70 販売は順調です


「皆さん、新しいランプの予約が殺到しています」

「「「「「おおーー」」」」」


 屋敷の敷地外にある離れのような小さな屋敷。

 小さいと言っても普段生活している屋敷と比べてって意味で、二階建てで部屋数も十室以上ある十分大きな屋敷だけど、これを丸々全部、私の魔道具開発のための研究棟および私の商会の本部として、お父様が正式に態勢を整えてくれた。


 今、その研究棟の元客室の会議室に、私をトップとする開発チームの九人プラス一人が集まっている。

 プラス一人は言わずもがな、アドバイザーのオーバン先生ね。

 その合計十人の前で、私は遂に始動した私の商会、ブルーローズ商会――お母様提案のピンクキュートエンジェル商会から紆余曲折を経て決定。お母様のネーミングセンスについてはノーコメントで――から上がってきた報告を伝える。


「もちろん優先販売するのは、爵位を問わずゼンボルグ公爵派の貴族達です」


 これは意趣返しだから。

 これまで、ゼンボルグ公爵領は、古参の貴族達から、田舎者だ貧乏だと散々馬鹿にされてきた。


 しかも魔道具の流通、販売も、まず王国中央や有力貴族の領地はいいとして、辺境でも他の領地が先で、ゼンボルグ公爵領は最後の最後に回されている。

 これは、魔道具に限らず、様々な品から流行から、とにかくジャンルや内容を問わず、ほとんど全てがそうだった。


 だから今度は、ゼンボルグ公爵領を最優先にする、ただそれだけのこと。

 だって、未だに従来の魔道具のランプすら、公爵であるお父様や、中央と太いパイプと財力を持つ貴族数人しか、手に入れられていないんだから。


 ブルーローズ商会に調査して貰ったところ、ゼンボルグ公爵領以外の領地では、よほど貧乏でもない限り、男爵家や騎士爵家ですら購入済みなのに。


 もしこのまま何もしなければ、ゼンボルグ公爵領に魔道具のランプが普及するのは早くてもまだ何年も先で、それも中央その他で需要を満たして、流行遅れや型落ち品が、在庫処分で回されてくるのを待たないといけない。

 そんな扱いをされて、大人しくしている義理はないわよね。


「王国中央の、特に王家と縁が深い公爵家や侯爵家など、ごく一部の貴族にも売る手はずになっていましたが……言い訳をして売り渋り、価値を高める作戦に出るまでもなく、特注デザインの依頼もあって生産が追い付かないくらいです」

「「「「「おおーー」」」」」


「さらに言うと、特許利権貴族に売るのは、最後の最後まで後回しにして良いと、お父様から許可を戴いています」

「「「「「おおぉっ!」」」」」


 さっき以上に反応がいいわね、みんな。

 特に、他領からスカウトしてきた魔道具師と職人さん達が。

 だって、その特許利権貴族達に、酷い目に遭わされたんだものね。


「王妃様ご懐妊の報と一緒に噂が広まり、私達のランプを王妃様がいたく気に入って下さって積極的に宣伝して下さっているようなので、これからもしばらく品薄状態が続くでしょう」


 同じく女性用の下着も、とは言わない。

 だって、六歳でも淑女ですから。


 ちなみに、私が作った明るさと色を調整出来る機構を入れたランプは、とても恥ずかしくて私の口からは出せないことに、マリエットローズ式ランプと呼ばれている。

 そう呼ぶようにお父様が広めたから。


 魔石および魔道具の特許利権貴族達を挑発してしまうことになるけど……。


 お父様と私は、魔道具の件に関しては、それら利権貴族とは全面対決する方針に決めたの。


 だって自分達が利益を独占するために特許法を作っただけならまだしも、それを悪用して他人の特許を奪ったり、工房を潰したり、実害が出ているんだもの。

 それも、その被害者と家族が少なくとも三百人以上。


 それに多分、こちらが対立しないよう配慮したとしても、向こうから問答無用で潰しに掛かってくるだろうことは確実。

 だったら、私達が遠慮して相手の顔色を窺う必要なんてないわよね。

 こうして集まってくれた魔道具師や職人達のためにも、そんな奴らをのさばらせておく理由は欠片もないわ。


 さらに言うと、特許利権貴族達を挑発する要素がもう一つあるの。


 魔石からエネルギーを引き出す供給文様の数を変えて出力を調整する機構、および命令文を変えて効果を変更する機構、これらは考案者の私の名前を取って、『マリエットローズ式出力変更機構』、『マリエットローズ式命令変更機構』と、お父様が特許出願するときに命名していたらしいのよ。

 さらに、まだ実装していないけど、接続文様を変えて効果を変更する機構、『マリエットローズ式接続変更機構』もね。


 お父様曰く。


『マリーの身が危うくなる危険があるから悩んだが、この機構はどれも歴史に名を残すに値する大発明だ。私は娘の名前を、ただゼンボルグ公爵令嬢だからと言うだけでなく、その功績を以てして残したかったんだよ。何より、これを考案したマリーに利権があることを示し、マリーの個人的な資産として特許使用料を受け取るべきだと思ったからね』


 と言うことらしいわ。


 正直、それを最初に聞いた時は、顔から火が出るかと思ったわよ。

 だって、自分の名前が付くなんて、前世でもなかった経験なんだもの。

 名誉なことだと思うけど、恥ずかしいでしょう。


「そういうわけですから、特許利権貴族達に、『特許はあなた達が独占していい物でも、されるべき物でもない。あまねく魔道具師、職人達に特許と権利が与えられてしかるべきである』と分からせるために、今後も次々と魔道具を開発していきたいと思います」


 みんな力強く頷いてくれる。

 ちゃんと自分達の手で、一矢報いたいに決まっているものね。


「開発するのは、当然、出力変更機構と命令変更機構と接続変更機構――」

「『マリエットローズ式出力変更機構』と『マリエットローズ式命令変更機構』と『マリエットローズ式接続変更機構』じゃな。のう、マリエットローズ君」


 ぐぬぬ……オーバン先生ったらニヤニヤと、わざと私が省略したのに、わざわざ言うなんて。


 自分で自分の名前が付いた機構を言うなんて、恥ずかし過ぎるでしょう。

 もう、顔が熱くて火が出そう!


 みんなも、微笑ましいものを見るような温かい眼差しで見るのは止めて。


「コホン、当然、今オーバン先生が言った機構を組み込んだ魔道具にします」

「それでお嬢様、どんな魔道具にするのか、決まっているのかな?」


 空気を変えるようにクロードさんが質問してくる。


 恥ずかしがる私を気遣ってくれたのね。

 クロードさん好き!


 その無理に堪えたわずかな口元のニヨニヨさえなければ、大好きって言ってあげたのに、チャンスを逃して残念ね。


 気を取り直して、そんなクロードさんと他のみんなの顔をぐるっと見回してから、指を四本立てて突き出した。


「考えている魔道具は四つです」


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