、エマお願い」
手早く書き上げた手紙を封蝋で封をして、エマに預ける。
「承りました。係の者に預けてきます」
「ええ、お願いね」
早速手紙を預けに行ってくれるエマを見送る。
視察の件、夕食の時お父様に切り出してみよう。
どこまで大型船が出来上がっているのか、とっても楽しみね!
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