53 羅針儀の創意工夫
「六分儀の話から、時計やら星表やら月行表やら、他にも随分色々と作る話になったけど、もう一つ、羅針盤も作りたいと言う話だったね」
「はいパパ、
「羅針盤より複雑な機構を持つ、羅針儀?」
「どんなに船が揺れ動いてかたむいても、常に水平をいじし続ける
羅針盤は言わずと知れた方位磁針のことだけど、その歴史は結構古い。
古代の中国では、木片の上に磁力を帯びた釘を乗せて、桶の水に浮かべて使っていたそうだから。
つまり、水の上だろうが、尖った針の上にバランスを取って乗せようが、基本的な構造は単純で、方位磁針を水平に保って使わないと駄目なことには変わりがない。
この世界で使われている羅針盤もそれは同じ。
そこで、その水平じゃないと使えないと言う問題を解決した、少し複雑な構造を持つ羅針儀を作ってしまおうと思う。
「
ジンバルを簡単に説明するなら、ジャイロと言えば分かりやすいかな?
回転するコマの周りに、二つとか三つとかリングが付いていて、斜めにしようがどうしようが、周りのリングだけがグルグル回って動いて、中心の回転するコマはジャイロ効果で垂直の姿勢を維持したままになる奴。
あれの回転するコマの部分を羅針盤にして水平を保つようにしておけば、どんなに大嵐の中で船が揺れ動いても、常に北を指し続けてくれるようになる。
機械的に回転させ続けるジャイロコンパスは詳しい機構が分からなくて作れないから、作るなら普通に磁石を使った磁気コンパスになるけど。
記憶違いでなかったらだけど、確か似たような道具を、日本中を歩いて測量して回った
「どんなに船が揺れ動いて傾いても、常に水平を維持し続ける羅針盤……本当にそんな物が可能なのか? いや、マリーの言うことだ、きっと可能なのだろうな」
「これは、実物を作ってみないことには、本当にそうなるのかイメージしにくいと思いますけど……」
「そうだな。まずは一度作ってみよう。もしその羅針儀が本当にマリーの言うような性能を発揮するのなら、これはすごい発明になる。嵐の中でも方位を見失わないことになるのだからね」
そう、そのために有用だと思ったから、羅針儀を作りたかったの。
その上で、その羅針儀を支える土台には、方位を反時計回りに記した物も付けておきたい。
普通、方位は時計回りに北東南西の順番に書かれているけど、これを江戸時代の日本が使っていた羅針盤みたいに、反時計回りに北東南西と書いておくの。
これ、とても面白い工夫なのよ。
なんと、その土台に書かれている北を常に船の
どういうことかと言うと、普通の羅針盤を使って東に船が進んで行く場合、針は北を指しているから、船の進行方向に対して左に針が向いていることになる。
だから『針が左を向いていてこっちが北になるから、今船は東に向かって進んでいるんだな』って、頭の中で一度向きを整理して理解する必要があるわけね。
でも、もし土台に反時計回りに北東南西が書いてあれば、土台に書かれた北は船の進行方向の東を向いているから、針が指し示す北には土台に書かれた東が来ることになる。
つまり針が土台に書かれた東の文字を指し示しているから、一目で船が東に進んでいるって分かるようになって、いちいち頭の中で向きを整理して理解する手間が省けるようになるの。
これって、すごく便利よね?
だってどんな不測の事態が起きて慌てていても、頭の中で整理して理解するのが苦手な人でも、誰でも一目で進行方向が理解出来るんだから。
先人のこういう創意工夫って本当に頭が下がるわ。
「なるほど、実に面白い工夫だ」
ほとほと感心したように呟いて、お父様が頭を優しく撫でてくれる。
「マリーの頭の中には、本当にどれほどの知識と発想が詰まっているのだろう」
どれもこれも私が考え出したわけじゃなくて、先人の知恵と知識ばかりだから、ちょっと後ろめたいところがあるけど……。
でもそれで航海術が発展して、多くの人が遭難せずに生還出来るようになって、さらにゼンボルグ公爵領が豊かになるのなら、使わない手はないわよね。
「よし、話は分かった。早速、天文学者と数学者で口が硬く、協力してくれる者を探してみよう。それと、時計職人と、羅針盤職人も」
「はい、それまでに、仕様書や設計図をまとめておきます。以後、この件は全てお父様にお任せしても構いませんか?」
「ああ、全て任せておきなさい。さすがにこれら全てをマリーの発案として表立って動くとなると、今はまだ色々と支障が出るだろうからね」
「ありがとうございます、お父様」
お父様の力強い言葉に、大きく息を吐き出して胸を撫で下ろす。
子供だからと
ともあれ、これでまた大きく一歩前進できたわね。
話が一段落付いたところで、お父様に向かって両手を大きく広げる。
すぐに察してくれたお父様が、私を抱き上げて抱き締めてくれた。
だから私もお父様にギュッと抱き付く。
「どうしたんだいマリー? 急に甘えん坊さんになって」
ちょっと恥ずかしいけど……だって、そうしたかったんだもん。
「パパ、いつもありがとう」
「うん?」
「いつも、突拍子もないことを言い出してばかりなのに……ちゃんとお話を聞いてくれて、守ってくれてありがとう」
「ははは、何かと思えば。そんなこと当然だろう」
笑って、頬擦りしてくれる。
「大事な大事な天使のようなマリーが、私達のために、そしてこのゼンボルグ公爵領のためにと、一生懸命に考えてくれたことばかりなんだ。それが悪いことをしでかそうとするのではない限り、父親としてちゃんと話を聞くのは当然だよ」
普通、たった五歳の子供がこんなことを言い出したら、所詮は子供の思いつきや浅知恵と、聞き流したり無視したり、頭ごなしに否定したりしても不思議はないのに。
お父様は本当にいつも、ちゃんと目を見て話を聞いて、その意図や意味、影響までじっくり考えて、判断してくれる。
それはお母様も同じ。
お父様とお母様の子じゃなかったら、きっとここまで自由に振る舞うことなんて出来なかった。
「パパ、大好き」
ハートマークをいくつも付けて、お父様のほっぺたにキスをする。
「私もマリーが大好きだよ」
同じようにハートマークをいくつも付けて、お父様がほっぺたにキスをしてくれた。
大好きなお父様とお母様のために、陰謀を企てて処刑されるなんて悲しい未来を迎えないために、これからも、もっともっと頑張ろう。
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