69 賢雅会の特許利権貴族達 3

 『賢雅会』の方針が固まり、それから数ヶ月。

 エセールーズ侯爵は苛立ちを募らせ、御用商人を呼びつけて当たり散らしていた。


「まだあの田舎者の貧乏人ゼンボルグ公爵ごときが作ったランプが手に入らんと言うのか!?」

「ちゅ、注文が殺到し、常に完売状態で生産が全く追い付いていないらしく……」

「馬鹿な! たかがランプだぞ!?」


 ランプ本体は既存のランプを流用可能で、魔法陣も魔法円内のエリアを区切るのは三角形一つだけ。

 つまり、魔法文字の命令文もたった三つしかない。

 ほんの少しの改造の手間でランプ本体に組み込めるため、実に大量生産しやすい魔道具の一つ、それがランプの魔道具だった。


「生産が追い付かないなど、田舎者の貧乏人ゼンボルグ公爵の雇った職人はそれほど無能揃いなのか!?」


 所詮は田舎者の貧乏人ゼンボルグ公爵が魔道具を作ること自体無理があったのだと、さげすむと同時に納得する。

 しかしそんなエセールーズ侯爵に、御用商人は冷や汗を拭きながら事実を告げた。


「マリエットローズ式ランプには、『マリエットローズ式出力変更機構』と『マリエットローズ式命令変更機構』が組み込まれています。ですから、生産に時間が掛かるのは無理からぬ話かと――」

「儂の前でその名を出すな!!」

「――っ!? も、申し訳ございません閣下!」


 怒声と共に拳を執務机へドゴンと乱暴に叩き付ける音が大きく響いて、御用商人は身を小さくして震え上がる。

 しかし、ランプ一つ手に入れられない無能の烙印を押され、取引を一方的に打ち切られる危険を回避するためにも、主張すべきは主張しなくてはならなかった。


「そ、それら機構のこともありますが、問題はデザインなのです」

「なんだと!?」

「かのランプの斬新かつ前衛的なデザインが特にご婦人方に大人気で、皆様、独自のデザインの物を欲しがり、今や、どれだけ他の方々と違ったデザインの、かのランプを持っているかがステータスとなっているようでして。お茶会でもその話題でもちきりだとか」


 その話は、エセールーズ侯爵も侯爵夫人から苦々しい八つ当たり混じりで聞かされていた。

 それだけに、御用商人が出任せの言い逃れをしてるわけではないと分かって、御用商人の目論見通り、怒り任せに責任の追及をしたくとも出来なくなってしまった。


「希望やインテリアに合わせ、ほぼ一からデザインを作り上げる必要があるため、やはり生産に時間が掛かるのも無理からぬ話かと。その希少性がまた購買意欲を駆り立て、手に入れた者の自尊心を満たすようで、その人気の高まりは天井知らずとなっております」

「ぐぬぬ、おのれ……!」


 前世の現代の記憶を持つマリエットローズにしてみれば、古めかしいアンティークなデザインばかりのランプだが、この世界においては、流行の最先端を行くデザインのランプだったのだ。

 当然、エセールーズ侯爵も職人に命じて常に流行を生み出させ、自領で生産するランプに流行の最先端を走らせてきた。


 それが一夜にして、文字通り時代遅れのデザインとされてしまったのだ。


 職人に命じてそれ以上のデザインの物を作らせたくとも、現物が手に入らないではさすがの職人達も新たなデザインを生み出しようがない。

 そもそも、エセールーズ侯爵もまだその斬新で前衛的なデザインを目にしたことはないのだ。

 それで職人達を怒鳴りつけたところで、勝るデザインを生み出せるはずがない。


 さらに、マリエットローズ式の三つの変更機構を研究させたくとも出来ず、同じコンセプトで同様の機構を作らせようとしても、参考となる現物がなければ、その開発も遅々として進んでいなかった。


 結果、エセールーズ侯爵が持つ特許のランプの販売数は、もはや風前の灯火なのだ。


 とはいえ、魔道具のランプ一つの売り上げが落ちたところで、エセールーズ侯爵家の財政が揺らぐことはない。

 これまで散々、魔石利権と特許の横取りなどで溜め込んできた財から見れば、その程度、はした金に等しい。


 しかし、収益の悪化は数字として残る。

 それが許せなかった。


「この儂に、わざと売らずにいるな……!」

「恐らく、その通りかと」


 正攻法での対策、『賢雅会』で決まった方針が見透かされており、その対策を打たれていると歯がみする。


 マリエットローズにしてみれば、これまでの意趣返しで売らない、虐げられてきた職人と魔道具師のために意趣返しをしてやりたい、それ以上でもそれ以下でもないのだが。


 エセールーズ侯爵の言う通り、『賢雅会』で決まった方針を見透かし対策を打ったのはゼンボルグ公爵である。


 当然、『賢雅会』の他の特許利権貴族達も同様の歯がみをしている。

 このまま無駄に時間を浪費すれば、マリエットローズ式の三つの変更機構を組み込みやすい他の魔道具すら特許を奪われてしまいかねなかった。


「買い付けた下級貴族か弱小商会から脅してでも奪ってこい!」

「は、はっ! 畏まりました」


 御用商人はエセールーズ侯爵の勘気に触れないためにも、そのような商人としては横紙破りの真似でも、是とするしかなかった。



 そしてこれと同様のやり取りを、『賢雅会』の他の特許利権貴族達もまた行っていたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る