第2話


「お前も魔法使いじゃねぇかよ。」



その言葉に理解が追いつかない。

いつ俺が魔法使いとやらになったというのだろう。

魔法使いなんて漫画やゲームの中の存在だ。

それが実際に現実にいるというのでも理解できていないのに自分自身がそんなファンタジーな存在だというのだ。


「い、いや待ってくれ。俺がいつそんな訳の分からないものになったっていうんだよ?!」

「それは知らねぇけど。お前も契約したんだろ?悪魔と。」

「は?悪魔?契約?なんだよそれ…。」

「はぁ?頭でも打ったのか?」


心底不思議そうにする颯だったが、少し話しているうちに本当に俺には身に覚えが無く、知識も無いということを分かってくれた様だった。


「そうか…。そんな事もあるものなのかね。まあなんにせよ初めて会った魔法使いが俺で良かったな!」

「良かったってのはどういう事だ?」


颯は腕を組み、座り直す。


「いいか?俺達魔法使いってのは本来この世界に居ていいような存在じゃねぇんだ。俺達は生きてるだけでいろ〜んな所から命を狙われなきゃなんねえ。例を出すならさっき倒した屍生人グールだな。あとは教会からも狙われる。」

「随分敵が多いんだな…。」

「おう、そんな魔法使いの中にも見逃してもらう代わりに教会に他の魔法使いを引き渡すような奴らもいる。だからそいつらみたいな悪い連中じゃなくて真っ当な魔法使いの俺に会えてお前は運がいいってこと。」


魔法使いになったからには常に命を狙われている覚悟をして生きなくてはならないということだ。

普通の人間として生きてきた俺がそんな世界で生きることができるのだろうか。未だに自分が魔法使いだと言う自覚はないが、魔法使いという存在が空想の中のものでは無いという事は理解できた。


「なあ颯、なんで俺が魔法使いだって分かるんだ?俺は魔法なんて使ったこと無いぞ。」

「魔法使いってのはそこに居るだけで身体の外に微弱な魔力が漏れ出てる。悪魔と契約してるからな、魔力の塊みたいなもんを宿してるから多少は漏れるんだろ。魔力は普通の人間にもあるにはあるが、漏れ出るような量は備わってない。だから見分けが着くんだよ。」

「じゃあ俺はその魔力が漏れ出てるって事かなのか?」

「そういうこと。」

「でも俺はその魔力を感じ取れないぞ?」

「んー、慣れてないだけなんじゃねぇか?俺も魔法使いになったばかりの頃はそんな感じだったし。」


さて、と颯は話を区切る。


「聞きたいことはとりあえずそんなもんか…。じゃあ次は何も知らない蓮くんにレクチャータイムだ。」

「あぁ、助かる。」

「ちょーっと長くなるから心して聞くように。」

「分かった。」

「まず、魔法使いとは。だな。魔法使いってのは悪魔と契約してスーパーマンになった人間の事を指す。悪魔はご想像の通り、おとぎ話に出てくるような奴らと思ってもらっていい。この悪魔との契約内容なんだが…蓮、一つ質問です。悪魔との契約には何が必要だと思う?」

「よくあるのは生贄とか?」

「そう、正解です。俺達はそれを『代償』って呼んでる。基本的に悪魔は無償で俺達に何かしてくれるような優しい奴らじゃないから代償を払って力を貸してもらうんだ。ただ、魔法使いになる為の悪魔とのの契約はその重みが違う。」


途端に険しい表情になる颯。


「蓮が思う最も重い代償は何だ?」

「最も重い代償か……身体全部、とかかな。」

「いい線いってるけど違うな。…命だよ。」

「え?」


そうなのだとしたらおかしい。

魔法使いになった人間は命という代償を払ったという事になる。

だが俺はまだ死んではいない。


「今魔法使いは皆死んでるって思っただろ。その認識は間違ってねぇ。俺達は皆命をかけるっつー最初で最大の代償行為の末に魔法使いという超常の存在になっている。」

「それって死ぬ前の記憶はあるものなのか?」

「普通はあるな。ただ、今はもう死んじまったけど俺の知り合いに1人だけ記憶が無い奴がいたな。」

「なるほどな…」


記憶が無い俺は稀な魔法使いという事なのだろうか。どちらにしろ颯のおかげで何も知らなかった魔法使いの事について少し知る事ができた。

どうやら覚悟を決めなくてはならないらしい。



魔法使いとしてこの世界を敵に回す覚悟を。

悪魔と共に生きる覚悟を。



「記憶が無いまま魔法使いになっちまって気の毒だが、何かあったら頼ってくれ。俺でよければ力になる。」


本当にいい友人だ。


「ありがとう。多分かなり迷惑かけると思う。」

「いいっていいって。」


それじゃあ。と部屋を出ていこうとした俺を颯が止める。


「最後にこれだけ心に留めといてくれ。魔法使いとして生きる上で避けるべき奴らが3人いる。そいつらはこの辺の魔法使いを押さえ付けてる顔役みたいなもんだ。敵対したらもれなく地獄行き。気をつけとけ。」


颯から忠告されたのは、『盲目の紳士』と呼ばれる初老の男、『隻腕の傭兵』と呼ばれる筋骨隆々な大漢、『蒼乙女』と呼ばれる女騎士の3人だった。

彼らはどうやら普通の魔法使いでは無いらしい。故に恐ろしく強く、彼らが一帯の魔法使いを押さえているおかげで一般人などへの被害が及ばないようになっているという。


「あぁ、あと明日大学休みだろ?昼に駅前に来てくれ。」

「何をするんだ?」

「世話になってる人を紹介する。力になってくれると思うぜ。」

「わかった。それじゃあ明日。」

「おう、またな。」




颯の部屋を後にする。

今日は色んな事が起こりすぎた。

未だに信じられない事ばかりだが、実際になってしまった以上仕方がない。

それに、もう覚悟は決めた。


「なんで俺なんだよ…?」


胸に手を当て独り言ちる。

そこに居るであろう悪魔に愚痴るように。



家までの道を歩き、大きな倉庫の角を曲がる。

すると少し離れた前方にフラフラと不安定に歩く人影があった。


この雰囲気を俺は知っている。

ただ、今の俺にはどうすることも出来ない。

人影、いや、屍生人グールは動きを止める。

次の瞬間、人間には不可能な速度でこちらに向かって走ってくる。

俺は振り向き逃げ出すが、もう遅い。奴の鋭い爪が俺の肩を掴む。



弾け飛ぶ。


撒き散らされた血は俺の顔を赤く染め、倒れた身体は重そうな音を立てて地面に横たわった。


「いや〜、間におうて良かった〜。探したで。」


まだ春だと言うのにロングコートを着込んだ軽薄そうな関西弁の男がニヤリと微笑む。

彼の手は血塗れで、そこに横たわっている肉塊を作り出したのが彼だと見て取れる。


「あんたが最近魔法使いになったっちゅう逆真 蓮さかま れんやな?」

「そ、そうですけど、何か用ですか…?」



「俺と組まんか?」



この突拍子もない問いかけに俺はどれだけ苦しめられる事になるのだろう。



俺は彼との出会いを後悔する事になる。



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魔法使いの贄 @ru-te

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