第47話 ジュリー&フィーリス
クレアンヌさまから従者を託された僕には、その従者を無事に送り届ける義務があることを、先日の誘拐の一件で思い知らされた。
今日はこの酒場という戦場に、僕に巻き込まれる形で投入された従者ジュリーを、無事にお屋敷に送り届ける必要がある。
無事の定義は色々あると思うけど、ジュリーはまだ幼いので、異性からの必要以上の接触からや、心の無事も守る必要があるのかもしれない。
そこで、僕はジュリーを守るためにある作戦を立てた。
まずは、マスターだ。
この前の僕の時のように、ジュリーを盛大に発表したら、注文を捌くために厨房に戻る。
最初の注文で、できる限りマスターの調理する焼き物やマスターが取りに行く高級ヴァインの注文を取ることができれば、マスターを忙殺できる。
店の売上にも貢献することになるので、マスターにとっては嬉しい悲鳴だろう。
それからナンシーさんには、一応僕の時のように遠くから見守ってもらいつつ、お客への品出しをお任せしようと思う。
品出しについては僕はまだまだ分からないことだらけなので、品出ししながらジュリーを守るのはかなり難しい。
今日だけは経験者に任せた方がいいだろう。
エルミさん、ハミルさん、ドースさんには、可能な限りジュリーに目を配るようにお願いしておいた。
3人は基本的に厨房にいることが多いものの、時折お客の様子を覗くこともある。
特にドースさんは、用心棒として店中に睨みをきかせる場面もあった。
今回も同じように何度か様子見をしてくれるだろう。
次回以降はこの作戦は使えないと思う。
みんなに今日だけはジュリーの初日で僕の2日目なのを理由に、僕がジュリーに付きっきりで教えても良いという合意をとりつけられた。
僕が立てた作戦は要約すると、こんなところだ。
1つ、マスターが調理する注文の数をなるべく増やす
2つ、ナンシーさんに品出しをお願いする
3つ、なるべく自然にジュリーと一緒に行動する
4つ、エルミさんとハミルさんとドースさんに、ジュリーのことを見守ってくれるように頼む
ジュリーには、午前中や馬車での移動中に、
『お客の中に手癖の悪い連中や、酔うと見境がなくなるお客もいるから、常に用心するように』
と伝えてある。
しかし、こういう接客をしていると、前後左右にお客がいるので、当然死角もある。
何より、慣れていないと店仕舞いの時間まで注意力を維持することも難しい。
僕に限っていえば、森での注意力の維持は基本行動だったため、接客時にも無意識に発揮されていた。
ジュリーがどのくらい注意深いかや、こういう接客が慣れているかは未知数だ。
今日だけでも隣でサポートしながら様子を見るのが懸命だろう。
僕のミッションは噂集めもある。
積極的に酒類を提供して、お客の口を軽くすることも、ミッション遂行に必要だから、初めに気合を入れて注文をとっていこう。
僕はジュリーを厨房に待たせて、先に客席へ顔を出す。
複数の視線が顔に突き刺さるようで、痛みすら覚えそうになる。
こう、知らない人達にジロジロと見られると、急激に緊張してくる。
手に汗が滲んでくる。
喉がごくんと鳴るほど、唾を飲み込む。
まだ数秒しか経っていないのに、すごく疲れてきてしまった気がする。
マスターが後ろから出てきて僕の肩を軽くたたく。
後ろからでも緊張具合がわかってしまったのだろうか。
それとも単にこういうスキンシップが多い人なのか。
どちらとも知れないが、マスターとナンシーさんの掛け合いで、今日も店の営業が始まった。
相変わらずの超満席だ。
「みなさーん!
今日もここ
今日もなんと!
マスターからみなさんに嬉しいお知らせがあるよ〜!
ヘイ、マスター!Come on!」
「イェイイェイイェ工⤴⤴イィ!!
今日は!みんなに〜⤴!?
ニューカマーのお知らせだ⤴⤴⤴
イェエエエエ⤴⤴⤴⤴
一昨日入ってくれた新人のフィーリスちゃんが!
なんとなんと可愛いお友達を紹介してくれたぜ⤴⤴⤴ふぅ⤴⤴⤴⤴⤴
みんな!拍手で!お出迎えだあああああ!
