68 賢雅会の特許利権貴族達 2

「これだから戦馬鹿は困るのぉ」

「なんだと、口を慎めディジェー子爵。我がブレイスト伯爵家と事を構えたいか」

「おお、怖い怖い」


 直情的な発言が目立つブレイスト伯爵だが、実際には武力を脅しとして使っているだけで、本気で貴族間で戦争を望むような短絡的な男ではないことは、すでに誰もが知っていた。


 オルレアーナ王国がヴァンブルグ帝国と東で国境を接して不可侵条約を締結してからはめっきり戦争が減り、武門の家系としてのブレイスト伯爵家の価値が下がり存在意義が薄れてきていることに危機意識を抱き、戦争を望んでいるのは確かである。

 しかしそれは外敵に向けられるものであって、オルレアーナ王国内に向けられるものではなかった。


「臣下同士で争い合い、陛下の宸襟しんきんを悩まし奉るのはいかがなものかのぉ?」

「それは――」


 ブレイスト伯爵は反論を口にしようとするが、すぐに口をつぐむ。


「――そうだな」


 そして納得したかのように頷いた。


 ここで不用意に反論しては、ディジェー子爵家とは事を構えるつもりはないがゼンボルグ公爵家とは事を構えるつもりがある、つまり、ブレイスト伯爵家はゼンボルグ公爵家を外敵と見なしている、そう受け止められかねない失言となってしまう。

 そんな失言をしては、武門の力をうとましく思い、魔石と特許利権を羨み、虎視眈々とブレイスト伯爵家の失脚を狙う貴族家に、容易に足を掬われかねない。


 ましてや事を構える準備を何もしていないまま、いたずらにゼンボルグ公爵家を刺激してしまうだろう。

 さらにたちが悪いことに、同じ『賢雅会』の貴族達ですら心からの信頼など出来ず、ブレイスト伯爵家が持つ特許権を奪わんと、これ幸いに裏であの手この手で余計な工作をして追い詰めてくるに決まっている。


 だからこそ、続きの言葉を飲み込んだのだった。


 ブレイスト伯爵とて、たとえ田舎者だろうが貧乏人だろうが、ゼンボルグ公爵領全ての貴族家を相手に、ブレイスト伯爵家だけで戦い抜けるなどと驕り高ぶってはいない。

 他の『賢雅会』の貴族家の賛同が得られないのであれば、積極的に戦端を開くつもりはなかった。


 しかしこのブレイスト伯爵の態度は、そのまま『賢雅会』の対応に結論を出したも同然だった。


 総括するように、マルゼー侯爵が重々しく告げる。


「つまり、今回ばかりは正攻法で対処するしかあるまい」

「チッ」


 苦々しく舌打ちするエセールーズ侯爵だが、異を唱えることはなかった。


「仕方ないのぉ」

「それが結論であれば、そうするしかない」


 ディジェー子爵とブレイスト伯爵も不承不承だが承知する。


 これで『賢雅会』の方針は固まった。


「儂はあの田舎者に特許使用料を支払うなどごめんだ。圧力をかけ、誰にも買わせぬようにしてやればいい」

「事がランプ一つで済むならな」


 マルゼー侯爵の反論に、またしてもエセールーズ侯爵は舌打ちしそうになる。


「そうさのぉ。あれらの技術は、名前こそ親バカ丸出しであるものの、おおよそどのような魔道具にも応用が利く程に有用じゃからな。に喧嘩を売るためだけにランプ一つで済ませる、などと甘く見ん方がええじゃろうな。ワシは早々に送風機にでも組み込むとするかの」

「そうだな。自分達全員に喧嘩を売ってくるつもりだろう。たとえそのつもりがなかったとしても、結果そうなっていると知らしめるためにも、自分も保冷箱を始めとした魔道具に採用するとしよう」


 ディジェー子爵領の魔石鉱山からは、主に土属性と風属性が多く産出するため、送風機、拳銃、大砲の魔道具の特許が多い。

 拳銃、大砲の改良となれば、非常に時間が掛かる上に、魔道具兵器であるためそれらに着手すると王家にいらぬ疑念を持たれかねなかった。


 そのため、仕様と製作が簡単であるため確実にゼンボルグ公爵家がランプの次に手を出すだろう魔道具の一つである送風機を、先手を打って改良し変更機構を組み込んで登録することこそが、ゼンボルグ公爵家の企みを挫くに一番早道の方法だった。


 ブレイスト伯爵も同様の結論に至っていた。


 ブレイスト伯爵領の魔石鉱山からは、主に水属性が多く産出するため、水筒、保冷箱の魔道具の特許が多い。

 水筒で出てくる水量を変化させることにそれほど意味があるとは思えず、また携帯性を悪くするため避け、送風機同様の理由で保冷箱改良の有用性は高いため、先手を打って保冷箱を改良し登録することに決めた。


「私もまず暖房の改良に着手しよう。画期的な仕組みを考案したようだが、同時に複数の魔道具を改良して特許を申請する余裕はないだろう。もう一つくらい登録してくるかも知れないが、こうも複数同時に先手を打たれては、全てに対処は出来んだろう」


 マルゼー侯爵の魔石鉱山からは、主に火属性と闇属性が多く産出するため、トーチ、暖房、拳銃、大砲の魔道具の特許が多い。

 拳銃、大砲に着手しない理由は、ディジェー子爵と同様である。


 トーチは油を用いたランプに火を付けるためのライターのような小さな物から、篝火かがりびかまど、暖炉などの焚き付けのために火力が大きな物まで多数あるが、一つで全てを兼ねるには、変更機構を組み込むことで大型になり、手に持って使うには不便になる。

 用途ごとにサイズが違う方が便利な魔道具だと認識していた。

 だから、まず暖炉である。


「チッ、それでは根本的な対策にはならんだろう!」

「なんじゃ、自分の所のランプを取られてすぐに先手を打てる魔道具がないことをひがまれてものぉ」

「なんだと貴様!」

「よさんか二人とも」


 一喝して、マルゼー侯爵が大きく溜息を吐く。


「エセールーズ侯爵も何か一つ魔道具を改良し新規に登録しておけ。特許使用料を払うのも最初だけだ。すぐにゼンボルグ公爵家の魔道具は売れなくなる」


 反射的に反論しかけたエセールーズ侯爵だが、即座にその意図を察する。


 一度、変更機構を組み込んだ魔道具を作って登録し、その後、その変更機構を改良。

 それぞれ『エセールーズ式~』、『マルゼー式~』、『ブレイスト式~』、『ディジェー式~』として登録してしまえばいいのだ。

 そうすれば、もうゼンボルグ公爵家に特許使用料は支払わずに済む。

 その上で他の貴族家に圧力をかけて、ゼンボルグ公爵家の魔道具を買わないように仕向ければいい。


 ゼンボルグ公爵家は新しい魔道具に手を出せば出すほど、後日大量の不良在庫を抱えることになり、財政が圧迫されることになる。

 抗議してきても、のらりくらりとかわしてやればいい。


 それでも魔道具を売ろうとすれば、自分達の新式の変更機構の特許侵害だと難癖を付けて、多額の賠償金を分捕るのでもいい。


 たとえ正攻法でも、手の打ちようはいくらでもあった。


 ただ、それまでには少なくない期間が必要で、その間に、ゼンボルグ公爵家に大きな顔をさせて儲けさせてしまう、それが業腹で素直に納得しかねるのだが。


「いずれにせよ、我ら『賢雅会』の利権に手を出してきたのだ。相応の報いは受けさせよう」


 マルゼー侯爵が重々しく告げると、全員が確固たる態度で頷いたのだった。


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