22 アラベルとのお茶会

 お父様の執務室から退室した後、アラベルを連れてテラスに場所を移す。


 エマに紅茶とクッキーを用意して貰って、アラベルには対面に座って貰った。

 エマは給仕としてテラスの隅に控えて、今は三人だけだ。


「アラベル、楽にして。お茶とお菓子をどうぞ」

「はっ! ですが、よろしいのでしょうか? 護衛のわたしがお嬢様と一緒のテーブルに着いてしまって」


 ソワソワして落ち着かないみたい。


「いいのよ。わたし、アラベルとお話がしたいの。いっぱいお話をして、アラベルのことをよく知って、わたしのことを知ってもらって、仲良くなりたいから」


 アラベルは一度エマの方を気にするけど、エマはニコニコしていて、私の気持ちを汲んでくれている。

 だから問題なし。


「そういうことでしたら……」


 リラックスとは程遠いけど、納得してくれたみたいね。


 まず、主人の私が先にカップに口を付ける。

 そうしないと、立場が下のアラベルは何も口に出来ないから。


「はぁ……まだ五歳なのに、さすが……」


 思わず漏れた独り言って感じの呟きに顔を上げると、アラベルが目を丸くして私を見ていた。


 礼儀作法の勉強の成果が出ていたみたいね。


「アラベルもどうぞ?」

「はっ!? し、失礼しました! い、戴きます!」


 慌ててしまったのかグイと呷るように飲んで、焦ったように所作を改める。

 改めてからは、さすが伯爵令嬢だけあって、しっかりマナーは出来ているみたい。


「アラベルは剣術と馬術が得意なのね?」

「はっ! お嬢様もご存じかと思いますが、王国では貴族の令息令嬢も前線に立って戦えることが嗜みですから、貴族学院では剣術に馬術、他にも槍術や弓術、射撃なども習います。同じ学年の者達と小隊を組んで模擬戦を行うこともありました。幸いなことに、わたしの実家のレセルブ伯爵領は牧畜が盛んでして、子供の頃から馬に乗る機会が多かったので、良い成績を修めることが出来ました」


 まだ緊張して固いけど、キビキビハキハキ答えてくれる。

 典型的な新兵さんって感じね。


「そうすると、アラベルがわたしに剣術と馬術を教えてくれる先生になるの?」

「まだまだ未熟なわたしがお嬢様にお教えするなど恐れ多いです! 稽古のお相手などする機会はあるかも知れませんが、指南役は恐らく他に腕の立つ騎士が担当するのではないかと思います」

「そうなの? じゃあ、そのけいこの時は、お相手よろしくおねがいね?」

「はっ!」


 緊張した態度は変わらないけど、尋ねたことには全部キビキビハキハキ答えてくれて、アラベルのことをたくさん教えて貰えた。


 それから色々と話題が変わっていって、情報収集も兼ねた王都の現在の様子や貴族学院の話になって、さらにどんな学生生活を送っていたのかって話題になった時、気になる話が出てきた。


「このようなお話をお嬢様にお聞かせするのはどうかと思うのですが、やはり中央を始めとした古参の貴族達は、わたし達ゼンボルグ公爵領の貴族を下に見ている節がありまして、不愉快な思いをすることも多かったです」


 やっぱりそんな感じなのね。

 でも、私が気になったのは、その続きの内容だった。


「特に辺境のワッケ子爵令嬢は、わたしの方が爵位が上であるのに、ことさら下の者であるかのように振る舞うのです。しかも、大した産業がある領地ではないのに、初等部から高等部に上がった後は、急に王都の有名店で高級なお菓子やアクセサリーを買い求めるようになり、頻繁にお茶会をしては有名店のお菓子を振る舞って、羽振りの良さをアピールし、さらに見下す態度が酷くなったのです。同じ中央から遠い領地であるので、ことさらライバル視をしているとしか思えません」


「待ってアラベル、今のお話」

「あっ、申し訳ありません! やっぱりお嬢様にこのようなこと、お耳に入れるべきではありませんでした!」

「ちがうわ、そうじゃなくて。今、ワッケ子爵令嬢のはぶりが急に良くなったと言ったわね?」

「は、はい、言いましたが……それが何か?」


 これは……ちょっと気になるわね。


 大した産業があるわけでもない辺境の領地なのに、急に羽振りが良くなった?

