イルカの姫君

あまたろう

本編

 「ちょっとスピード上げますからしっかりつかまっててくださいね」

 今、なぜか俺は海に潜っている。

 つかまれと言われたが、その相手はヌルヌルしていてどこにもつかまるところがない。

 どこをつかめというのか。

 「あ、そうですね。では、ちょっと苦しいかもしれませんが足で固定しますね」

 そう言うと声の主は10本ある足の中からひときわ長い2本を使い、俺の体を固定していく。

 これでは傍から見ると拉致されているようにしか見えない。

 「お客人に申し訳ないです、でも私がいちばん客人の送迎に向いていると女王様がご判断なされたので」

 女王様……ね。

 昨日、砂浜に打ち上げられて気を失っていたイルカを介抱して海に帰したのだが、どうやらそれがここら辺の海を統べる女王の一人娘だったらしく、ぜひともお礼がしたいということらしい。

 使いの者が現れて、これから海に潜りますと言われたときは正直なところ正気を疑ったが、海の中でも呼吸ができるようになるという腕輪をつけて海に潜ったときは正直驚いた。

 「この腕輪、いま外したらどうなる?」

 「大丈夫です。腕を切り落とされない限り外れません」

 また物騒な話を。じゃあもし切り落とされたらどうなるんだ?

 「その瞬間、呼吸ができないことよりも水圧で先に押しつぶされるかと存じます」

 「かと存じます」じゃねえわ。そんなことを丁寧に言われても困る。

 だがそれもそれなりの説得力がある。本来ならば光も届かないぐらいの海中に潜っているはずだが、まるで地上のような明るさだ。

 「その腕輪の効果でございます。仕組みはよくわかりませんが、装着者の網膜に作用して適度な光量を調節して脳に映像を送っているとのことです」

 ……よくわからんがなんだかすごいテクノロジーを感じる。今の地球上よりかなり技術が進歩しているのではないか。

 「おそらくそうだと思います。その気になれば、地上の方々と数日で取って代わらせていただくことができるだけのテクノロジーは有しているかと存じます」

 たから「かと存じます」じゃねえわ。

 「ご安心ください。取って代わろうにも、我々の大半が地上で暮らすには不便な体をしているので、それが解決されない限りは地上は安泰です」

 ……じゃあ何か、もし地上で暮らせる体になったら、もしくはそういう機械が開発されたら行動を起こすかもしれない、ということか。

 「いえ、それはないと思います。結局海の方が住みよいですし、広いですし。地上と違ってすべての海はつながっていますからね」

 「海の生き物が人間に狩られていることは知っているのか」

 「もちろんです。海の中でも食物連鎖はありますから、それはある程度仕方のないことかと」

 ふむ、思ったよりも考え方はドライだな。

 「お待たせしました、見えてきましたよ」

 首里城……もしくは中華街を彷彿とさせる真っ赤な門には「竜宮城」と書かれている。まさか本当に存在するとは。

 「ここに人間をお連れするのはあなたで5人目と聞いております」

 ……けっこういるんだな。その中に昔話に出てくる浦島太郎というやつはいたのか?

 「その方は800年ほど前に来られましたよ」

 800年前か。だいたい鎌倉時代あたりだな。そいつが100年近く滞在したというやつか?

 「いえいえ、今もいらっしゃいますよ」

 ……そうか。では、玉手箱云々の話は?

 「ああ、地上に伝わる昔話のお話ですね。あれは、竜宮城に来られた2人目の方が創作されたものだと聞いております」

 なるほど。それなら竜宮城という名前を知っていることにも合点がいく。

 「女王様はそのまま浦島様と結婚なされて、それに嫉妬なさった2人目の方が地上に戻って浦島様を貶める物語をお作りになられたと伝わっています」

 「ちょっとまて。危うく聞き流しそうになったが、浦島太郎がまだ生きている?」

 「ええ。反応が薄いので逆にもう一度申し上げようかと思っていましたが、今もお城にいらっしゃいます」

 もしかして、その2人の娘が昨日助けた……。

 「その通りです。丙姫(ひのえひめ)と申します」


 この丙姫との出会いが、のちに地上と海を巻き込んだ大事件を起こすことをこのときの俺は少ししか感じていなかった。


(おわり)

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