76 ゼンボルグ公爵家と王家

「いかがでしょう、陛下、王妃殿下」


 リシャールは微笑みの中にも揺るがぬ自信を見せて、謁見の間で玉座に向かって問いかけた。


「これほどの品をまた開発したと申すのか……!」

「マリエットローズ式ランプを戴いたのが、まだ数ヶ月前のこと……とても信じられません」


 そう驚きの声を上げたのは、オルレアーナ王国国王ジョセフ・ラ・ド・オルレアーナ、そして身重の王妃シャルロット・ラ・ド・オルレアーナだった。

 声こそ上げなかったものの、宰相であるランスース伯爵家三男、ボドワン・ラ・ド・バンズビュールも、静かに瞠目する。


 彼らの前に並べられたのは、マリエットローズが開発した、冷蔵庫、空調機、コンロ、ドライヤー、これらに加えてバロー卿が開発した魔道具が、合わせて十数タイプ。

 どれもこれもが既存にない、また既存の魔道具の数歩先を行く、マリエットローズ式シリーズとでも呼ぶべき、魔道具の数々だった。


 ちなみに、現物を持ち込めない大型設備となる魔道具については、書類のみで提出されている。


「我がゼンボルグ公爵家では、魔道具の歴史を塗り替えんと、現在魔道具開発に力を注いでおりますので」


 大胆にも国王の前で『魔道具の歴史を塗り替える』と豪語する。

 しかし、その不敵とも思えるリシャールの微笑みに、反論の余地などなかった。


「……公のところでは、バロー卿は思うさま辣腕を振るっているようだな」


 ジョセフが辛うじて、そう答えるのでいっぱいだった。


 その国王の言葉に、リシャールは不敵な笑みを崩さなかった。

 バロー卿が開発した物ばかりだと思っていることを察し、否定もしなければ肯定もしない。


 代わりに。


「バロー卿は他家では随分と苦労した様子。しかし我が公爵家では笑顔が絶えず、楽しげに魔道具を開発しております」


 他家と違って自分達には、バロー卿の采配に任せ、自由に魔道具の研究開発をさせるだけの度量がある、と暗に示す。


 そのリシャールの言葉に、ボドワンはわずかに眉をひそめた。

 眉をひそめたが、口は開かない。


 さらに深読みするのであれば、一流の魔道具師であるバロー卿の才能を生かす度量も才能も持ち合わせていないようなオルレアーナ王家の臣下でいては、魔道具の発展が停滞させられていたのと同様に、ゼンボルグ王家であったゼンボルグ公爵家と公爵領の発展すら阻害されてしまうため、もはや臣下として従う意味がない。

 そう、皮肉ったとも取れる。


 しかし、自分達が、かつてゼンボルグ王家であったゼンボルグ公爵家およびゼンボルグ公爵派の貴族達を、未だに特別危険視している故の深読みしすぎかも知れない。

 そう、判断に迷ったからだ。


 何故なら、これまでリシャールは臣下としての礼節を守り、一度として叛意はんいを見せたことがない。

 裏を探らせても、危険な兆候は何一つ見られなかった。


 ならばいい加減、ゼンボルグ公爵家を信じて重用すればいいのだが、常に最悪の状況を想定し備えておくべき宰相の立場として、そう踏み切ることが出来なかったのだ。


 同様の思いを抱いたジョセフも、『そうか』と一言述べるに留めた。


 リシャールには深読みされたような意図などなかったが、別の意図はあった。

 愛娘のマリエットローズの真の才能を悟られないようにすることはもちろん、今後の王家の出方を探っていたのだ。


 これほどの魔道具を開発したとなれば、挑発などしなくても、魔石および特許利権貴族達が黙っていないのは確実。

 どのような妨害工作に出てくるか。

 もしかしたら、ジョセフを始めとした王族によからぬことを吹き込むかも知れない。

 もしそうなった場合、果たしてそれをどれほど退けてくれるのか。


 そこが重要だった。


 何十年経とうと、未だにオルレアーナ王家も王国貴族も、ゼンボルグ公爵派を同じ王国貴族として認めて受け入れようとしない。

 中には、明らかに敵国と見なしている古参の貴族達までいる。


 敗者として大人しく勝者に従ってきたが、いつまでもそれでは、ほとほと愛想も尽きると言うもの。

 だから、出方を探るような真似をしても無理からぬことだろう。


 当然、リシャールもジョセフも、お互いにそのような内心はおくびにも出さなかったが。


「いずれ、素晴らしい魔道具ばかりだ。後ほど使いの者をやる故、はからえ」

「畏まりました、陛下」


 リシャールはうやうやしく臣下の礼をする。

 売買契約の成立だった。



◆◆◆



「黙認を続けた甲斐があり、ようやくスパイスもろくに買えん程に力を削がれたのかと思いきや、まさかその資金を魔道具開発に投入していたとはな」


 リシャールが謁見の間から退室した後、わずかの間を置いて、ジョセフは国王の威厳を引っ込めると、友人たるボドワンに素顔を見せ、面倒臭そうに溜息を吐いた。


「よろしかったのですか陛下」

「ゼンボルグ公爵家に力を付けさせるのは危うい。しかしこれほどの、目を見張るばかりの魔道具の数々だ。知ってしまえば、手に入れたくもなるだろう。かといって、今全てを取り上げるのは時期尚早だ」

かの者達賢雅会が黙っているとも思えませんが」


 だからこそ、ジョセフは面倒臭い溜息を吐いたのだった。


「あやつらも、最近は調子に乗っているからな。いい薬になるだろう。これ以上儲けさせて力を付けさせるのは面白くない」

「だとすれば、いささか不安はありますが、ゼンボルグ公爵家に多少の便宜を示しますか」

「ああ。恐らくはこの事態を見越してのことだろうが、貢献もあったことだ。その見返りくらいはくれてやる」


 大きな声では言えないが、王妃の懐妊による心労の軽減はとても大きかったのだ。

 ジョセフなりにシャルロットを愛していたので、周囲の雑音を遠ざけられ、シャルロットに笑顔が戻りギクシャクしていた夫婦仲も改善されて、安堵すら覚えていた。


 かといってこのままゼンボルグ公爵家に大きな借りを作ったままでは、いささか以上に具合が悪い。


 だからここで便宜を図り、貸し借りなしとする。

 それが肝要だった。


 とはいえ、ゼンボルグ公爵の思惑通りに動かされては面白くないのも事実。


「それであやつらが逆上して、互いに争い、力を削ぎ合ってくれれば言うことなしだ」


 それも、言外には、ゼンボルグ公爵家が今後も有用で目を見張る魔道具を開発し、献上し続ける間は、との注釈があったが。


 新たな魔道具が生まれなくなれば、便宜を図る意味もない。

 なんなら、ゼンボルグ公爵家と賢雅会の貴族達の争いを口実に、様々な利権を取り上げ、また制限して力を削ぎ、特許法を廃止することも視野に入れていた。

 魔道具がマリエットローズ式の変更機構で新たな時代を迎えた今、特定の貴族家だけが莫大な利権を貪る特許法は、王家にとってより一層邪魔にしかならないのだ。


 そして、争いを理由に再び王家が全ての魔道具を管理すればいい。

 そう目論もくろむ。


 申請された特許の書類と現物があれば、独自に生産出来るのだから。


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