ジュリーーーーーーーー!!!!!!!!」
店内はマスターの尋常じゃない熱の入った雰囲気に気圧されて、若干半狂乱に頭を振り乱す人や、呆れ半分でパチパチとおざなりの拍手を送る人、力いっぱい新人の名前を叫ぶ人、雄叫びをあげる人、口笛を吹く人、何かを叫んでいるが周りにかき消されて聞こえない人、腕を組んで静観する人、様々だ。
こういう反応を冷静に見られるのも、1度経験したからかもしれない。
ジュリーって僕の紹介ってことになってるんだ?
本当はクレアンヌさまのねじ込みなんだけどね?
とか思いながら、ジュリーがお客に歓迎される様子を見ている。
ジュリーが厨房から姿を現すと、歓迎の叫びに雄叫びのような低い音が増大した気がした。
僕の時もそうだったが、ジュリーが姿を見せたとたんに、店の中の雰囲気が少し変わる。
ジュリーがお辞儀をすると、一瞬静まりかえった。
「みなさん、今日からこちらでお世話になる、ジュリーです。
よろしくお願いします」
ジュリーの短い挨拶の声の最後にかぶせるように、歓声と拍手が一層大きく厚みを増す。
盛大な歓迎が一段落したところで、ナンシーさんのよく通る声がお客にお知らせをする。
「今日はフィーリスちゃんとジュリーちゃんの2人の新人が、みんなの席に注文をとりに回るよ〜♪
じゃんじゃん注文しちゃってね〜♪」
僕も一応店側の人間なので、お客に伝えておく。
僕の思惑のためにも、少しだけ煽っておかないと。
「みなさ〜ん!
2人で回れるのは、今日だけの特別サービスですから!
たくさんのご注文をしてくださいね♡」
なんとか作ってみた営業スマイルでお客に媚びてみたけど、大した効果は期待できないだろう。
「うはっ!!
今日のフィーリスちゃん美人過ぎ!
マジで恋しちゃうかも俺」
「フィーリスちゃん!
俺はジュリーちゃんもいいけどフィーリスちゃん派だぜ!
なんなら店を出て2人で飲みにでも行こうぜ!」
「フィーリスちゃんを独り占めなんて許されんぞ!
むしろ表に出ろ!
どっちがフィーリスちゃんとデートするか勝負だ!」
「俺もそれ参加ね!」
「んなこたァフィーリスちゃんが望まねぇよ!俺がデートする!」
あれ?なんかやばそうな雰囲気になってるところがあるんですけど・・・。
ナンシーさんをちらっと見ると、そのヤバそうな一角をどうにかしろという目線をもらってしまった。
「あの、みなさん!
今日は私の友達のジュリーも来てくれたので!
みんな仲良く、楽しいお酒の時間にしてくださいね!」
ちょっと苦笑い気味だけど、もしかしたらフルメイク効果でいい感じに・・・。
一触即発的な雰囲気だった一角の人達は掴みあっていた手を離して、こちらをすごく熱心に見つめてくる。
こ、こわい・・・・・・表情は苦笑いをなんとかキープしているが、顔から血の気が引いていくのがわかる。
メイクをしていなきゃ、すごくよろしくない表情になっていっていただろう。
目尻から少し涙が出そうだけど、僕は男だ僕は男だと念じて涙がこぼれるのを必死で耐える。
ぎゅっ
強ばっている左手を暖かい手で包み込むように握られた。
隣にいるジュリーをみると、真っ直ぐに見つめ返す大きめの瞳があった。
「ねぇ、フィー、リス、行こう?」
少しだけ決意に満ちた目と、気遣うような優しい手の温もり。
怖さに震える心臓に、違う鼓動が混ざり、血液が一気に体中を駆け巡ったようで、温かい感情が湧いてきた。
顔にも少しだけ血の巡りが戻ってきたと思う。
「うん、がんばろうね!」
「今日はジュリーちゃんとフィーリスちゃんの2人が注文取りに来てもらえるのか!?
こりゃあいいサービスだなぁ!うははは!」
「マスター!今日だけは高い酒を頼むぜ!
2人に乾杯だあ!!」
「俺ぁよ!
新人2人とナンシーちゃん見ながら腹いっぱい食いたいぜ!
料理をじゃんじゃん持ってきてくれぃ!!」
お店の中の雰囲気も、さっきよりも温かく感じる。
ジュリーの右手を一度しっかりと握り、どちらともなく手を離す。
不思議と左手に残る温もりだけで、今日はがんばれそうな気がする。
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