75 ゼンボルグ公爵vs賢雅会の特許利権貴族達 2

「馬鹿な!!」

「あり得ない!!」


 もはや何に驚いているのか自分でも分からない程に動揺する、エセールーズ侯爵とブレイスト伯爵だったが、エセールーズ侯爵は咄嗟にこの数ヶ月の間に調べさせた一つの情報に思い至っていた。


「さてはバロー卿の開発した魔道具を娘の名で登録しているな!?」

「なるほど、それならば合点がいく!」


 オーバン・バローは、魔道具開発で一代限りとは言え男爵位をたまわった、その道で知らぬ者などいない天才魔道具師である。

 一つ所に居着かず、後援する貴族を転々と変えるそのバロー卿がここ数年、ゼンボルグ公爵家に雇われて居着いているとの情報を掴んでいたのだ。


 そうであれば、マリエットローズ式の三つの変更機構もバロー卿が開発し、それを買い取るか奪い取るかして、親バカを発揮して娘の名で登録したと、同様の情報を掴んでいたブレイスト伯爵もすぐに悟った。


 だからエセールーズ侯爵もブレイスト伯爵も、卑劣な真似をしてと、自らのこれまでの行いを棚に上げて、糾弾するように睨み付ける。


「あっはっはっはっはっ!」


 たまらず、リシャールは大笑いしていた。

 そう、目を剥いて叫んだエセールーズ侯爵とブレイスト伯爵の盛大な勘違いに、笑わずにはいられなかったのだ。


 さらに、後ろに控えていた侍従や護衛の騎士達までもが、必死に笑いを噛み殺すことに苦心して、誰もが失敗していた。


「なっ、何がおかしい!」

「無礼な!」


 エセールーズ侯爵とブレイスト伯爵の激昂を、公爵らしく余裕の涼しい顔で受け流して、二人が握り潰さんばかりに掴んでいる書類に目を向ける。


「何がも何も、それらの書類の登録者を全て調べるといい」


 勝者の余裕を漂わせるリシャールの態度が癇に障ったが、一種の不気味さを感じて、エセールーズ侯爵とブレイスト伯爵は全ての書類の登録者の名を改める。


「な、に……!?」


 たった数枚だが、バロー卿の名前での登録があった。


 特にエセールーズ侯爵が目を見開いたのがライトスタンドだ。

 それはランプともランタンとも違う、卓上の設置型に限定されているものの、アームが稼働して明かりが照らす位置を自在に変えられる、画期的な発想の照明器具だった。

 マリエットローズの前世の知識で言う所の、卓上で使う電気スタンドだ。


 当然、発想のヒントはマリエットローズとの会話であり、バロー卿が電気スタンドに近い発想を生み出したことで、マリエットローズが相談に乗った結果生み出された魔道具である。


 言うまでもないことだが、マリエットローズ式の変更機構も組み込まれていて、特許使用料の支払い契約も正しく行われていた。


 リシャールは、何度も何度も書類を改めるエセールーズ侯爵とブレイスト伯爵に、まるで癇癪を起こした子供に当然のことを諭すように語りかける。


「バロー卿が開発した魔道具は、ちゃんとバロー卿の名で登録しているとも。他者のアイデアを盗まなければ登録する魔道具の一つも作れない、どこかの発想が貧困な貴族達とは違うからね」


 リシャールが遙か高みから言い放った辛辣な揶揄に、エセールーズ侯爵は目の前が真っ赤になり、怒声を上げながら拳を振り上げたい衝動に駆られる。

 しかし、辛うじてそれを押さえ込んだ。

 それをしては、自ら自身の発想が貧困だと認めることであり、さらに言えば、違法に他者の特許を奪い取ってきたことを認めることに他ならなかった。


「ぐぬぬ……おのれ!」

「愚弄しおって……!」


 それはブレイスト伯爵も同様である。

 手の平から血が滲むほどに拳を握り締め、唇を噛みしめていた。


 しかし、言い返したくとも言い返せなかった。

 これほどまでに隔絶した発想の数々を前にしては、何を言っても自ら負け犬であることを認めることに他ならない。


 簡単な魔道具にマリエットローズ式の変更機構を組み込んで、先に登録して特許利権を得ようとするのを妨害する。

 賢雅会の特許利権貴族達が全員で妨害工作に走れば、ゼンボルグ公爵家はろくに特許を登録出来ず、悔しい思いをするだろう。

 その思惑が、いかに浅はかだったか、眼前に突きつけられたのだ。


「もう私の用件は済んだ。持ち込んだ魔道具の特許申請をするといい」


 どこまでも遙か高みから放たれるリシャールの言葉と笑みに、腸が煮えくりかえりそうになる程の屈辱を覚える。


 お前達の考えていることなどお見通しだ。

 その程度のちゃちな魔道具くらい見逃してやる。

 これなら特許権を侵害したなどと、言いがかりも付けられないだろう。


 そう言っているようにしか聞こえなかった。


 事実、リシャールもそういう意図で言った言葉だった。


 ここで難癖を付けられれば、客層が違う、自分達は今よりもっと高性能の魔道具が欲しい王家や上級貴族を相手にターゲットを絞っているのだから、そっちがターゲットにしている簡便な魔道具を欲しい客層とは被っていない、そう答えるつもりだった。


 しかし、エセールーズ侯爵もブレイスト伯爵も何も言い返せず、事務室はしんと静まり返る。


 役人達も縮こまって口をつぐんでいた。

 下手な口を利いて、リシャールは元より、エセールーズ侯爵とブレイスト伯爵の勘気に触れる愚を犯したくなかったからだ。

 しかしそれ以上に、全く新しい発想の魔道具の登録など年に一つもないのに、これほどまでに数多くの、それも目を見張る魔道具を一気に複数、たった一年の間に登録するなど、前代未聞過ぎてその衝撃の方が大きかったのである。


「さて、無事に登録も終わったから、私達はこれで失礼させて戴こう。これから陛下と王妃殿下に、これらの魔道具を献上しなくてはならないからね。そしてすぐに領地へ戻らなくては。王都は遠い。早く娘の顔を見たくてたまらないからね」


 飄々ひょうひょうと言って、リシャールは侍従と護衛の騎士達を従えて出入り口へ向かって歩き出す。

 そして振り返りもせず、苦笑を零した。


「こうしている間にも、また何か新しい魔道具の開発が終わっているかも知れない。いやはや困ったものだね。王都との往復に忙殺されて、これ以上、娘と過ごす時間を減らしたくはないのだが」


 リシャール達が事務所を出てドアを閉じ、一行が特許庁を出ただろう頃。

 エセールーズ侯爵とブレイスト伯爵の言葉にならない怒声が事務所どころか特許庁中に響き渡り、役人達が泣きそうな顔で真っ青になり縮こまったのは言うまでもない。


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