13 目指すは大海原の向こう 1
「あ~……」
お父様が急に片手で目を覆うようにして、天を仰ぐ。
もう片方の手は、お膝の上の私を抱いたままだけど。
「マリー……」
「はい、ぱぱ?」
「マリーは何歳だったかな?」
「よんさいです」
「うん、そうだ。マリーはまだ四歳だ」
それがどうしたんだろう?
「天才だ天才だとは思っていたが……四歳児がまさか、交易のために大型船の開発を提案してくるとは……」
あ……ちょっとまずかったかな?
「しかも、船を大きくすればたくさん運べる、ここまではいい。そのくらいの発想なら、子供でも出てきてもおかしくはないだろう。だが……港湾施設の拡大と、街道整備による輸送とコスト削減、さらに特産品の輸出までセットとは……」
言われてみれば、そこまで考えられるのは四歳児の発想じゃないかも……。
時々言動が四歳児に引っ張られていても、本来中身は三十代半ばだし……。
お父様は目を覆っていた手を外すと、顔を降ろして私を見つめてくる。
「マリー、やっぱりお前は天才だ。とても四歳児が出せる発想じゃない」
すごく感心して褒めてくれているけど……どこか困ったような微笑みね?
「だけどね、マリー。残念だけど、たとえ船を大きくしても、あまり効果は見込めないんだ」
「どうしてですか?」
こてんと首を傾げると、お父様はちょっと考える顔をして、でも丁寧に説明してくれる。
「すでに交易船は多数就航している。他領、他国からも交易船は来ているんだ。そこでうちの交易船を多少大きくしても、交易品全体の流通量からすると、ほんのわずかしか影響がない。残念ながら、我がゼンボルグ公爵領は大陸の端で、西の終着点だ。交易路が東側にしかない以上、効率は半分に落ちてしまう。そして他領、他国の港湾使用料も船の大きさに合わせ高くなるだろう。だから、大型船の開発費、港湾施設の整備費、街道の整備費、それらの莫大な投資額に見合わない程度の効果しか得られないんだ」
お父様の言うことは分かる。
ゼンボルグ公爵領に出入りする交易船の総数を考えたら、そのうち数パーセントになるかどうかの交易船の積載量を、仮に倍にまで増やしたとしても、輸送コストの削減に劇的な効果は見込めない。
大型船と港湾施設の拡充、街道整備が全く無駄になるとは思わないけど、劇的な効果が見込めない以上、投資を回収して黒字にまで持って行けるのは、果たして何十年先になるか分からないものね。
お父様も領主として、そんな投資に莫大なお金を注ぎ込む決断は、そう簡単に出来ないと思う。
でも、お父様は一つ大きな勘違いをしている。
「ぱぱ、おっきなおふねのつかいかたがちがいます」
「大型船の使い方が違う?」
コクンと頷いて、横向きに座って見上げていたのを、お父様の脚の間に立ち上がって振り返った。
落ちないようにちゃんと手で支えてくれたお父様の顔を、直接見る。
「もくてきちがちがいます」
「目的地?」
「もくてきちはふたつ」
チョキを作ってお父様の顔に突きつける。
全く予想が付かないって顔のお父様の前で、人差し指一本に変えた。
「ひとつめは、あぐりかたいりくです」
「!?」
お父様が目を見開いて息を呑む。
「まさか……大型船で大西海を真っ直ぐ南下して、直接アグリカ大陸と交易しようと言うのか!?」
「はい」
大西海は、前世の世界で言うところの地中海とアフリカ大陸北部一帯に広がる、大海原の名前だ。
現在の交易路は、ヨーラシア大陸を沿岸沿いに東へ向かい、中東のアラビオ半島沿岸部を南下して、さらに大西海の東側をそのまま南下する最短距離で、アグリカ大陸へと至るしかない。
なぜなら、現状、大西海の荒波のど真ん中を直接南下して乗り越えて行ける船舶が、ほぼ皆無だから。
しかも、大西海の東側を南下する最短距離でも、難破や沈没事故は珍しくない。
何しろその最短航路は、別名スパイス海とも呼ばれて、海はスパイスの味がすると揶揄されているくらいだ。
だからもしそのアグリカ大陸への直通航路を開拓できれば、様々なスパイスや珍しい品々が、圧倒的に安価で直輸入出来る。
どのくらい安価になるかと言えば、まず、航路がおよそ四分の一から五分の一の距離に短縮されるから、単純にそれだけ人件費や食費等の経費が削減できる。
同時に、幾つもの他領、他国を経由しないで済むから、関税と港湾使用料が全てゼロになる。
その上、積載量が増えることで、一度に大量に買い付けて仕入れ値も下げられる。
加えて、帆の数が増えればその分船の速度は増すから、さらに航海日数が減って、諸々の経費が削減できる。
それこそ、今、一万リデラ金貨三枚で買っている胡椒が、概算で三十分の一の一千リデラ銀貨一枚にまで下がるくらいに。
それだけ安価にアグリカ大陸の品々を手に入れられれば、むしろオルレアーナ王国の各領地へ、一万リデラ金貨一枚より安く輸出したとしても大きな黒字が見込める。
こんなことは、私が説明するまでもなく、ゼンボルグ公爵であるお父様ならすぐに理解したはずよ。
その証拠に、脚の間に立っている私を支える手が微かに震えていて、ゴクリと生唾を飲み込んでいるから。
まるで乱れた気持ちを落ち着けるように、お父様が深呼吸する。
「……それで、もう一つの目的地は?」
私は指を二本にする。
「ふたつめは、ずっとにし、しんたいりくです」
「!?」
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