12 ないないづくしで悪役令嬢はご不満です

「う~ん……」


 たまたまだけど、投資に回せるお金が出来た。

 だから、出来ればすぐに投資先を決めてしまいたい。

 でないと、せっかく浮いたお金を他の贅沢品に使われたり、効果がすぐに出ない投資先に投資されてしまったら、陰謀阻止が間に合わなくなるかも知れないもの。


「う~ん……」


 とはいえ、一体何に投資するのが一番なのか……。


 各地に色々と特産品はあっても、バラバラに投資したところで、期待するほど大きく豊かにはなれないと思う。

 ましてや、ちょっとやそっと儲けが増えたところで、古参の貴族達を見返してやれる程にはならないだろうし。


 だから、どーんと投資の相乗効果が見込める、何か画期的なアイデアや、テーマやコンセプトが必要よね。

 それこそ、田舎者なんて呼べなくなるくらい、脚光を浴びて、注目を集めるような。


「う~ん……」


 もっとも、それを捻り出すのが一番難しいんだけど。


「まあ、マリーったら難しい顔をして。せっかくの可愛い顔が台無しよ」

「まま?」


 リビングのソファーに座って、腕組みして一人唸っていたら、お母様がリビングに入ってきて、私の隣に腰を下ろす。


「何を悩んでいたのか知らないけど、考えるのは後にして、おやつにしない?」

「おやつ!」


 くぅ……と小さくお腹の虫が鳴く。

 うん、身体は正直だ。


「あらあら、マリーったら。今日はね、アップルパイを焼いたのよ」

「あっぷるぱい! ままのあっぷるぱいだいすき!」


 一人でうんうん唸っていても、すぐに名案なんて浮かばないし、こういうときは気分を変えておやつを楽しむべきよね!


 エマが紅茶を淹れてくれて、お母様と一緒にお母様の手作りアップルパイを戴く。

 砂糖で煮詰めたリンゴの甘みとふわりと香るシナモンが、とっても上品だ。


「あむ、あむ……こくん。まま、おいしい!」

「ふふ。ほら、口元に付いているわよ」


 口の脇に付いていたパイ生地の欠片を取ってくれるお母様。

 照れる。


「えへへぇ」


 でも嬉しい。


 ああ、今日もお母様は綺麗で優しくていい匂いで大好き。


 ただ……一つ残念なのは、お母様の手作りお菓子のレパートリーが少ないこと。


 と言っても、これはお母様は悪くない。

 セバスチャンに頼んで町で売っている有名店のお菓子を買ってきて貰っても、お父様主催の夜会でお客様に出すお菓子を他領や他国から取り寄せても、お母様主催のお茶会でご夫人やご令嬢がお菓子を持ち寄っても、ラインナップそれ自体が少ないのよ。


 ここは乙女ゲーム『海と大地のオルレアーナ』の世界。


 乙女ゲームの世界と言えば、何故かスイーツは充実していて、甘いお菓子が食べ放題食べられるのが定番でしょう?

 ネット小説でも、多くの作品がそんな感じだったし。


 それなのに、よりにもよってこの『とのアナ』の世界は違うのよ!


 チョコがない。

 アイスもない。

 団子もない。

 あんこもない。

 ショートケーキもない。


 そもそも生クリームがない。

 カスタードクリームすらなくて、シュークリームもプリンもない。


 とにかくスイーツはないないづくしなの!


 お砂糖は高価な贅沢品で、蜂蜜がその代わり。

 だけど、それだって決して安い物じゃない。


 私は公爵令嬢だから、望めば贅沢なくらい食べられるからまだマシだけど。


 一般的に甘味と言えば果物のこと。

 でも、それすら品種改良されていないから、大して甘くもないのよ。

 たっぷりのお砂糖と煮込んでジャムにして、丁度いい感じ。


 だから私は色んな甘いお菓子に飢えている。


 とはいえ、仮に自作するにしても、生クリームはなんとかなっても、チョコやカスタードクリームはどうしようもないのよね。

 カカオとバニラはアメリカが原産で、まだどこにも……。


 んんっ?

 アメリカが原産……!?


「そうだ!」

「きゃっ!? どうしたのマリー、突然大きな声を出して」

「いいことおもいついたの!」


 急いでソファーから……の前に、残ったアップルパイを、あむあむと急いで食べる。


「まま、ごちそうさまでした」

「お嬢様、先にお口の周りを拭きましょうね」

「うん」


 エマに口元を拭いて貰ったら、急いでソファーから降りて走り出す。


「マリー、どこに行くの?」

「ぱぱのところ!」


 閃いちゃったわよ!

 大胆不敵な一石二鳥の計画を!


 ぴょんと跳び上がってドアノブを回して開けて、執務室へ飛び込む。


「おお、マリーどうしたんだい?」


 書類仕事をしていたのに、お父様は私の顔を見ただけで笑顔になって、おいでと手招きしてくれた。


 たたっと駆け寄るとそのまま抱き付いて、抱き上げられてお膝に座る。

 そのまま仰け反るようにしてお父様を見上げた。


「おとうさま、おっきなおふねをつくりましょう!」

「大きな船? いきなりだね。それと、パパと呼びなさい」


「ぱぱ、さとうきびと、てんさいをさいばいしましょう!」

「サトウキビとテンサイを? お砂糖が欲しいのかい?」


「にゅ~ぎゅうふやしましょう!」

「乳牛も? 牛乳が欲しいのかい?」


「かじゅえんもおおきくしましょう!」

「果樹園まで?」


「まど~ぐもつくりましょう!」

「魔道具を作るって……マリー、大きな船や果樹園の話はどこに行ったんだい?」


「おおきなみなとと、かいどうをせいびしましょう!」

「えっ? 港と街道の整備……まさかそれで大きな船を?」


「すぱいすをかわなくなってういたおかねで、とうししましょう!」

「ちょっと待ちなさいマリー。いきなり投資だなんて、どうしたんだい?」


「りょうちをかいはつして、ゆたかにしましょう!」

「だから待ちなさいマリー。どうしてそんなに色々投資なんて話になったのか、最初から順番に説明してくれないか?」


 あ、ついつい、あれもこれもっていきなりまくしたて過ぎたかも。

 子供って本当に、これって決めたらそれしか見えなくなるから、たまにこういうことになっちゃうのよね。


「えっと~」


 改めて頭の中の情報を整理して、順序立ててお父様に説明する。

 要は先日のスパイスブームの強制終了で浮いた食費を投資に回して、領内を挙げて領地開発をしましょうってこと。


 最優先は、大型船の開発、港湾施設の拡充、街道整備の三つ。

 何故最優先なのかと言えば、完成までに最も時間が掛かるし、インフラ投資は基本中の基本だから。


 大型船を開発して交易に利用すれば、一度に運べる量が増えるんだから、輸送コストが下がる。

 大型船が出来れば、停泊できるだけの大きな港だって必要だ。


 それに港が大きくなれば、他領、他国の交易船も呼び込みやすくなって物流が盛んになる。

 その時、陸揚げした交易品を領内各地へ輸送する街道が整備されていれば、陸路の輸送コストだって下がって、同時に領内各地の特産品をその港へ輸送しやすくもなる。


 結果、ゼンボルグ公爵領は活性化して、豊かになると言う寸法よ。





――――――――――


 いつもお読み頂きありがとうございます。


 カカオとバニラの原産についてご質問を頂いたので、少し補足説明を。


 現実でもカカオは中南米、バニラは中米が原産と言われています。

 ですので、本作品においても、カカオとバニラは新大陸原産としています。


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