23 視察に出発



「まあまあ! マリー、とっても愛らしいわ!」

「はい! とっても可愛らしいです、お嬢様!」

「そ、そう? えへへ……♪」


 姿見の前でクルッと回ってみる。


 レースでふんだんに飾られたベビーピンクのふわふわキュートなドレスの裾がふわりと舞って、まるでお姫様のドレスみたいでテンションが跳ね上がっちゃう。


 真紅の髪はサイドで編み込んで、ワンポイントに宝石が飾られたシンプルなバレッタで、後ろでまとめている。


 鏡に映った美幼女は、ちょっぴり頬を染めてはにかんだ笑顔を浮かべていた。

 いやもう、あまりの可愛らしさに思わず見とれちゃったわ。


 これ、私なのよ?

 もうビックリ!


 前世は地味子さんだったから、未だにマリエットローズ自分の可愛さに見慣れなくて、こんな風におめかしした日には、鏡に映った自分に『あなたどこのお姫様?』って聞きたくなっちゃうくらいよ。


 世が世なら、本当に王女様だったはずだから、あながち間違ってはいないんだけど。


「お母様、エマ、ご機嫌よう」


 ドレスの裾を摘まんでカーテシーをして、にっこり微笑んでポーズを取る。


「「きゃー♪ 可愛い♪」」


 お母様とエマが手を取り合ってピョンピョン跳ねて大喜びだ。


 我ながら、素晴らしいサービスだわ。

 でもちょっと照れるわね。


「支度は済んだかい?」


 ドアがノックされたから、どうぞと返事をすると、凛々しく格好いいお父様が部屋に入ってきた。


「おお! 素晴らしい! マリー、とっても可愛いよ」

「パパも、とってもりりしくて、格好いいです」


 お父様が感極まったように両手を広げて歩いてきたから、私も駆け寄って抱き付く。


 お父様は、これぞ公爵閣下と言わんばかりの、貴族の礼服に身を包んでいた。


 生地は最高級、仕立ても最高。

 金糸銀糸の刺繍で飾られた、黒の三つ揃いのようなデザインの貴族服で、前世の貴族服より乙女ゲーム補正が入って、よりスタイリッシュなデザインとシルエットになっている。


 しかもお父様はイケメンだから、我が父ながら、見つめ合ったら照れてしまいそう。


「お嬢様、あまりそのように動かれますと、ドレスが乱れてしまいますよ」

「ああ、それはいけないな」


 エマに注意されて、お父様は名残惜しそうに私を放す。

 私も残念だけど、ちゃんと離れて、エマに整え直して貰った。


 これで完璧。

 どこに出しても恥ずかしくない公爵令嬢の出来上がりだ。


「それではお嬢様、お手をどうぞ」

「ありがとうございます♪」


 お父様が微笑みながら手を差し出したから、手を繋ぐ。

 身長差があるから、まだ腕を組んだり、手に手を重ねるエスコートは無理だから、普通に手を繋ぐだけなんだけどね。


 私としてはそれでもお父様と手を繋げて、エスコートして貰えてご機嫌だ。


「あなた、マリー、気を付けて行ってらっしゃい」

「旦那様、お嬢様、お気を付けて」


 玄関ホールでお母様とセバスチャンに見送られて、私とお父様、そして私のお世話係としてエマが外に出る。

 玄関の前には三台の馬車が止まっていて、それぞれの御者と護衛の騎士達が、私達にお辞儀をした。


「ふおぉぉ……!」


 だけど私は馬車の方に釘付けだった。

 だって、すごい豪華なんだもん!

 金ピカで、装飾もいっぱいで、ゼンボルグ公爵家の家紋が入った旗が飾られていて、いかにもお金が掛かっています、と言うのが一目で分かるくらいなんだから。


 しかも、四頭立て。

 それも白馬よ、白馬!

 おとぎの国から私を迎えに来てくれたのかしら、なんて乙女な妄想をしてしまいそうよ。


 同時に、現実的にも観察してみる。


 ぱっと見、やっぱりサスペンションは付いていない。

 それどころか板バネも付いてなさそう。

 代わりに上から吊してあるみたいで、それで揺れを抑えるタイプの馬車みたいね。


 護衛の騎士とお父様が軽く打ち合わせをしていて、その横で馬車に釘付けになっていた私に、アラベルが緊張した面持ちでキビキビと話しかけてきた。


「お嬢様、わたしも護衛で同行しますので、道中の安全はお任せを」


 声をかけられて初めて護衛の騎士達の中にアラベルがいたことに気付いたんだけど、初めから気付いていましたよと言う顔で、微笑みながら頷く。


「アラベルがいっしょなら安心ね。たよりにしているわ。ごえい、よろしくね」

「はっ、お任せを」


 今日、私はようやくお父様の視察に同行させて貰えることになった。

 視察デビューで馬車デビュー、そしてなんと、初めて屋敷の敷地から外に出るお出かけデビューだ。


 これまでは、小さな子供が、しかも公爵令嬢が、一人で勝手に敷地の外に出るなんてとんでもないってことで、一切許可は下りていなかった。

 当然門番もいたから、通して貰えなかったし。


 でもそれ以上に、勉強、礼儀作法、ダンスの練習があって、さらに自分からお父様の執務の手伝いと魔道具の勉強まで始めちゃったから、もう毎日が忙しいのなんの。

 おかげで敷地の外に出たいって発想が出てこなかったくらいよ。


 そもそも、屋敷も庭もその敷地はこれでもかってくらい広いから、子供の行動範囲を考えるとそれで十分で、未だに行ったことがない区画があちこちにあるくらいだもの。


 そして必要な物は、お父様とお母様はもちろん、エマやセバスチャンに頼めば揃う。

 さらに貴族はわざわざ町に買い物に出ることなんて滅多になくて、商人を呼びつけて商品を持ってこさせるのが当然だったから、余計に外に出る用事がなかったの。

 だから、勉強するにしろ遊ぶにしろ、敷地の外に出る必要性を感じなかったのよ。


 まさに箱入り娘ね。


 そういうわけで、マリエットローズとしての人生初めてのお出かけに、実は期待でかなりテンションが高かったりする。

 何しろ、乙女ゲームのこの世界の自然の風景や町並、人々の営みを、直に目にするチャンスだもんね。


「ではマリー、行こう」


 打ち合わせが済んだのか、お父様に手を引かれて馬車へ向かい、ステップが子供には少し高いから抱っこされて、先頭の馬車に乗り込む。


 向かい合わせの椅子、敷き詰められたクッション。

 内装も豪華で、なんとなくこう、遊園地のアトラクションに乗ったようなワクワクが止まらない。


 窓から外を覗けば、エマとお父様の侍従は二台目の馬車に乗るみたい。

 三台目は、私達の着替え、水や食料、その他の荷物を積んであるらしい。


 そして護衛の騎士達はそれぞれ馬に乗って、馬車の周囲を固めた。


「では、出してくれ」

「畏まりました旦那様。それでは、出発!」


 御者さんが答えて、大きな声で出発の合図をする。

 門が軋むような重たい音を立てて開かれて、いよいよ馬車が動き出した。


 気分は、ジェットコースターが動き出したときみたいなワクワク感でいっぱいで、椅子にも座らずに窓にしがみつくようにして、行く手を眺めた。


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