 しかも、それをアピールするお茶会も頻繁に開いていた?


 確かワッケ子爵領は、ゼンボルグ公爵領とは反対の王国東側、お隣のヴァンブルグ帝国と国境線を接している領地のはず。


「嫌なよかんがする……」


 貴族のやり方を勉強し始めたおかげか、その状況、すごく引っかかるわ。


 椅子から降りると、早足で歩き出す。


「アラベルも付いてきて」

「は!? は、はい!」


 アラベルを引き連れてお父様の執務室に逆戻りして、ノックする。


「お父様、マリエットローズです。今、よろしいですか?」

「マリー? ああ、構わない」

「失礼します」


 許可を貰って、すぐに執務室に入る。


「ふむ、どうしたんだいマリー?」


 私の後ろに、事態が飲み込めていない、ちょっと狼狽え気味のアラベルが付いてきていることに、不思議そうな顔をする。


「お父様、アラベルから聞いたんですけど、実はワッケ子爵令嬢が――」


 聞いた話を伝えて、改めてアラベルからもお父様に話して貰う。


「ふむ……それを聞いてマリーはどう思ったんだい?」


 私が何を思ったから、こんな話をしに来たのか。


「かくしょうがある話ではないので、ここだけのお話にとどめておきたいのですが……ワッケ子爵がヴァンブルグ帝国と内通しているかのうせいがあります」

「えっ!?」


 アラベルがビックリして私を見るけど、私は真っ直ぐにお父様の顔を見る。


「ふむ……」


 このお父様の顔、お父様も同じことを考えたみたいね。


「しかし可能性の話だ」

「はい、ですから、おもてざたにならないよう、うらから調べられませんか?」

「そうか……マリーがそう言うなら調べてみよう。しかし、あまり深く探るのは危険だ。探ったことが露見すれば、私達の立場が危うくなる。仮に事実であればもっと危険だ」


 多分、私が言わなくても、お父様なら調べたと思う。

 これは私を試しているってことね。


「はい、それでもおねがいします」

「分かった。そこまで言うならやってみよう」

「ありがとうございます」


 何故、私がこの件にこだわったのか。


 これは完全に私の想像……いや、妄想の類いでしかない。


 でも、もし本当にワッケ子爵がヴァンブルグ帝国と内通していて、同志を集めていて、王国に反旗をひるがえすつもりだとしたら?

 そして、王国に不満を持つお父様達に接触してきたら?


 もしその時、王国を乗っ取る陰謀を進めていたら、お父様達はその話に乗るかも知れない。

 もし陰謀を企てていなくても、それを切っ掛けに王国の乗っ取りを思いつき画策するようになるかも知れない。

 その状況は、いくらでも政治的に利用できると思うから。


 だから、お父様達に接触してくる前に、そんな危険な芽は早々に潰してしまった方がいい。

 だってそんな真似をしなくてもいいように、『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』を立てたんだから。


「失礼しました」


 後のことはお父様に任せて、アラベルと一緒に退室する。

 それからもう一度テラスに戻った。


「お茶、さめちゃったわね。エマ、いれ直してくれる?」

「はい、お嬢様」

「ごめんなさいねアラベル、お話のとちゅうで。つづきを聞かせてくれるかしら?」

「は、はい!」



 後日、お父様からワッケ子爵が黒だったことを聞いた。


 ただ、その後、ワッケ子爵をどうしたかまでは聞いていない。

 多分、五歳児には聞かせられない話だろうから、私からも尋ねなかった。

 私がもっと大きくなってこの世界にも貴族としての生活にも慣れて、色々受け止められるようになってから、改めて話を聞くか、自分で調べればいいからね。



◆◆◆



「あの、エマさん」

「エマで構いません、アラベル様。あたしは平民なので」

「じゃあエマ。お嬢様って……本当に五歳なんですか? あれだけの話から、あんなことに気付くなんて……」

「はい。すごいですよね。お嬢様は天才なんです」

「て、天才……なるほど?」

「はい♪」


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