7 ゲームでは語られていない背景
その昔、と言っても、今から大体六十年くらい昔、このゼンボルグ公爵領はゼンボルグ王国だった。
そこにオルレアーナ王国が侵攻してきて、敗北。
当時のゼンボルグ国王や王妃、王太子、そして王家と血縁の公爵家の者達は全て処刑され、まだ幼い王子だけが処刑を免れる。
そしてその幼い王子はオルレアーナ王国へ臣従し、ゼンボルグ公爵の爵位を与えられ、ゼンボルグ王国をゼンボルグ公爵領として統治することになった。
ただし、領土の四分の一は召し上げられ、功績を挙げた貴族の領地として
その召し上げられた領土は豊かな穀倉地帯で、しかも魔石を産出する鉱山があった。
オルレアーナ王国は当時飢饉で、食糧難を解消するために豊かな穀倉地帯を欲し、また口減らしのために戦争を始めたわけだ。
戦後賠償の支払いと、失った穀倉地帯と魔石の鉱山。
さらに課せられる重税。
ゼンボルグ王国……ゼンボルグ公爵領は、一気に貧しくなってしまった。
しかも、だ。
世界地図を見て、唖然としてしまった。
ユーラシア大陸を少し横長にしたみたいなヨーラシア大陸の、ヨーロッパで言えばイベリア半島の位置に、ゼンボルグ公爵領があった。
それも東以外、三方完全に海しかない。
ブリテン諸島もスカンジナビア半島もない上、アフリカが……アフリカ大陸の北半分がなかった。
赤道付近まで南下しないとアフリカ大陸の南半分……アグリカ大陸には至らないし、当然、アラビア半島……アラビオ半島で接してもいない。
地中海は大海原だ。
そして、アメリカ大陸……新大陸はまだ未発見。
つまり、ゼンボルグ公爵領は世界の西の果て。
世界地図の一番端っこ、日本が極東なら、ゼンボルグ公爵領は極西って呼ぶべき位置にあった。
そのせいで、どうやらゼンボルグ公爵派は田舎者扱いらしい。
しかも交易路がそれに拍車をかけていた。
北の海は冬に凍り付いて、夏の限られた時期しか使えないから往来は限定的。
東方からの品物は、陸路や南の海路で東から来る。
アグリカ大陸の品は、まず赤道付近の北部沿岸を東へ。
それから北上しアラビオ半島へ。
アラビオ半島沿岸部を北上してから西へ向かい、ヨーラシア大陸沿岸の各国およびオルレアーナ王国の各領地を経由して、最後にゼンボルグ公爵領へと至る。
しかも、地中海およびアフリカ大陸の北半分があった位置の大海原を、直接越えられる船舶はまだないみたい。
つまり、ゼンボルグ公爵領は交易路の終着点と言うわけね。
交易相手が限られている上、オルレアーナ王国沿岸部を領地に持つ古参の貴族達が関税を引き上げたり、屁理屈を付けて交易品を徴発したりすれば、ゼンボルグ公爵領には大打撃になる。
こうして、ゼンボルグ公爵領は生かさず殺さず他の貴族達にいいようにされて、貧しい田舎者として扱われているらしい。
「うん……これはおこりゅ」
『海と大地のオルレアーナ』ではそこまでの事情は描かれていなくて、かつて侵略された復讐を、田舎者と馬鹿にされて悔しい、くらいの話だった。
だからってオルレアーナ王国を乗っ取ろうなんて許されない、と言うわけね。
もしここまで詳細に描いたら、オルレアーナ王国や王太子が悪者で、マリエットローズがヒロインとして描かれてもよさそうだものね。
だからタイトル通り、オルレアーナ王国視点で描かれていたのかも知れない。
でもこれは……。
「ねが
かつてのゼンボルグ王国貴族、つまり、ゼンボルグ公爵領の各地で領主をしているゼンボルグ公爵派の貴族達にとって、オルレアーナ王国に一矢報いるのは悲願なのかも知れない。
これは、私一人でどうこう出来る問題じゃなさそう……。
でも放っておいたら、待っているのは断罪で処刑……。
じゃあ、このままお父様達の陰謀に加担して王国を乗っ取る?
