21 護衛騎士
「じゅんびって、なんのじゅんびですか?」
「マリー、お前の身を守るための準備だよ」
ああ、そういうことね。
「視察は少人数で行う。同行者は私の護衛達だ。しかしマリーを同行させるとなると、身の回りの世話をするためにエマの同行が必要になるだろう。そうなれば当然、マリーとエマを護衛する者もだ」
そこで急遽人を増やしたら、移動、宿泊、先方も対応で大変になるものね。
「マリーがとても分別のある子なのは分かっているが、それでもまだ五歳だ。お前はたまに、好奇心のまま突っ走る時があるからな。目を離せない」
「あぅ……」
自覚あります。
ごめんなさい。
だってまだ五歳児なんですもの。
まだまだ、これって思ったらそれしか見えなくなって、周囲に気が回らなくなっちゃうのよ。
頭では分かっていても、心の動きだけはどうしても年齢相応の子供に引っ張られちゃうから。
「マリーの護衛として相応しい者を見付けてくるから、視察の同行はそれまで我慢して、ママと一緒にいい子でお留守番していてくれ」
「はい、パパ。今回はおるすばんします。だから、ごえいの人、見付けて下さいね?」
「ああ、いい子だ。約束だ」
お父様が微笑んで頭を撫でてくれる。
思わず笑顔が零れちゃう。
だってお父様の手はいつも優しくて、愛されているって幸せな気持ちになれるから。
十六歳になって成人しても、二十歳になって前世での成人を迎えても、私はこうしてお父様にずっと頭を撫でて欲しい。
……さすがに二十歳はアウト……かな?
ううん、アウトでもいいや。
だって幸せだし。
こうして私は、馬車で出かけるお父様を見送って、今回はお留守番をすることに。
「あらあら、マリーったら」
一緒に見送ったお母様の手を、つい握ってしまう。
「うふふ、今日のおやつは何にしようかしら? マリーは何が食べたい?」
「おやつ!? アップルパイ!」
「じゃあアップルパイを焼きましょうね。マリーも手伝ってくれる?」
「うん!」
……だって五歳だもん。
お父様が視察から戻ってしばらく過ぎたある日、私はお父様の執務室に呼ばれた。
「お父様、マリエットローズです」
「ああ、マリー、入りなさい」
「はい、失礼します」
執務室に入って、思わず足を止めてしまう。
お父様が珍しく執務机じゃなくて応接用のソファーに座っているのはいいとして、その対面に知らない女の子が座っていたから。
毛先がちょっとウェーブがかっているダークブラウンのショートヘアで、瞳も同じダークブラウン。
目つきはやや吊り目っぽいけど、気が強そうって程じゃない。
年の頃は十代半ばから十代後半にはならないくらいかな。
可愛いより凛々しい美人タイプね。
着ているのはシンプルな紺色のジャケットとトラウザーズ。
その袖と裾にオレンジのラインが一本。
ブラウスじゃなくて白のワイシャツで、男性的な服装をしている。
でも胸元は、そこそこ大きく盛り上がっていて、しっかり女性であることを主張していた。
これは確か、ゼンボルグ公爵領の見習い騎士が着用してる正装だったはず。
つまりこの女の子は、見習い騎士なのね。
お父様に手招きされて、今の状況を思い出す。
知らない女の子がいたことにちょっと驚いただけで、私は別に人見知りってわけじゃないから、素直にお父様の隣に座った。
お父様が『パパと呼びなさい』と言わなかったのも、この女の子がいたから、公爵としての体面と節度としてね。
「マリー、彼女はレセルブ伯爵家の令嬢で、アラベル・ブロー。今年、国立オルレアス貴族学院高等部を卒業して領地に帰ってきた、うちの派閥のお嬢さんだ」
「は、初めまして、お嬢様! レセルブ伯爵家三女、アラベル・ブローと申します!」
緊張しているみたいで、動きがガチガチで声も大きい。
ちょっとビックリしちゃったけど、多分悪い子じゃないと思う。
「彼女は卒業試験で学年九位だった才女だ。勉強は元より、剣術と馬術の成績が優れていてね。今年から我がゼンボルグ公爵領軍の見習い騎士として働いて貰うことになった」
「学年九位なんて、すごいんですね」
「きょ、恐縮です!」
でもお父様の目は、『マリーはもっとすごいからな』って言っている。
私、筆記試験だけなら、学年三位相当だったらしいのよね。
それを聞いた時は、『知識チートもあるのに学年一位じゃないの!?』なんて思っちゃったけど、よく考えれば私、前世ではいつも学年平均程度の成績だったから、学年三位なんてかなりの快挙よね。
それに多分、前世で縁がなかった馬術や剣術の実技試験があったら、もっと順位は下がると思う。
「あ、ごあいさつが遅れました。わたし、ゼンボルグ公爵家長女、マリエットローズ・ジエンドです」
いくら五歳でも、立場上、私の方が上だから、頭は下げずに、にっこりと微笑む。
途端に、アラベルさんが目元を赤らめてぽうっと私を見つめた。
「……はっ!? 申し訳ありません! よろしくお願いします!」
「ははは、マリーは可愛いからな。見とれるのも無理はない」
お父様、他の人がいる前で、親バカ全開はさすがに恥ずかしいです。
それはそれとして、この方は?
「アラベルにはマリーの護衛をして貰おうと思ってね」
「お父様、それじゃあ……!」
「ああ、これでいつでも視察に同行して構わない」
「ありがとうお父様!」
もう思い切りお父様に抱き付く。
抱き締められて頭を撫でられて、十分満足してからお父様から離れて、改めてアラベルさんと向き直った。
「アラベル様、これからどうぞよろしくおねがいします」
微笑むと、アラベルさんが恐縮したように、背筋をピンと伸ばした。
「これよりわたしはお嬢様の剣であり盾です。アラベルと呼び捨てて下さい。敬語も不要です」
「そう、わかったわアラベル。これからよろしくね」
「はっ!」
生真面目そうだけど、いい子みたいだし、仲良く出来るといいな。
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