ヒロインのノエルを上手に利用して、失敗しないよう立ち回りながら?
いくらなんでも、そんなことしたくないんだけど……。
ああ、どうすれば!?
「お嬢様、お早うございます。もう起きていらっしゃ……!?」
不意に、背後でカチャッとドアが開く音とエマの声がして、慌てて振り返る。
ドアの前には、目を見開いて絶句しているエマが立っていた。
床にペタンと座る私。
その私の前には、広げられた幾つもの歴史書、地理書、情報をまとめたノート代わりの羊皮紙。
はっと気付けば、カーテンの隙間から差し込む日差しはとっくに明るい。
ぬかったわ! まさかもうこんな時間になっていたなんて!
「まさかお嬢様……その本を読めるのですか……?」
「え~……あ~……」
どう答えていいか分からなくて、目が泳ぐ。
エマが突然駆け寄ってきて私を抱き上げると、そのまま部屋を飛び出して、ゼンボルグ公爵家のメイドとして許されない、はしたない速さで廊下を走り出した。
「大変です! 旦那様! 奥様! お嬢様が! お嬢様が天才です!!」
「えま!?」
ちょっと、いきなり何を言い出すの!?
「えま~まって! わたし、てんしゃいち
「いいえお嬢様は天才です!!」
エマの瞳が、見た事がないくらいキラキラ輝いている!?
「どうした騒々しい」
「エマ、何事なの?」
エマの無作法を咎める顔で、お父さんとお母さんがリビングから出てきた。
でもエマはそんな二人に怯むことなく突撃する。
「見て下さい! お嬢様がもうこんな難しい本を読まれていたのです!」
エマが、私が読んでいた本を二人に向かって突き出す。
いやいや、それより、いつの間に私と一緒に本まで!?
「何!? いや、確かにマリーは賢い子で、すでに年長向けの本まで読んでいたが……さすがにそれはないだろう。読めないがパラパラめくって見ていただけなのを、読んでいたと勘違いしたのではないか?」
「そうよね。マリーがいくら物覚えが早い子だと言っても、これは少なくとも貴族学院の高等部で学べるくらいの知識がなければ読めない本よ?」
そうそう、意味も分からず眺めていただけってことに――
「ですがこちらを見て下さい! 読んだ内容をメモしていらっしゃるんですよ!? この未だ不慣れな筆跡は、お嬢様のもので間違いありません!」
――ぬかったぁっ!!
まさかメモまで持って来ていたなんて!
エマ、あんなに驚いていたのに、その咄嗟の判断力、優秀すぎない!?
まだ十三歳よね!?
「何!? これは……!?」
「まあ!?」
メモを見たお父さんとお母さんが、驚愕に目を見開いて私を見ている。
「え~……あ~……」
どうしていいか分からなくて、またしても目が泳ぐ。
「すごいぞマリー!!」
お父さんがエマから私を奪い取るように抱き上げたと思ったら、高い高いをしてクルクル舞い踊る。
「ふわぁ!? キャッキャッ♪」
不味いわ、高い高いでクルクルされるの楽しい!
子供じゃないのに! いや、子供だけど!
「ええ、あなた! 私達の娘は天才よ!!」
もしかして二人とも、親バカ全開!?
頭が良すぎておかしいとか、気味が悪いとか言われなくてほっとしたけど……。
「マリーがこれほどまでに賢い子だったとは、我がゼンボルグ公爵領は安泰だ!」
「ああ、マリー、素晴らしいわ!」
「こんな素敵なお嬢様にお仕えできて、あたしは幸せです!」
お父さんとお母さんとエマの、このお祭り騒ぎのような盛り上がり……どう収拾をつけよう……。
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